〈22#ファット・アーマー〉
俺の視線の先は、いよいよ北門の方角へと向く。そして足早に移動し、屋根から屋根へと飛び移る。
北門の周辺では今だ家屋が燃え続けており、通りには無数の死体が転がっている。骨の化物もちらほらと見かけるが、数は多くない。やはり大多数が南門の前線に投入されているのだろう。
そして目的地付近へと辿り着くと――北門の正面に、俺のお目当ては鎮座していた。
『…………ハラがへった。次の肉はまだかぁ?』
そこには、全身を緑青色の大鎧で覆い尽くす、でっぷりと肥え太った巨体の姿があった。姿こそ二腕二足で人間に近いが、遠目から見ても身長が2メートルを優に超えるであろうことが用意にわかり、それに負けないくらい横の恰幅も凄まじい。腹の中に牛を数匹飼っているんじゃないかと思えるほどだ。
だが――真に目を奪われるのは、その顔。人間を丸飲みできそうなほど巨大な口が顔部のほとんどを占めており、どこまで裂けているのかわからない口元からは赤黒く変色した歯が突き出るように並んでいる。そしてその両端には、象牙を思わせる野太い牙が天に向かって伸びている。
他にも濃紫色の肌、豚のように潰れた鼻、黄色く光る小さい眼球……一度見たら絶対に忘れられないほど醜い風貌だ。美的教養が皆無の俺でもそう思ってしまうほどなのだから、リリーなどが見たら卒倒するレベルではなかろうか。
『オイ! このゴミクズ共! さっさと次の肉を持ってこい!』
肥えた化物は、守備隊と思しき周囲の骨の化物たちに怒鳴り散らす。
それを聞いた骨の化物たちは慌てて動き出し、少し経つと1体の骨の化物が生きた人間を連れてきた。
性別は男で、年齢は30代前半くらいか。言うまでもなくアルニト住民の生き残りだろう。
『遅い! 上等魔族様を待たせるな!』
肥えた化物は、せっかく人間を連れてきた骨の化物を巨大な拳で殴り飛ばす。
殴り飛ばされた骨の化物はバラバラに砕け、骨の身体を四方に飛散させた。
言うまでもなく即死である。
「ひ、ひぃ……!」
『フン……雄か、まあいい』
肥えた化物は怯える男を見下ろし、やや不服そうに言い捨てたが――次の瞬間、片手で男を掴み上げると、そのまま自身の口へと放り込んだ。
肥えた化物の口から鮮血が噴き出し、男は上半身を丸ごと噛み砕かれ、下半身と分かたれる。噛み千切った下半身もすぐにグチャグチャと音を立てながら咀嚼し、存分に味わった後に嚥下した。
『ゴヒャヒャ! やっぱり人間は美味えなあ! だが、雌や子供の肉の方が柔らかくていい。オイ、次は雌か子供を持ってこいゴミクズ共!』
口元からボタボタと下品に血を垂らし、大声で笑う肥えた化物。
……骨の化物にはそういう様子は見られなかったが、〝魔族が人間を喰う〟というのは本当らしいな。まったく吐き気がする。
そう思いながら屋根上の煙突の陰に身を隠し、奴らを観察していると、
『ホウコク! ホウコク!』
『ホウコク! ホウコク!』
2体の骨の化物が、慌てた様子で肥えた化物の前にやってくる。
『あぁん……? どうしたぁ』
『ニシノホウガク、ユウシャ、シュツゲン!』
『ヒガシノホウガク、ユウシャ、シュツゲン!』
『『…………エ?』』
2体の骨の化物は互いの報告を聞いて、互いに顔を見合わせる。
まさか相手が〝方角が違うだけの自分と同じ報告〟をしに来たとは、露ほども思っていなかったのだろう。
その報せを受けた肥えた化物は、一気に不快そうな雰囲気になる。
『おい待て、【勇者】は1人しかいなかったんじゃねえのか?』
『ニシニ、アタラシイ、ユウシャガ、デタ!』
『チガウ! ヒガシニ、モウヒトリ、ユウシャ、アラワレタ!』
骨の化物たちは、互いが間違った情報を報告していると思い込んでいるのだろう。無理もない、奴らにとって明確な脅威である【勇者】が2人同時に現れたなど信じられないし、信じたくないだろう。
数の暴力であっという間に街を陥落できると思っていただろうに、下手をすれば立場が逆転しかねない。実際、2体の骨の化物の報告を聞いた周囲の守備隊もザワザワと動揺している。
しかし――肥えた化物は、そんな空気を破るようにドンッ!と大きな拳を地面に叩きつけた。
『西だろうが東だろうがどうでもいい! たかだか2人くらい、数で押し潰せ! 手前らゴミクズにはそれしかできねぇんだろうが!』
