〈15#生きる理由〉
――聖歴1547年/第2の月・上旬
―――時刻・夜
――――レギウス王国/辺境の街アルニト/牢屋の中
――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』
リリーが真剣な眼差しで俺を見据えてくる。
どうやら、お話の時間は終わりらしい。
「……何故あなたが【勇者】と呼ばれるのか、あなたが授けられた【神器】とは一体なんなのか、わかって頂けたと思います。そして……あなたが何を成すべきなのかも」
「……」
「今こうしている間にも、世界の終焉は確実に近づいてきています。先代の【神器使い】たちが紡いでくれたこの世界を、終わらせるワケにはいきません。〝ダークナイフ使いの勇者〟よ、どうか……あなたの力を貸して頂けませんか」
力強い口調で、俺を説得しようとしてくるリリー。
なるほど、俺が一体何に巻き込まれたのか、おおよそ理解はできた。だが――
「そうは言ってもな……悪いが、俺は殺し以外の生き方を知らない。いきなり【勇者】になれと言われても困る」
「で、では私が教えてあげます! ですから、一緒に世界を救いましょう」
「……それに、俺は物心ついた時から暗殺者として育ってきた。ハッキリ言って、お前らのように普通の生活もできない」
「な、なら私があなたを養ってあげます!」
「……」
……この女は、自分の言っていることがわかっているのだろうか? 暗殺者を養うなど、正気の沙汰ではない。バカなのか、あるいは大胆なのか……
俺は深くため息を漏らし、
「何度も言うが、俺は人殺しだ。これまで何人も殺してきた。俺がのうのうと生きてるのが許せないって奴は、この世に幾らでもいる。殺した奴の家族、友人……それに暗殺者ギルドもだ。俺は……組織を知り過ぎているからな」
――そう、俺は恨みを買い過ぎた。そして知り過ぎてしまっている。
俺を追放したギルドマスターに聞いてみるまでもない。暗殺者ギルドは、出来る限り俺には消えて欲しいのだ。そもそもが消す予定だったのだから。
俺は、本来は死んでいるべき人間だ。暗殺者ギルドが送り込んだ暗殺者の手にかかって、誰にも知られず消えていく運命だった。だが、俺が【神器】を手にしたことで全てが狂った。
俺はギルドの暗殺者から逃げ延び、今も生き続けている。流石にギルドマスターも、俺が【神器使い】になるのは予想外だったことだろう。彼からすれば――いや、組織からすれば、俺は厄介者を超えて危険人物なはずだ。組織の存亡が危ぶまれるスキャンダルを幾つも知っているし、俺自身が暗殺の当事者となっている事件もある。……俺が最後に請け負った、なんとかという枢機卿の暗殺もその一部だ。
――とはいえ、俺はそれら全てを口外する気はない。そもそも口外して組織を潰すことに興味などないし、別にギルドマスターも暗殺者ギルドも恨んではいない。
組織がどれほど俺を忌諱しているとしても、あそこがどれほど腐蝕した場所であったとしても――――俺にとっては、古巣であることに変わりないのだから。あそこには、俺を育てた先代がいたのだから。
たぶん、ギルドマスターもそれは気付いているのではないだろうか。それでも疑り深いマスターのことだ、念には念を入れて俺を消そうとしているのだろう。
そしてなにより――俺には――
「確かに俺は【神器使い】として選ばれた。だが同時に、アンタら聖職者が神罰をくれてやらなきゃならない罪人でもある。……アンタは、神が俺を選んだから許すのか?」
「それ、は……」
答えられないリリーは、しばし無言になる。だがやがて俯いたまま口を開き、
「……あなたは、生きたくないのですか? あなたの言っていることは、まるで死を望んでいるかのようです」
