〈21#攪乱〉
――聖歴1547年・第2の月
―――時刻・深夜
――――レギウス王国/辺境の街アルニト/東方面・とある建物の屋上
――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』
――炎が見える。
南門の方角で、巨大な火柱が上がった。その直前には〝合図〟の音も聞こえた。
アレこそが状況開始を知らせる、灼熱の狼煙である。
「……なるほど、どうやら向こうは上手くやったらしいな」
よくやったぞ、リリー。これで後は俺次第、というワケだ。心の中で彼女を称えると、俺は覆面で口元を覆う。
顔を隠す――この行為は俺にとってのスイッチだ。顔を隠すと、不思議と心が落ち着く。集中力が高まる。それに、誰かに顔を見られることもない。これまで、こうやって仕事に臨んできた。
さて――――行くか――――
俺は屋根上から大きく飛翔し、離れた家屋の屋根へと飛び移る。そのまま屋根の上を走って移動し、東門の方角へと向かう。
骨の化物の大半はリリーたちの守る南門の方へと押し寄せているが、一部の奴らはまだ街のそこかしこに展開したままだ。
中には道端に倒れる死体を執拗に剣で刺し続け、本当に死んでいるか確認する者や、家々に押し入って生き残りがいないか捜索する者もいる。兎にも角にも、この街の人間を全滅させなければ気が済まないらしい。
そんな光景を見下ろしながら、俺は適当に見繕った東門付近の道へ飛び降りると――――そのまま、道にいた骨の化物を神器で斬り殺した。
『!? テキシュウ、テキシュウ!』
突然の襲撃に慌てふためく骨の化物たち。だが俺はお構いなしに周囲の化物共を攻撃し、これ見よがしに殺していく。ついでに、俺が【神器使い】であることを示すダークナイフの黒い模様の刃も見せつける。
『ユウシャ、ユウシャダ!』
『ホウコク、ホウコク!』
『カコメ、カコメ!』
骨の化物たちは予定調和とばかりに俺を取り囲み、1体だけが群れを離れて何処かへと向かう。
――よし、これでいい。思った通り【神器使い】――つまり【勇者】の居所の伝達が、奴らの戦闘手順に組み込まれてる。魔族が【勇者】を明確な脅威と認識し、その対策法が共有されている証拠だ。
後はなにもしなくても、〝東門付近に【勇者】が現れた〟という情報が骨の化物たちの〝頭〟に伝わるだろう。
「……」
俺は周りの化物共をひとしきりギロリと睨むと、脱兎の如くその場を離脱した。
再び家屋の屋根へ飛び乗ると、急ぎ移動する。このまま〝頭〟がいるであろう北門へ向かっても良いのだが、念のため西門の方角へと足を向ける。
アルニトの街は東門から西門へ移動しようと思うと少しばかり距離はあるが、今の身体能力ならば数分とかからず駆け抜けられる。
そうして西門へと向かっていた俺だったが――ある程度西門が見える距離まで来た頃には、俺の心配は杞憂だったと知ることになる。
西門の大通りでは、煙が上がっていた。濛々とした灰色の煙である。
だが、火事の類ではない。西門の辺りではそれほど建物に火がつけられていない。
つまりコレは、放火とは別の方法で人為的に起こされた濃煙なのだ。
「――【勇者】様だ! 【勇者】様が来てくれたぞ!」
「おお、見ろ! 【勇者】様が魔族を蹴散らしている!」
「続け続け! 魔族を皆殺しにしろ!」
煙の中からは、そんな言葉を高らかに叫ぶ声が木霊する。
西門へと向かわせた衛兵たちの声だ。街中に響くほどの大声である。
しかし――【勇者】である俺は今、西門からは少し離れた建物の屋根上にいる。
煙の中で彼らと共闘し、魔族を倒してなどいない。勿論リリーはリリーで南門を防衛しているのだから、西門になどいるワケはない。……言うまでもないが、他の【勇者】が現れた可能性など皆無だ。
つまりあの煙の中には、本当は【神器使い】など存在していない。衛兵たちが嘘八百をまくしたてているだけなのだ。実際に煙の中にいるのは、たった5名の衛兵たちのみ。
そもそも西門の大通りを覆い尽くす煙の正体だって、リリーたちと別れて行動していた別動隊ができるだけ多くの〝藁〟をかき集め、それに火をつけた結果だ。
