〈16#襲撃〉
『うわああああああああああッ!!!』
「「「――――ッ!?」」」
小窓の外から、まるで喉が張り裂けんばかりの悲鳴が聞こえてくる。
明らかに――それは、人間が最期に発する断末魔だった。
「な……なんですか!? 今のは――悲鳴!?」
あまりに突然のことに、俺たち3人は驚いて身体を強張らせる。だが事はそれで終わらなかった。
悲鳴は続く。それも1つ、3つ、5つ――あっという間に数え切れない人数の叫び声が木霊するようになり、そのどれもが恐怖と苦痛を滲ませている。声は、おそらく街の住人たちのモノだ。
収容所の外で――街の中で、〝なにか〟が起きている。そしてその悲鳴は、まるで〝なにか〟から逃げているかのようだ。
直後――――〝ドンッ!〟という爆発音が鳴り響き、牢屋の中まで衝撃が伝わってくる。
「これは……!」
「! きゅーん!」
突然、金色モフモフが声高に鳴き声をあげた。そして、頭部の水晶が赤色に輝く。
「カーくん、その色は……まさか……!」
リリーは金色のモフモフが発する何らかの信号を理解したらしく、青ざめた顔をする。
俺は急いで小窓へと駆け寄り、外の様子を確認した。牢屋の小窓からでは街の様子はほとんど伺えないが――夜空の一部が明るく光り、紅く染まっているが確認できる。
これは――火の手が上がっている。それもかなり大規模に。おそらく燃えているのは家屋の1つ2つではないはずだ。
詳しくはわからないが――かなり不味いことが起きているのは間違いない。俺がそう思っていると、
「――ゆ、【勇者】様! リリー・アルスターラント様はいらっしゃいませんか!?」
1人の警備兵が息を切らし、顔面蒼白で通路を走ってくる。
「なにごとですか! この騒ぎは一体――!?」
「ま――――〝魔族〟ですッ! 街の中に、魔族が現れましたッ!!!」
警備兵は喉が張り裂けそうな声色で、そう叫んだ。
それを聞いたリリーの表情が一変する。
「そ……そんな馬鹿な! この街は、まだ封鎖区画には入っていないはずですよ!? 魔族の出現地域からは離れているはず――!」
「し、しかし、街の中は既に異形の者共で溢れております! 衛兵たちが迎撃に当たっていますが、奴ら相手にはとても……っ!」
「……!」
リリーの顔が焦燥に染まるが、それも一瞬だった。彼女は俯き、少しだけ沈黙する。
そんなリリーを心配するように、金色のモフモフとチャットが顔を覗き込む。
「きゅ~ん……?」
「り、リリー様……?」
「……チャット、『ラオグラフィア』に至急増援を要請してください。間に合うとは思えませんが、【神器使い】を送ってくれるはずです。それから――〝記録〟の準備を」
そう言って――リリーは、怯え切った警備兵を正面に見る。
「私が出ます。今も戦ってくれている警備兵の皆さんには、どうか希望を失わず戦線を維持するよう伝えてください。市民の避難を最優先にするようにと。そして……【勇者】が来るから、もう大丈夫だと」
「は……はい! ありがとうございます! そのお言葉があれば……俺たちは戦えますっ!」
「ええ、勇敢なるあなたたち兵士に、神々の祝福があらんことを……」
リリーは胸の前で両手を握り、祈りを捧げる。それを見た警備兵は自らを奮い立たせた様子で走り去っていった。
だがそれとは対照的に、不安を隠そうともしないチャットが彼女に駆け寄る。
「ち、ちょっと待ってくださいッス! 魔族が封鎖区画外に現れたってことは、下手すれば群れを率いてる高等魔族がいまスよ!? もしかしたら〝名持ち〟だっているかも……! リリー様だけじゃ――!」
「……いいえ、私は行きます。行かなくてはならないのです。チャット、あなたにとって【神器使い】とは――【勇者】とはなんですか?」
「え? それ、は…………〝魔族から人々を救ってくれる救世主〟……でス」
チャットが言い難そうに答えると、その言葉を聞いたリリーはくすっと笑った。
「では、救世主が守るべき人々を見捨てるワケにはいきませんね。私は、成すべきことを成すだけです。それが神々のご意思である限り」
リリーは笑顔でそう言って、こちらに背を向けて牢屋から出て行こうとする。だが、彼女は直前で立ち止まり、
