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〈36#マザー・カタリーナ〉


「ここが……」

「はい――私のお(ホーム)です」


 リリーは言葉通り家に帰るような軽い足取りで、教会の敷地へと入っていく。そして教会の正面扉を開き、


「マザー、いらっしゃいますか? マザー・カタリーナ?」


 聖堂の中へと入っていく。すると――祭壇に向かって祈りを捧げる1人の修道女(シスター)の姿があった。


「……ええ、おりますよ。お帰りなさい、シスター・リリー」


 修道女(シスター)は祈りを終え、こちらへ振り向く。

 ――年齢はおそらく40代後半。ブラウン色の髪と薄い灰色の瞳、それと色白の肌を持ち、容姿が整っていることもあってそれなりに若々しく見える。身体的特徴から見るに、おそらくリリーと血縁関係はない。彼女の母親ではないだろう。


「ただいま戻りました。お身体の具合は如何ですか?」

「ここ最近は、容体が少し落ち着いてきたかしら。それとあなたが留守の間、教会も変わりありませんでしたよ。ただ、私も含め皆心配していました」

「ふふ、ついさっきその洗礼(・・)を受けてきた所です。色々と多めに頂いてきましたから、教会の皆で分けてください」


 リリーは手にしていた紙袋を近くの椅子の上に置く。それを見て、俺も同じように大量の紙袋をゆっくりと置いた。やれやれ、俺もようやくこのクソ重い紙袋の束から解放された……



「あらあら、いつもありがとうね、本当に助かります」

「いえ、お気になさらず。――ところで、お父様(・・・)は……」


 リリーが尋ねると修道女(シスター)は表情から笑みを消し、首を左右に振る。


「……そう、ですか。まだ夢を見ておいでなのですね」

「ええ……けれど、どうか気を落とさずに。あのお方には神々の祝福がありますもの。きっと目を覚まされますわ」

「? リリーの父親も、具合が悪いのか?」


 俺はリリーに聞いてみるが、彼女はどこか焦ったように両手を振るう。


「い、いえ! 少し床に臥せっているだけですから……」

「そ、そうか……?」


 ――なんだろう? 何故か微妙にはぐらかされた気もするが……

 などと思っていると、修道女(シスター)が物珍しそうに俺へと目を向けてくる。


「シスター・リリー、そちらの男の子は……」

「彼はラクーン。神々から〝ダークナイフ〟を授けられた【神器使い】です。アルニトでは、彼に命を救われました」

「まあまあ、シスター・リリーと同じ【勇者】様なのね」


 もう何度目かわからない、リリーによる俺の紹介。カタリーナという女性は穏やかな顔で近づいてくると、静かにお辞儀をする。


「初めまして、偉大なる【勇者】様。私はカタリーナ、カタリーナ・ルターと申します。シスター・リリーが留守の間、このドミナ教会の管理を任されている者ですわ。彼の地では彼女を助けて頂き、感謝致します」


 丁寧な物腰で感謝を述べるカタリーナ。確かに彼女は若く見えるが――どこか儚さというか、弱っている印象を受ける。さっきの会話から察するに、なにかの病に侵されているのだろう。言いたくはないが……そういう人間は、もうあまり長くない。


「いや、俺はそんな大したことは……」

「わかりますよ、あなたは強い(・・)方。……でも、少し〝陰〟をお持ちかしら」

「――!」


 ――瞬間、俺の警戒心は瞬間沸騰の如く高まる。

 …………いや、落ち着け。国や組織(ラオグラフィア)には俺の経歴がバレているのかもしれんが、それ以外の人間が俺の過去を知っていることはまずない。もし知っているとすれば、それは暗殺者ギルドに関わる人間だけ――だが、この女には俺と同じ匂い(・・・・)を感じない。むしろここで(ダークナイフ)を抜いては、逆にこちらの正体を露呈するだけ、か。


「あら、ごめんなさい。警戒させるつもりはなかったの。ただ……ほんの少しだけ、あなたからは夫と同じモノを感じて」

「夫……だと?」

「ええ、今はもう亡くなってしまったのだけれど。心に優しさと強さを持って、だけど苦悩と大罪を背負って生きてしまう。あなたも、そういう人じゃないかしら」

「……知ったことを言う。俺とアンタは、たった今会ったばかりだろう」

「ふふ、歳をとって天国が近づくとね、色々と人のことが見えてくるのですよ」


 カタリーナはこちらに背を向けて、祭壇のステンドグラスを見上げる。リリーはそんな彼女に僅かに近づき、

「マザー・カタリーナ、あなたの旦那様は……」

「ええ、それはもう熱心な宗教家でね。『フォルミナ聖教会』から腐敗をなくすんだって民衆に触れ回って、一時は反乱運動にまで発展してしまった。望まずして多くの血が流れ、あの人は罪と後悔に苛まれて……結局、夫は『フォルミナ聖教会』を――いえ、世の中を変えることはできなかった。まだ、あなたたちが生まれる前のお話ですよ」