濃煙によって敵の視界を遮断し、【勇者】が救援に来たと錯覚させる。その効果たるや――
『ユウシャダ! ユウシャガイルゾ!』
『ホウコク、ホウコク!』
――絶大である。
あまりにも簡単に、骨の化物たちは〝西門付近にも【勇者】が現れた〟と信じ込んでくれた。
またも報告のために、群れを離れて移動する者が見受けられた。
これで北門以外、合計三か所に【勇者】が現れたことになる。この情報はすぐに〝頭〟へと集められるはずだ。
――――それこそが俺の狙いである。
化物共がどれほど【神器使い】や街の情報を有しているのか知らないが、十中八九〝頭〟は戦力を分割するだろう。
骨の化物たちが〝【勇者】が現れたら大勢で包囲して消耗させる〟という戦術を執っている以上、数を用意しなければならない。
南門を攻めている群れにも、〝三方に分かれよ〟という情報が伝わるはずだ。
結果、骨の化物たちはその通りに動こうとするだろうが――スムーズには移行できまい。
仮に、骨の化物たちの知能が〝人間より少し下〟程度だと仮定する。
多くの人間は、同時進行する物事を3つ以上処理できない。せいぜい2つまでで、それ以上やろうとしても頭の中が混乱する。
魔族の指揮系統がどれほどのモノかは予想できないが、少なくともこれまでの動きを見ている限りでは複雑な戦術はできないだろう。
人海戦術ならぬ魔海戦術でゴリ押しているのがその証拠だ。
2ヵ所ならまだしも3ヵ所同時に戦力を割くとなれば、どれくらいの割合で群れを分けるのか?
また誰がどう動いて、西東の別動隊の指揮官はどうするのか?
そもそも本当に【勇者】は現れたのか?
もしそうならどれほど強い【勇者】が現れたのか――?
化物共には、大きな混乱が巻き起こるに違いない。
その上、骨の化物たちが【勇者】を明確な脅威と認識しているなら敵全体が恐慌状態となり、機能不全に陥る可能性も期待できる。
それが無理でも南門を死守するリリーの負担は減るし、予備隊や〝頭〟の守備隊もいるのなら前線に出さねばならなくなるはず。
これで――――状況は整った。
暗殺者にとって最も重要なのは、あらゆる情報を把握し、状況こそを武器とすることだ。
暗殺対象の情報収集から始まり、実行場所の地理地形の把握、目標周辺の戦力及び人員配置と、その数や配置の隙間まで――様々な情報を様々な角度から推考し、そして殺るタイミングを決定する。
それが出来て初めてヒット&ランというやり方が機能する。いや、それこそが一撃離脱の本質と言っていい。
大事なのは状況だ。そして細部の把握、想像力、手順。
状況を把握し、理解し、その上で大胆に動ける者こそ、優秀な暗殺者なのである。俺はその基本を、対魔族向けに少し応用したに過ぎない。
〝もし暗殺可能な状況がなければ、自分で作り出せ〟、これも先代の教えだ。
どれだけ優れた道具を持っていたとしても、それを扱うのは所詮人間。
【神器】だかなんだか知らないが、これが俺の――暗殺者のやり方だ。
どれ、もうすぐ化物共の〝頭〟に情報が伝わる頃だ。敵の本丸を拝みに行くとしよう。
おまけ設定解説
〈下等魔族〉
魔族軍の大多数を占める主戦力にして、最低階級でもある異形の者たち。
数だけで言えばスケルトンが多数を占めるが、他にも多種多様な種族が混在しており、一般人にとっては彼らこそが魔族の代表格であり最大の恐怖でもある。
高等魔族や中等魔族と比して力・知能共に劣る場合がほとんどだが、特定の環境下で実力を発揮する種族も多いため決して弱い者たちの集まりではない。中には一般兵士では太刀打ちできない種族も存在する。
基本的に高等・中等魔族からは奴隷にも似た侮蔑の扱いを受けるが、〝強き者に従う〟という魔族における普遍のルールがあるため、彼らはその蔑みを粛々と受け入れる。
だが下等魔族全ての種族が己の種族に強い誇りを持っているため、見下されているからといって士気の低下に繋がったりはしない。
また弱肉強食を良しする社会構造は下剋上を伴うので、下等魔族が反旗を翻すことも多いとされる。過去には高等・中等魔族を倒して階級を伸し上がり、伝説の魔族として【神器使い】と戦った者もいたらしい。




