〈18#祈り〉
――聖歴1547年・第2の月
―――時刻・夜
――――レギウス王国/辺境の街アルニト/大通り・中央交差点
――――――モーニングスター使いの勇者『リリー・アルスターラント』
……どれくらいの、時間が経っただろうか。
やっと、ようやく、ここまで来た。
街の中央。大通りが四方の門へと延びる、中央交差点。
「ハア……ハア……!」
神器であるモーニングスターは、私に過剰な筋力を要求してこない。本来なら非力な私が振り回すなど不可能な質量武器なのに、まるで棒切れのように軽やかに操れる。しかし今の私の両手は、そんな軽い神器すら持っているのがやっとだ。
5本の指にもう力が入らず、腕も肩もガタガタと震える。手のひらが擦り切れて真っ赤になり、血が滲む。呼吸は乱れ、息が切れる。
『コロセ、コロセ』
『ユウシャヲ、コロセ』
『コロセ、コロセ、コロセ』
交差点の中央に立つ私を、無数のスケルトンが四方から取り囲む。
もう、彼らを何体倒したのかわからない。50か、100か、もしかしたらその数倍か――とにかく力の限りモーニングスターを振るって駆逐し続けた。
なのに、一向に数が減る様子を見せない。倒しても倒しても、どこからともなく湧いてくる。これではキリがない。
「まだ……まだです……! 私はまだ、戦う……!」
少なくともこうしてスケルトンの注意が私に向いている間は、街の人々が逃げるだけの時間稼ぎができているはずだ。私が戦い続ける意味はある。意義はある。
『シネ、シネ、シネ――!』
スケルトンの1体が、朽ちた剣を持って斬りかかってくる。
私はそれを、モーニングスターの一撃で吹き飛ばした。
「……〝神々を、主を称えよ。私の手と指に戦う力を与え給え〟」
続けざまに襲い掛かってくるスケルトンたちを、1体、2体、3体と薙ぎ倒していく。
「〝神々は我が砦、我が強き盾。全ての悩みを解き放ちたもう。悪しき者驕りたち、邪な企てを持って、戦を挑む〟――」
スケルトンたちは私を疲弊させるために、絶え間なく向かってくる。
だが私の神器は対群戦闘に特化した『防御型』だ。下等魔族を大勢相手にするのは得意なはず。だから、必ず打開のチャンスはある――!
「〝打ち勝つ力は、我らには無し。力ある人を、神々は立てたもう。主は万軍の君、我と共に戦う者なり〟――」
『コロセ、コロセ』
「魔が世に満ちて攻め囲むとも、我らは恐れず、護りは堅牢。世の力騒ぎ立ち追るとも、神々の言葉は、悪に打ち勝つ〟――」
『コロセ、コロセ』
『コロセ、コロセ、コロセ』
「〝力と恵みを、我に腸わる。神々の言葉こそは、進みに進まん。我が命、我が全て、取らば取れ! 神々の国は、なお我に在り〟――ッ!」
『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』
「《聖なる重鉄球》ッッッ!!!」
――――全力で、全開で振り下ろされたその一撃は、街の中央を陥没させた。
大通りを舗装していた幾多の石畳は粉々に粉砕され、巨大な砂柱が天空にそそり立つ。
攻撃は天災へと変貌し、地震と地割れを引き起こしてスケルトンの群れを飲み込んでいく。
地獄の底から響くような彼らの声は、聖なる裁きによってかき消された。
これが【神器】の力。これが〝神技〟――
今の一瞬で、どれほどの敵を葬ったかわからない。教会の上から見ていたチャットは、しっかり記録できているだろうか? 私の視界は砂煙で完全に遮られて、戦果など確認しようもない。
「ハア……ハア……ッ、うぅ……!」
陥没したクレーターの中央で座り込み、私は地面に手をつく。流石に体力を消耗し過ぎた。少し休まないと、もう武器を握ることすらままならない。
でも、今の攻撃でほとんどのスケルトンは退けたはずだ。攻撃の手は緩まるは――ず――
そう思って、顔上げた時。
〝腕〟が見えた。白い、骨の腕が、私へと伸びて――
『ツカマエタ』
骨の腕は私の肩を掴むと、そのまま私を地面へと押し倒す。
直後、砂煙の中から次々と骨の腕が現れて私の腕を、足を、身体中を押さえ付けた。
「う――っ、ああああああああああッッッ!!!」
それは本当に、一瞬の油断だった。砂煙に紛れて接近していたスケルトンたちに気付けなかったのだ。
何体ものスケルトンが私の手足を掴み、身動きを取れないように拘束する。体力を使い果たした今の私では、彼らから逃げる術はない。
『コロセ、コロセ』
『コロセ、コロセ』
『コロセ、コロセ、コロセ』
彼らは眼球のない両目で私を見下ろして、〝殺せ〟と口並みを揃える。そして最後にやってきたスケルトンは朽ちた剣を逆手に持つと、その切っ先を私の腹部へと向ける。
『死ヲ――ユウシャニ、〝死〟ヲ――!』
スケルトンは剣を持ち上げて、大きく振り被る。
もう――もうダメだ――
私は、なんて無力なんだ。【神器使い】になって、【勇者】になったのに、街1つ守ることもできない。どうして、私なんかが選ばれてしまったんだ――
ああ――――神よ――――っ
「……やれやれ、これじゃどっちが死を望んでいるのかわからんな」
なにもかも諦めて、涙が滲む目を固く瞑った時――――そんな声が、どこからともなく聞こえた。
――砂煙の中で、キラリと剣筋が光る。その刹那――私の全身を押さえ付けていたスケルトンたちが、一瞬でバラバラに斬り刻まれた。
『……アレ?』
今まさに朽ちた剣を振り下ろそうとしていたスケルトンは、表情のない頭蓋骨で困惑して動きを止める。自分以外の仲間たちが突然バラバラになれば、スケルトンでなくともこういう反応をするだろう。
だがそれも束の間、今度は幾多の剣筋が最後に残ったスケルトンを襲い、白骨の魔物は十数個の骨の欠片へと変えられた。
それは音もなく、気配もなく、瞬きする暇もない出来事であった。
だが――私はすぐに理解する。
助けてくれたのだと。来てくれたのだと。
彼が――――【|ダークナイフ使いの勇者】が――――
おまけ設定解説
〈神技〉
【神器使い】が発動できる神の御業にして、必殺の切り札。
全ての【神器使い】が各々の技を持ち、そのどれもが人の理を超えた威力を持つ。
また【神器】が所有者の性質に技を合わせることから、例えば〈第3次終末戦争〉と〈第4次終末戦争〉では同じ【神器】に選ばれた者でも異なる〝神技〟を習得していたりする。
【神器使い】を一騎当千の【勇者】たらしめるのがこの〝神技〟だが、【神器】の種類・ランク・所有者によって大幅に威力や性能が異なり、必ずしも多対一に特化しているとは限らない。
同様に限定的な状況下で最大の威力を発揮する【神器】と〝神技〟の組み合わせもあるなど、個性があると言える。
しかし1人の【神器使い】が複数の〝神技〟を習得することがほとんどなので、大概の場面では大きな問題にならない。




