〈19#ヒドゥン・ヒーロー〉
――聖歴1547年・第2の月
―――時刻・夜
――――レギウス王国/辺境の街アルニト/大通り・中央交差点陥没地点
――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』
「……運の良い奴だ。間に合って良かったな」
砂煙が充満する中、俺は地面に横たわるリリーへと歩み寄る。
本当に間一髪だった。砂煙と暗闇という視界がゼロに等しい空間の中で、気配と悲鳴だけで見つけ出せたのは幸運と言わざるを得ない。あと数秒でも遅ければ、彼女の腹には刃が突き立てられていたはずだ。
「あ……ああ……!」
リリーは目尻に涙を浮かべ、俺を見上げる。まるで震える子猫のような姿だ。
俺はそんな彼女の前で膝を曲げて屈みこむと、
「バカだよお前は、大バカだ。でなければ自殺志願者の類か。俺に説法しておいて、なんだこのザマは」
「な……っ! 人に向かって、ば、バカとはなんですか! 私は街の人々のために、必死で――!」
「必死で、敵の大軍に向かって突っ込んだのか? しかも1人で。やっぱりバカだろ」
「むぐ……!」とリリーは言葉を詰まらせる。
確かに必死で戦ったのだろう。戦闘も殺しも経験のないくせに、無我夢中で武器を振るったのだろう。彼女の薄汚れた修道着や血の滲む手を見れば、嫌でもわかる。
だが、こんなのは蛮勇でしかない。もしリリーが幾度も戦火をくぐった手練れの戦士であったなら、これだけの破壊力を持つ武器を持てば、敵を全滅させることも不可能ではなかっただろう。
しかし現実には、彼女は華奢な少女でしかないのだ。如何に武器が強力であっても、持ち主の体力と精神力が持たない。【神器】の恩恵で強化されていると言っても限度がある。リリーの行いは、まるで手柄や賞金欲しさに無謀な行いをする素人暗殺者にそっくりだ。
――――そんなことを思っていると、
『コロセ、コロセ!』
砂煙をかき分けて、1体の骨の化物が剣を片手に飛び出してくる。そして俺を斬り裂こうと、大振りで剣を振り下ろしてくる。
「……」
俺はそれを苦も無く避けると、まず神器で敵の腕を斬り落とす。剣を持っていた方の腕だ。次に片足を斬り落として、転倒させる。これでコイツはもう逃げられない。
俺は骨の化物が持っていた剣を拾い、まだ握られていた骨の腕を取り払う。そして地面でジタバタともがいていた骨の化物の頭蓋骨に、思い切り剣を突き刺した。
――直後、骨の化物の動きがピタリと止まる。
「なるほど、どうやら普通に殺せるらしいな。【神器】でしか殺せなかったりしたら、どうしようかと思った」
これが、魔族というヤツか。
思っていたほど恐ろしくもない。剣を刺せば殺せるなら、別に人間と変わらない。それがわかったのは良かった。
俺は地面に串刺しにされた骨の化物の頭蓋骨を踏みながら、リリーに向かって再び話しかける。
「お前はやるべきことを履き違えてる。街の住人を逃がすのが目的なら、必ずしも敵の群れを倒す必要はない。雑魚を相手にしてたって時間の無駄だ。……【神器】の力だか神の力だか知らないが、自分の能力を過信したな」
「う……」
「あと数秒でも俺が遅れていれば、お前の腹にコイツが刺さってたところだ。まったく……」
クドクド、とリリーに対して文句混じりに叱責した俺は――彼女へ手を差し伸べる。
「……立てるか。形勢を立て直すぞ」
「…………フフっ」
「? なにがおかしい」
「いえ、まるで本当の〝勇者様〟みたいだなって。それにさっきは私があなたに説教をしていたのに、今は私が怒られてるなんて、おかしくって」
そう言ってクスクスと笑うリリー。
呑気なヤツだ、つい今しがた死にかけたばかりだというのに。
俺が呆れていると、彼女は手を取ってヨロヨロと立ち上がる。
「ありがとうございます、ラクーン。あなたは命の恩人です。……立ち上がる決意をして下さったのですね、世界のために」
「……いや」
まっすぐに見つめてくるリリーから、俺は目を背ける。
すると間髪入れずに、骨の化物たちが襲い掛かってきた。
『コロセ、コロセ!』
「やれやれ……」
俺はすぐさまリリーを抱きかかえ、空高く飛翔する。そのまま大通り沿いの建物の屋根へと着地すると、徐々に砂煙が晴れ始めた街の中を一望する。