肥えた化物は地面から立ち上がり、その巨体をかったるそうに持ち上げる。
『南を攻めてる奴らを3つに分けろ! 予備隊も全軍投入だ! 守備隊も行くんだよ! 【勇者】を皆殺しにするまで、1人も帰ってくるなッ!!!』
怒号が飛ぶや否や、周囲にいた全ての骨の化物が慌てて移動を始める。そしてすぐに、本丸には肥えた化物だけが残された。
『フン、下等魔族のゴミ共が。どうせ1匹や2匹じゃ価値もないバカの集まりなんだから、バカなりに俺様の役に立てってんだ』
――残念、バカは貴様だ。こうも見事に引っ掛かってくれるとは思わなかった。
敵の本丸に残ったのは大将1人。
警護は0で、オマケに前線へは確実に混乱を招く情報を、もっともこちらが理想とする形で届けてくれた。
組織の長が愚か者というのは腐るほど見てきたが、ここまでの阿呆は中々いなかったかもしれない。骨の化物たちには少しばかり同情してしまうな。
まあいい、状況は完璧だ。では、仕上げにかかろう。
俺は身を潜めて足音を消し、火が燃え移っていない家屋の屋根上を移動していく。
北門前はやや開けた広場になっており、周辺の建物から肥えた化物の場所までは距離がある。最短距離にある建物の屋根上に移動しても、常人ではまず飛び移れないだろう。
だが、今の俺は常人ではない。【神器】の恩恵である並外れた身体能力のお陰で、これくらいの距離ならなんとか飛び移れるはずだ。
ただ的はデカいが、隙間は小さい。肥えた巨体を大鎧で覆っているため、刃を通せる個所が少ないのだ。しかし相手は魔族であり、実力の程は未知数。可能な限り一撃で仕留めたい。
この神器は、人間が着込む程度の鎧なら難なく斬り裂ける。
肥えた化物の来ている大鎧が見掛け倒しなら、切断・貫徹は可能かもしれない。しかし同時に、可能であるという保証もない。
さて、どうしたモノか……。俺が思案していると、
『……しかし、腹ぁ減ったな。それに【勇者】の肉ってのにも興味がある。あのゴミクズ共じゃ挽肉にして持ってきちまいそうだし――どれ、そろそろこの俺様も出て行ってやるとするか』
ニンマリと下卑た笑みを浮かべる肥えた化物は、ズシンズシンという重々しい足音を奏でて移動を始めてしまう。
――不味い、のんびり考えていたらこの好機を失ってしまう。
……仕方ないか。不確定要素に身を委ねるのは嫌いなのだが、時間がない。俺は賭けに出ることにした。
この神器が大鎧を貫徹できる可能性に賭ける。とはいえ、できるだけ成功の可能性は引き上げたい。とすれば狙うのは、大鎧の中でもっとも薄く、かつ一撃必殺を与えられる個所。
――――頭部、つまり兜の天辺。
ここならあの巨体に直接飛び乗って、用意に一撃を見舞える。
如何に魔族といえど、頭にナイフを突き立てられれば生きてはいられまい。
俺の腹は決まった。あとは決行するのみ。
肥えた化物の歩く速度を確認し、タイミングを見計らって――――俺は、屋根上から飛翔した。
身体が宙に浮き、落下する感覚。冷たい夜風が衣服を撫で、バタバタとはためく。
そして、俺は肥えた化物の頭に着地した。
『…………あん?』
流石に肥えた化物も気付いたらしい。だが、もう遅い。
くたばれ――――この化物――――
俺は、神器の鋭い切っ先を兜の天辺へと突き立てた。
おまけ設定解説
〈上等魔族〉
魔族を統べる上位存在であり、最高階級の〝魔族の英雄〟。
千万無量の魔族の中でも僅か0.001%しか存在せず、さらにその中でも強者と認められた者のみが〝名持ち〟として異名を名乗ることが許される。
上等魔族が上等魔族であるために必要なのは、ただ圧倒的な力のみ。【神器使い】と正面から戦り合えるだけの実力と、同胞である数多の魔族を屈服させるほどの恐ろしさがなければ上等魔族としては認められない。
かつて多くの【神器使い】を葬ってきたが故に〝【勇者】を倒す〟ことが上等魔族の社会的ステータスとなっており、積極的に【神器使い】を狙う傾向が強い。
基本的に魔族の階級は種族によって決まるが、必ずしも〝名持ち〟が特定の種族に寄るワケでもなく、中等・下等魔族の種族出身でありながらも上等魔族と認められ異名を名乗ることもある。
魔族軍にとって上等魔族は将たる立場だが、純粋な力を重んじる彼らが力と軍略を両立することは稀であり、戦いに知略や策謀を用いる上等魔族は数少ないといった特徴もある。




