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〈23#暗殺失敗〉



 ――――ギィンッッッ!!!



 それは、甲高い金属音。金属と金属が互いを弾く音。

 俺が振り下ろした一撃は――――兜の天辺(てっぺん)を貫けなかった。兜の硬さに弾かれてしまったのだ。


「なに……!?」


 まるで刃が通らない。球状の兜のせいで刃が滑ったとか、そういう次元の話じゃない。ただあまりにも単純に、兜の硬度に刃の鋭さが負けているのだ。


 クソッタレ、賭けは負けか――! 

 内心で叫ぶと、肥えた化物の腕が横合いから迫ってくる。こちらを掴もうとする腕を回避するために、俺はバク転で後方に飛んで地面へと着地した。


『なんだぁ……? 虫ケラでも止まったかぁ……?』


 のっそりと巨体を翻らせ、こちらへ振り向く肥えた化物。

 ――こうして間近で見ると、その図体のデカさは圧巻だ。

 全高は俺の身長の倍近くもあり、横幅は丸々俺が収まるほど。しかも大鎧の分も含めるとより一層幅が増して見え、さながら動く要塞とでも形容できようか。

 そんな肥えた化物は俺を見下ろし、


『……フン、人間の子供(ガキ)か。丁度いい、腹が減ってたところ――だ――?』


 肥えた化物は俺が手にしていた【神器(じんき)】に気付いたらしく、赤黒い歯が並ぶ口をニタリと歪ませた。


『その武器……なるほど、お前が【勇者】か。嬉しいぞぉ、わざわざそっちから喰われに来てくれたワケだ』

「悪いが、俺は【勇者】でもなければお前に喰われにきたワケでもない。俺は貴様を殺しに来ただけだ」

『俺様を殺しにぃ……? ゴヒャヒャヒャ! 面白い冗談だ! 気に入ったぞ!』


 肥えた化物は愉快そうに汚らしい笑い声を上げるが、そんな笑いもすぐに止む。


『だが……その舐めた口は許せねぇなぁ。この俺様を――オーク族最強の〝ファット・アーマー〟様をコケにした罪は重いぞ、クソガキ。せいぜい痛ぶって、生きたまま手足を喰い千切った後にぶっ殺してやるから――覚悟しやがれ』


 ファット・アーマーと名乗った肥えた化物は、手元に青白い炎を出現させる。そして炎は見る間に直線・直角の形状となり、極太の鉄塊――巨大な金棒へと姿を変えた。

 アレで殴られれば、人間など簡単に叩き潰されてしまうだろう。それどころか、一振りで家屋を倒壊させられそうだ。


 どうする――理想的な暗殺は失敗した。

 正面から争うなど暗殺者(アサシン)のやることではない。

 〝殺す〟から〝殺し合う〟という状況になった時点で、それは暗殺者(アサシン)にとって絶対的に不利なのだ。


 本来ならここで一旦引いて、再度機を伺うべきだが――――それはダメだ。

 こうして初めて魔族の〝頭〟と対峙して、俺の直感が告げてくるのだ。コイツを前線に行かせてはいけない、そうすれば間違いなく街が陥落する、と。


 コイツは危険だ。バカで頭が悪く指揮能力も皆無だが、そういうヤツは往々にして前線で暴れるのに向いている。戦いの渦中に身を置いてこそ本領を発揮するタイプだ。そうして出世して、過去に俺の暗殺対象になった人間もいた。


 コイツが前線に加わるだけで、敵の士気も回復してしまう。

 せっかくこちらに傾いた戦局を、奪い返されたくはない。


 それになにより――俺の後ろには、リリーがいる。

 俺がここで引けば、コイツは南門の方向へ向かうかもしれない。

 もしそうなった時、リリーは――――


 ……退けない、退くワケにはいかない。

 コイツは、必ずここで仕留める。

 ここが――俺の正念場だ。


 覚悟を決めた俺は、神器(ダークナイフ)の切っ先をファット・アーマーに向ける。


「……ぶっ殺されるのはお前だよ、この醜い化物(・・・・)が」


 そんな言葉を投げ付けた直後、〝ブチン〟となにかがキレる(・・・)音がした。


『俺様を――――俺様の顔を、醜い(・・)と言ったかアアアッ!!!』


 ファット・アーマーは足を踏み出し、地面の石畳を破壊しながら突進してくる。大重量の物体が全体重を乗せて向かってくる様は、まるで土砂崩れが迫り来るようだ。

 そしてファット・アーマーは力いっぱい金棒を振り被り、こちら目掛けて振り下ろしてくる。


 だが、鈍いな。怪力に任せただけの攻撃など当たるものか。

 俺は振り下ろされた金棒を回避し、ファット・アーマーの懐に飛び込む。石畳が砕かれて弾け飛ぶ音と衝撃を背後に感じながら、手にしてたダークナイフで巨体の脇腹に一閃を入れた。