――闇夜の下で紅く燃えるアルニトの街と、未だ多数が生き残る白骨の軍勢。
この光景が世界最後の日だと言われれば、疑いもなく信じてしまえるだろう。この地獄の坩堝の中で、次々と人が死んでいる。不条理に血が流れ続けている。
しかしそれを理解していながら、燃え盛る街をどこか冷めた感覚で俯瞰している自分がいた。
「……俺には世界なんてどうでもいい。人間が支配しようと魔族が支配しようと興味はない。どうせ俺には〝殺す〟ことしかできないから。俺はそれしか知らないから。だけど――」
「……だけど?」
「俺は、今まで自分のためだけに誰かを殺してきた。そうしなければ生きられなかったからだ。俺の振りかざす死と暴力は、他ならぬ俺のためにあった。……だけど、あの小娘に言われたんだ。〝一度でも誰かのために、誰かを守るために刃を振るったことがあるか〟って。それから……この世界には、俺を必要としてくれる人がいるってな」
――俺は暗殺者だ。俺は人殺しだ。見ず知らずの誰かを殺して生き永らえてきた。
所詮、俺はあの有象無象の化物たちとなんら変わらない。
今更〝世のため人のため〟などと自らの行いを肯定するつもりもない。
目を閉じれば、今でも殺してきた人々の顔が鮮明に思い浮かぶ。殺してきた人々の怨嗟の声が聞こえてくる。俺は人の恨みを買い過ぎたのだ。
だけど――――それでも――――
「……なあ、リリー。俺は生きていてもいいのかな? 俺はどこの誰のために、何を殺せばいい? この世界のどこに、俺を必要としている人がいる? 俺は……一体誰に必要とされてるんだ……?」
――わからなかった。俺にはなにも。考えても答えが見つからなかった。
生きる意味――生きる理由――
いや――――生きていてもいい理由が――――
「……本当に、不器用な人ですね、ラクーンは。わからないなら、初めからわからないって言えばいいのに」
リリーは俺に抱きかかえられたまま微笑を浮かべ、優しく俺の頭を抱擁してくれる。
「寂しかったんですね。孤独だったんですね。誰かに赦してほしかったんですね。でも、もう大丈夫。あなたは……もう1人じゃない」
「……っ」
「……この戦いを生き残って、また2人で逢えたなら――その時、〝答え〟を教えてあげます。ラクーンがなんのために、誰のために生きればいいのか、その〝答え〟を」
〝世界のために〟なんて言われても、あなたは納得出来ないですもんね、とリリーは苦笑混じりに言う。
そんな彼女の言葉を聞いた俺は――少しだけ救われた気がした。
「――だからラクーン、いえ【ダークナイフ使いの勇者】よ。戦って、私と共に」
「…………いいだろう。人を殺すしか能がない、暗殺者の手法でいいのなら――――その詮術、とくと見よ」
おまけ設定解説
〈暗殺者ギルド・初代(先代)ギルドマスター〉
暗殺者ギルドの創設者であり、初代ギルドマスターであり、最強と呼ばれた名もなき暗殺者。その正体を知る者はただの1人もいないとされる。
彼が現役だった頃の裏社会は秩序と呼べるモノがなく、暗殺者と街のゴロツキに差異はなかった。
そんな状況を憂いた彼は実力でもって裏社会の王に君臨し、暗殺者をまとめ上げる。そして優れた技量と義侠の精神を持つ者のみで組織を築き、本物の暗殺者とゴロツキを明確に区別。裏社会に秩序をもたらすと同時に、その恐ろしさを世に知らしめた。
そんな初代ギルドマスターの暗殺手法はシンプルなヒット&ランであったが、その技は「誰にも真似できない」と仲間たちから畏怖され、優秀な暗殺者ほど彼を恐れた。とある暗殺者は「アレは到底ヒット&ランなどとは呼べない。彼には死神の加護がついている」と謳った。
多くの弟子を持ったが誰1人として初代ギルドマスターの技の全てを受け継ぐことはできず、彼自身も暗殺任務の最中に命を落としたことから、時代の変化に伴ってその技術は潰えたとされる。
だが晩年に育てた1人の若者が、限りなく初代ギルドマスターの技術に近付いたと言われる。
その若者を育てきる前に初代ギルドマスターは亡くなってしまい、忘れ形見であった若者も暗殺者ギルドを追放されてしまったが、その若者ならば彼を超えられたのではないかと暗殺者の間でまことしやかに囁かれている。