「……ラクーン、動機や相手がどうあれ、武器を振るうことが暴力であるのは否定しません。それでも、私は目の前で無惨に殺されていく人々を、黙って見てることなんてできない」
「……」
「私は――私は待っています。ラクーン、あなたもきっと人々のために戦ってくれる。そう信じています。だから……」
だから――と言いかけて、リリーの言葉は途切れる。
そして彼女は、こちらに振り向く。
「――いえ、このお話は戻ってきてからにしましょう。戦いが終わったら、必ずまたこのお部屋に帰ってきます。その時……ゆっくりとお話しましょうね」
リリーは――彼女は、少し悲しい笑顔をしていた。
だがすぐに「行きましょうチャット、カーくん」と言うと、金色のモフモフを肩に乗せて牢屋から走り去っていった。
アレは……あの表情は、見たことがある。〝死〟を目の前にして、それを理解した者のする顔だ。拒絶するでもなく、立ち向かうでもなく、それを抱擁して受け入れる者は、皆あの顔をする。俺が殺してきた目標の中にも、最期にあんな表情をした奴が何人かいた。
彼女は覚悟しているのだ。自らがこの戦いで命を落とすかもしれないと。
如何に一騎当千の力を持つとはいえ、それを振るうのはどこまでいっても人間であり個人。所詮戦いの素人が強力な武器を持っても、程度が知れる。心・技・体――命を奪い合う場面ではどれが欠けても命取りなると、俺も昔は先代ギルドマスターによく聞かされたものだ。
リリーだって自分が争いに向かないと自覚しているだろうに、何故他人のために命を投げ出すのか。
俺には――わからない。どうして――
「……おにーさん、最後に1つだけいいっスか?」
残されたチャットが、ぎゅっと鞄の掛け紐を握りながら俺の方を見る。
「おにーさんの言う通り、確かに戦うって意味では血が流れることに変わりないのかもしれないでス。それを正当化するのは、都合が良すぎるのかもしれないっス。でもおにーさんは、一度でも誰かのために――誰かを守るために、刃を振るったことがありまスか?」
「……!」
「本当に同じだって言い切るなら、一度だけでもいいから試してみてほしいっス。それでも同じだと思うなら、それは仕方ない。ただ――きっとおにーさんは、なにか別のモノを感じるはずでス。それから……この広い世界には、間違いなくおにーさんを必要としてる人がいる。おにーさんを待っている人がいる。それを覚えておいてほしいっスよ」
それだけ言い残して、リリーも牢屋から去っていった。
――牢屋の中には、俺1人だけが残される。小窓の向こうからは悲鳴と爆発音が絶えず聞こえてきて、燃え盛る家々の炎光が僅かに牢屋の中を照らす。
「…………俺は――」
おまけ設定解説
〈ラオグラフィア〉
108人の【神器使い】を保護・統括し、〈終末戦争〉から人々を守る救世主として教育する平和維持機関。
『国家連合』の下部組織であり、世界最高峰の戦力と人材が集結する。
世界中に支部があるが、本部は『レギウス王国』の〝王都サントゥアリオ〟に置かれている。
かつて【神器使い】同士の間にコミュニティと呼べる物はなく、〈終末戦争〉が起こる度に個々が世界各所で散発的な戦いを繰り広げていた。中には自分以外の【神器使い】の存在を知らない者までいたと言われる。
だがそれは効率よく魔族の侵攻を抑えられていたとは言い難く、摩耗の末に【神器使い】が命を落としたり、強力な高等魔族に敗れてしまう場面が多々見受けられた。
そこで効率よく魔族を撃退し、【神器使い】を1つの組織に集めるために〈第2次終末戦争〉後に発足したのが『ラオグラフィア』である。
【神器使い】の運用から対魔族の戦術研究、【神器】や魔族の情報収集・管理など、〈終末戦争〉に備えたあらゆる事柄を取り扱っている。
その特性上権力が集中しやすいため、独裁・独断行動を防ぐために〝ラオグラフィア評議会〟という評議会制が設けられており、評議員の多くは〈終末戦争〉を戦い抜いたかつての【神器使い】で占められている。また戦時下では現役の【神器使い】を評議員とする取り決めもある。
平時では【神器使い】の伝説を世に広めたり、慈善事業に精を出したりしているようである。