 しかし、やはりこちらの斬撃は通らない。分厚い大鎧で弾かれ、僅かに痕が付いただけだった。

 すれ違いざまの一撃を入れた後、すぐに奴と距離を取る。


「クソ……っ」

『無駄だ無駄だ、この大鎧は『深淵(ジ・アビス)』で最も硬い金剛閉殻立方晶石ハイパー・ダイヤモンドって素材で造られてるんだからなぁ。数いる魔族の中でも俺様だけが着れる、最硬最重の一張羅よ。【神器(じんき)】でだって傷つきゃしねえ』


 ああそうかい、丁寧な説明痛み入るね。

 などと内心で皮肉を返しつつ、俺は次の一手を思案し始める。


 刃が大鎧に弾かれるとなれば、やはり鎧と鎧の隙間、生身の部分を狙うしかない。基本的に鎧というのは関節部が弱点であり、露出していることが多い。だがあの大鎧は徹底して機動力を削ぎ落すことで関節部付近にも装甲を追加し、防御面積を広げている。


 防御力特化――いや、防御以外の何もかもを犠牲にすることで、驚異的な正面突破力を獲得しているのだ。そこにあの怪力が加わるのだから、文字通り〝鬼に金棒〟である。さながら陸上軍艦(ランド・シップ)とでも形容できようか。


 ああいう手合い相手に正面戦闘するとなれば、まず力押しではダメだ。だが周囲に役立ちそうな物はなく、搦め手が使えない。さらに【神器(じんき)】を手にしてからというもの逃避行の日々だったせいで、暗器の類を全て失っている。

 状況は、完全な一騎討ち。俺にとっては絶望的に不利だ。


『おらおら、どうしたぁ? 【神器(じんき)】ってのは所詮こんなモンかよ? 俺たち魔族を何百年も苦しめてきた神の兵器がこのザマとは、拍子抜けだぜ』

「…………」

『どっからでもかかってこいよ【勇者】サマ。こねえなら……こっちから行くぞぉッ!』


 弩ッ!と、再びファット・アーマーが突進してくる。

 もう悩んでいる暇はない。狙うは関節、針の穴に糸を通すような芸当だが、やるしかない。


 俺はファット・アーマーの全身を見る。最大の急所である喉は喉輪(ゴージット・プレート)で前面を保護され、腋前には栴檀板(ベサギュー)、脚部も脛当(グリーヴ)で守られている。一見すると鉄壁――――が、その中で唯一、僅かに隙間が見える個所があった。


 それは――〝足首〟。

 必要最低限の運動性を確保するためなのか、足首部の辺りのみ生身が露出している。


 狙うは――――そこ! まずは完全に奴の動きを止める!


 襲い来るファット・アーマーに向かって、俺も走り出す。ダークナイフを構えて、疾風の如き速度で仕掛けにかかる。


『ブルルァッ!』


 ファット・アーマーが金棒を振り被る。今度は薙ぎ払うつもりらしい。


 ――そんな大技が当たるかよ。むしろ好都合だ。攻撃を繰り出す瞬間は、完全な無防備になる瞬間でもある。それに質量のある武器であればあるほど、隙を晒す時間も長くなる。


 この一瞬、もらった――っ!

 俺は奴の脚部目掛けて突っ込む。攻撃を避けつつ、足首に一撃を見舞うつもりで。


 しかし――――この時俺の目は、視界の隅でファット・アーマーの口が笑み(・・)を浮かべたのをぼんやりと捉えていた。


『かぁ――ペッ!』


 金棒を振り抜くと思った刹那、ファット・アーマーは突然動きを止めた。そして喉を鳴らして、唾を吐き捨てる。


「な――うわっ!?」


 奴が吐いたべったりとした唾は俺へと直撃し、視界と動きを奪う。あまりに予想外の出来事だったため、回避行動が取れなかった。


 どろどろとした汚らしい唾を、反射的に目元から拭う。俺の動きが鈍ったのは、ほんの1秒もなかっただろう。

 だが…………それはあまりにも、致命的な隙(・・・・・)だった。



『――くたばれや、虫ケラ』



 そんな声が聞こえた直後、俺の身体に巨大な鉄塊が激突する。



 痛いと感じる暇もなく俺は吹き飛ばされ、意識が途絶えた。


おまけ設定解説


〈魔族の食性〉


 魔族はほとんどの種族が肉食であり、特に人肉を好む。

 彼らが人間を積極的に虐殺するのは殲滅対象という理由以外にも、捕食対象として食糧にする理由が大きい。

 しかし人間の存在しない『深淵(ジ・アビス)』で魔族がなにを糧にしているのかは長年の謎とされており、様々な説が唱えられている。


数は少ないが無食性とされる種族もおり、スケルトンなどがコレに当たる。特にスケルトンは食物摂取をなくして1体あたりの力を弱めた代わりに爆発的に個体数を増やしたともされる。


もっとも無食性の種族も何らかの方法で体内に魔力を取り込み生命維持をしているため、厳密には無食ではない。


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