〈25#神技(しんぎ)〉
「ぐ…………うぅ…………」
――目が覚める。いや、意識を取り戻す。
両目を開くと、そこは見知らぬ民家の中だった。屋内はぐちゃぐちゃに散乱しているが、荒らされたという雰囲気とも違う。少し頭を上げて見ると、大きな窓が外側からぶち破られた形跡があり、どうやら俺が民家の中に突っ込んできたらしい。
かろうじて――生きている。民家の中の木製家具が最低限衝撃を吸収してくれたらしく、固めのクッションになってくれたようだ。我ながら呆れた悪運の強さだな。
しかし――いや、当たり前であるが、全身が燃えるように痛い。激痛のあまり、もう一度気を失ってしまいそうなほどだ。
ファット・アーマーの一撃をモロに受け、民家に突っ込んで家具をクッション代わりにして、それでも生き永らえているなど、それだけでも奇跡中の奇跡である。この並外れたタフネスも【神器】の恩恵なのだろう。
とはいえ、こうして意識を保てている時間もそう長くはないはずだ。自覚できるだけでも左腕全体が粉砕骨折しており、肋骨もかなり折れている。左腕は……もう二度と使い物にならないな。
内臓も確実に幾つか潰れている。生きているということは心臓は無事なのだろうが、異常な息苦しさからするに、片肺がダメになってるのは間違いない。それに吐き気が凄まじいのも、消化器官系がかなりシェイクされている証拠だ。本当に、どうしてこんなになってまで生きていられるのか……
『ゴヒャヒャヒャ! 殺した殺した! 【勇者】をぶっ殺したぞ! ホームラーン、ってなァ!』
汚らしい笑い声が、民家の外から聞こえてくる。あの肥えた化物の声だ。
――どうやら奴が俺を吹っ飛ばしてから、ほとんど時差がないらしい。俺が気を失っていたのは、ほんの僅かな時間だけだったようだ。
いや……もしかしたら、あの少女が俺の目を無理矢理覚ましたのかもしれないな。
『バカな野郎よ。俺様が用意していた〝鎧の隙〟に、まんまと食い付くたぁ。さあて、そんじゃ肉の鮮度が悪くならねえうちに、喰っちまうとするか』
ズシン、ズシンと巨体を動かす音がする。奴がこっちに向かってきている音だ。
……正直、このまま喰われてしまった方が楽なのではないか、と思う。俺の身体はグチャグチャで、あとどれくらい生きていられるのかもわからない。なら、こんなに苦しい思いをしてまで生き永らえる意味はあるのか――と。
だが、まだ生きているというのなら――まだ生きていてもいいというのなら――俺は、まだ死ねない。今、死ぬワケにはいかない。
俺は聞かなくちゃならないんだ。教えてもらわなきゃいけないんだ。
生きてリリーに会って、俺がなんのために、誰のために生きればいいのか、その〝答え〟を――俺の生の意味を――
ほんの数秒しか意味がなくてもいい――たった一瞬の意味でもいい――
生きて――――もう1度彼女に――――
「…………っ」
俺は全身全霊で、自らの身体を起こす。激痛があらゆる箇所を襲い、血が滴り落ちる。
ただ立ち上がるだけで気絶しそうになり、ようやく膝立ちできたと思うと胃から逆流してきた血反吐が口から飛び出た。
「う……え……かは……っ」
床にぶちまけられた真っ赤な吐瀉物には肉片のような物が混じり、どれほど俺の中身が酷い有様になっているのか知らせてくれる。今の嘔吐で、胃袋を丸ごと吐き出したような感覚だ。
痛い――つらい――もはや感じるのなんてそれだけだ。
それでも――俺は足を踏み出す。自分で吐き出した血反吐を、自分の足で踏みつける。
そうだよ、俺に〝痛い〟なんて、そんなことを言う資格はないんだ。
だって、俺が殺してきた人たちの方が、ずっと〝痛かった〟はずだから。
「――ッ」
俺はただ精神力だけで自らの身体を支え、歩き出す。そして壁の穴から外へ出た。
こちらの姿を確認したファット・アーマーも、重々しい歩みを止める。
『…………あん? なんだよ、まだくたばってねえのか? しぶてぇ野郎だ』
「生憎と……まだ〝神様〟とやらが死なせてくれなくてな」
掠れるような声で、ファット・アーマーに答える。
だが俺の姿を見たファット・アーマーは、またもニヤリという笑みを見せた。当然だろう。今の俺は左腕が使い物にならず、体中の骨も内臓も深刻なダメージを受け、もはや立っていることすらままならない状態なのだ。そんな満身創痍な姿を見れば、自らの勝利を疑いはすまい。
『ゴヒャヒャヒャ! そりゃ残酷な話だ! どれ、優しい俺様が今度こそトドメをさしてやろう!』
「いや……その必要はない。くたばるのは――お前の方だからな」
『そんな体たらくでなぁにができる!? やれるモンならやってみやが――れェッ!!!』
ファット・アーマーは鈍重な身体を動かして突進し、そのまま俺目掛けて金棒を振り上げる。
奴の全体重が乗った、致命の一撃。これを受ければ、今度こそ命はない。
だが――俺にはもう、当たらん。
「〝神技〟――――」
振り下ろされた金棒が頭上に迫ったその時、俺は呟いた。
夢の中で、代理者が発した言葉を。
――――金棒が、地面と激突する。石畳が砕け散り、礫となって四方に飛散する。
潰れた、もしこの場にファット・アーマー以外の者がいたとしても、そう確信しただろう。
『……へッ、肉片も残らなかったかぁ? だとしたら、ちっとばかし残念だ――な――?』
勝ち誇ったように巨大な口を吊り上げるファット・アーマーだったが――僅かに身体を後方へ逸らし、左足に重心を移した途端、違和感を覚えたようだった。
ガクン――とバランスを崩し、左膝を地面に突く。
『あれ……?』
ファット・アーマーは、自身の左足を見やる。すると――
――――ブシャア!
そんな飛び散る音をかき鳴らしながら、左足首から青色の血が噴き出た。
おまけ設定解説
〈深淵〉
かつて神々が魔族を封印した、陽の届かぬ常闇の地。
『地上』とは隔絶された地底深くに存在する場所とされ、物理的な方法で行き来するのは不可能。
『深淵』がどんな場所なのかを知る人間は1人もおらず、『深淵』へ向かう方法を研究することは『国家連合』によって極めて厳格に禁止されている。
何千年にも渡って『地上』と分かたれてきたが、〝極夜〟の発生によって『地上』との境界が弱まってしまう。
『深淵』に時刻の概念はなく、またそこに住まう魔族は人間と比してかなり寿命が長いとされる。そのため複数の〈終末戦争〉を経験している魔族も多く、同じ【神器】の使い手と数世代に渡って戦った上等魔族もいる。