 罪と後悔――確かに、俺の中にもあるモノだ。暗殺者(アサシン)として大勢の人間を殺したことを、俺は後悔している。そうしなければ生きられなかったとしても、結局今になって残るのは罪の意識だけ。


 暗殺者(アサシン)と宗教家ではなにもかも境遇が違うが――人の血を流して〝陰〟を背負う、という点だけは同じなのかもしれない。

 カタリーナは言葉を続け、


「新しき【勇者】様……あなた様も世の中を――〝世界を救いたい〟とお考えですか?」


 俺に尋ねる。

 世界、か……そんなもの、答えは1つだ。


「いや――俺は世界の救済などに興味はない。この世界が滅びようが魔族に支配されようが、知ったことじゃない。そもそも、俺なんぞが世界を救えるとは思えん。【神器(じんき)】があろうが神の加護があろうが、個人の力には所詮限度がある」


 そう、俺は所詮暗殺者(アサシン)崩れだ。人を殺すしか能がない、薄汚い野良犬だ。そんな奴が、世界など救えるワケがない。そんな奴に、世界は救われてはならない。

 ただ――それでも――


「ただ……それでも誰か1人くらいなら守れる、と思う。こんな俺でも、大事な人のために戦うことはできるんだ。俺は、そのたった1人に笑顔でいてほしい。それだけが――俺の戦う理由だ」


 そうだ――俺みたいな、こんな暗殺者(アサシン)崩れでも、きっと誰かを守ることはできるはずだ。

 その誰かを守って、結果的には命を落とすかもしれない。でも、俺はそれでいい。だからそれまでは、彼女(・・)と一緒にいたい。願いなんて、それだけなのだ。

 俺の答えを聞いたカタリーナはクスっと笑って、こちらに振り向く。


「そうですか……大局を顧みず、大成を望まず……如何に神々のご加護があれど、人の身にはそれくらいが丁度いいのかもしれませんね。あなた様なら……夫が乗り越えられなかった苦悩を、越えていけるのかもしれません」

「そうか、よくはわからんが」

「ふふ、それで良いのです。ところで――あなた様が守りたい人とは、一体どなたでしょう?」

「決まってる、リリーだ」


 即答で言い切る。途端、顔を真っ赤にするリリー。


「ふぇ!? ちょ、ラ、ラクーン!?」

「〝自分のために生きてほしい〟と言ったのはリリーだろう。なにもおかしいことは言っていないが」

「そ、それはそうですけど、そんな堂々と……っ!」

「あら――あらあらあらあら、あらまあ」


 頬に手を当て、ニヤニヤと笑い始めるカタリーナ。


「それはそれは、シスター・リリーが殿方をお連れするなんて珍しいとは思いましたが……それでは、お祝い(・・・)をしなくてはなりませんね」

「ちがっ……! 彼とはまだ、そういうのでは――!」

「あらあら、〝まだ〟なんですね。それは楽しみです。ああハレルヤ、今日は良い日だわ。食材もたくさん頂いたことだし、今日は皆でパーティーにしましょう。他のシスターも呼んできます」

「あ……あぁ~~~……」

「きゅん」


 スタスタスタと奥の部屋へ向かうカタリーナの背中に、リリーはへなへなと腰砕けになりながら手を伸ばす。残念ながら、カタリーナが待ってくれる様子はない。そんな状況を見て〝ドンマイ〟と言うかのように、金色のモフモフがポンっと小さな前足でリリーの肩を叩く。


 それにしても、〝ぱーてぃー〟とはなんだろう? よくわからないが、リリーの手料理が食べられないのはそれはそれで残念だ。


おまけ設定解説


〈ドミナ教会〉


 王都サントゥアリオ内にある比較的小さな教会。宗派はフォルミナ聖教。リリーの生家。


 経済的にも余裕のある教会ではないが、孤児や行き場をなくした者を引き取り、市民と積極的に交流するなど、地元からの支持はとても厚い。昼間は子供たちの遊び場としても開放している。


 元々はリリーの父親が代表神父を務めていたが、現在はマザー・カタリーナが代わって切り盛りしている。かつてはマザー・カタリーナもここに保護された身であった。


 マザー・カタリーナやリリー以外にも複数名のシスターが在籍しており、皆家族のように互いを大切にしている。彼女たちが歌う聖歌は特に透き通って美しいと評判で、王都中の人々がこぞって聞きに来る。

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― 新着の感想 ―
[一言] このマザーなかなか手強そうだな(|| ゜Д゜)亀の甲より年の功と言うが色々長い人生経験のなせる技か( -д-)
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