「…………さあな、正直自分でもわからないんだ。俺は生きたいのか死にたいのか……。もしかしたら、死にたくはないのかもしれない。けど――俺には、生きる理由がないんだ」
「生きる――理由――?」
「俺は暗殺者として育てられ、ずっと暗殺者として生きてきた。だから人殺し以外なにも知らない。そこに疑問を抱いたこともなかった。暗殺者であることが俺の存在理由だったんだ。でも……いつからか、俺はもう人を殺して飯を喰うだけの日々に、嫌気が差していたのさ」
そう――だから俺はギルドを追われた。その想いのせいで、最後の最後にミスを犯した。あの時、目標を目の前にして迷いが生じた。
俺は暗殺を実行する直前――見てしまったのだ。礼拝のために聖堂へ入ってきた枢機卿に、1人の幼い子供が駆け寄っていった。礼拝を仕事の一環としか思っていない高位聖職者は、そういう場面を適当にいなしたり、無礼だ失礼だと罵って露骨に邪魔者扱いする。そういう手合いは、位が高くなるほど多くなる。枢機卿ともなれば、ほとんどはそうだ。
だが、目標の枢機卿は違った。駆け寄ってきた子供に対して嫌な顔ひとつせず、笑顔でなにか言葉をかけると、そのまま抱きかかえて母親の下まで連れて行った。最後には、子供の頭を優しく撫でていた。その間、目標の顔から朗らかな笑みが消えることはなかった。
――――殺したくないと、その時思ってしまったのだ。それでもアイツは殺すべき目標だと必死で自分に言い聞かせたが、最後の最後、ナイフを持ってその懐に飛び込んだ時、手元が動いてくれなかった。一撃で急所を貫くはずが、まるで素人みたいに腹部へ刃を突き立てただけだった。
……この瞬間、俺の存在理由は消失した。俺は暗殺者として失格だからだ。
依頼された目標を殺せない暗殺者など、もう暗殺者ではない。目標に情が移るなんて――あってはならないのだ。
「そ、それなら尚更、世界のために立ち上がればいいじゃないですか! あなたは人を殺めたことを悔いています! あなたは、もう人殺しなんてしないんです! それに存在理由なんて、あなたが【神器使い】であるだけで十分じゃないですか!」
「【神器使い】として世のため人のために戦えと? 俺はもうウンザリだ。どんな理由をこじつけようと、血を流すという本質は変わらない。大層な大義名分を掲げたところで、暗殺者ギルドも魔族もお前らも、所詮同じだよ」
「――ッ!」
初めて、リリーの目に怒りが宿る。暗殺者ギルドはまだしも、流石に〝魔族と同じ〟と言われたのは癪に障ったのだろう。
――張り詰めた無言の空気が、牢屋の中を支配する。気が付けば小窓から差し込む夕日も消え失せ、外は夜になっていた。蝋燭の炎だけがぼうっと揺らめき、皆を照らす。
一触即発――傍から見れば、そういう風に見えるのだろう。
「あ、あの~……」
「きゅ~ん……」
チャットと金色のモフモフが、気まずそうに声をかけてくる。
その時、だった。
おまけ設定解説
〈フォルミナ聖教〉
『レギウス王国』の国教。多神教。世界中に信徒がおり、その総数は2億人を超えると言われる。
フォルミナ聖教の原点は人間が『地上』に誕生した時には既に存在していたと伝えられており、教義の下地が全土に出来上がっていたことから爆発的に信徒を増やした。
〝人間とは神々が創造した物であり、神々を継いで世界の支配者となる生き物である〟
〝『地上』における森羅万象は神々が姿を変えた物であり、その魂が宿る〟
〝あなたは神々によって生み出された子供である。子が親へ祝福を求めれば、必ず応えてくれる〟
「人間は絶対の支配者であり、それは神々に選ばれた存在だからである」という教えはわかりやすく民衆の人心を捉え、今日まで伝わっている。
過去には他宗教や宗教内派閥によって幾度も紛争が巻き起こったりもしたが、魔族の出現以降はそれらの争いは鳴りを潜めている。




