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〈13#【神器】②〉

「【神器(じんき)】に関しては……わかりやすい部分から話しましょうか。おにーさんは武器を手に入れてから、不思議な力を得たはずっス。例えば、常人を遥かに超えた身体能力――とか」

「ああ……自分でも信じられないようなことが、苦もなくできるようになった。地面から家屋の屋根へ飛び乗ったり、一瞬で兵士3人を斬り刻んだり……な」


 彼の言葉を聞いて、私は眉をひそめる。そうだ、彼は【神器(じんき)】の力で人間を傷付けた。それは許されることじゃない。だが、今この場でそれを責めるのは違う。そしてなにより……そう話す彼自身、決して力を誇ったり、喜んだりする様子がないのは、救いがある証拠だろう。


「……その超人的な身体能力も、【神器(じんき)】の恩恵の1つでスよ。まあそんなのは、【神器(じんき)】の力のごく一部に過ぎないんスけどね」

「そうなのか? だったら、あの武器(ナイフ)でなにができるんだ?」

「それを話す前に、【神器(じんき)】の歴史を教えまスよ。これを聞けば、皆がおにーさんを【勇者】って呼ぶ理由がわかりまス」


 その言葉を聞いて、ラクーンも焦らずに聞く姿勢を取る。やはり自分の身が置かれた状況が最も気になるのだろう。


「さっき、〈終末戦争(ラグナロク)〉の話をしたっスよね。特に〈第1次終末戦争ファースト・ラグナロク〉の時は顕著だったらしいんスけど――ぶっちゃけ、魔族相手に人間の軍隊は全く太刀打ちできなかったみたいなんスよ。文字通り、一方的に虐殺されるしかなかったらしいっス。今と違って『国家連合(ナショナル・ユニオン)』もなかったし、魔族相手の戦争なんてしたことなかったんスから、当然っちゃ当然でスね」

「……しかし、その【神器(じんき)】とやらを持つ者たちが戦局を覆した……か?」

「おお、察しが良いっスね! その通り! 世界各地の戦場に颯爽と現れた108人の【神器使い】たちが、文字通り一騎当千・勇往邁進の活躍を見せて大活躍! 最終的に極夜きょくやが過ぎて封印の力が回復するまで、魔族の侵攻を抑え込んだんスよ! 〈第1次終末戦争ファースト・ラグナロク〉で戦った【神器使い】の逸話は、今でも伝説として語り継がれているっス!」


 身振り手振りの動作を加えて、とても情熱的に語るチャット。流石は勇者オタクを自称するだけあって、これ以上ないほど楽しそうだ。

 対して――彼女の話を聞いていたラクーンは、怪訝な顔をする。


「……たった108人だと? バカな、ありえない。確かに俺は世間を知らないし、戦争も知らない。だがな、どれだけ超人的な身体能力があっても、それっぽっちの人数で全世界の戦場を網羅することなど不可能だということくらいはわかるぞ」

「いえ、可能(・・)なのです。それが【神器(じんき)】の力であり、【神器(じんき)】へと身を変えた神々の力でもあるのですから」


 ありえないと断じたラクーンの言葉を、私は否定する。

 彼がそう思うのも無理はない。普通に考えれば、たった108人で何百万もの魔族の大軍を退けられるワケがないと、誰でもそう思う。それに全世界の戦場ともなれば、108人を各地に分散させねばならないのだから、実際の戦力は限りなく低くなる。戦場を知らずとも、長らく暗殺者(アサシン)として血生臭い経験をしてきた彼だからこそ〝ありえない〟と言い切れるのだろう。

 だが――現実に可能なのだ。【神器使い】とはそういう存在であり、神々の力とはそういう物なのだ。


「……先程、〝〈神魔大戦(レギオンズ・ウォー)〉で生き残った神々は自らの身体を水や樹木に転化させ、『地上(グラン・ワールド)』に大自然を生み出した〟と説明しましたね。ですが、この伝承には続き(・・)があるのです」

「続き……?」

「ええ、今から200年ほど前、神学者トマス・サンプソンによって書かれた『神学』という本にはこう記されています。

 ――〝多くの神々は自らの肉体を変化させ、『地上(グラン・ワールド)』の()()をもたらした。

 神々の犠牲(・・)により『地上(グラン・ワールド)』は緑豊かな場所となり、新たな生命が次々と生まれた。

 そうして次に世界を統べる者が現れるのを待つばかりとなったが、最後に残った108名の神々は話し合う。

〝我らは次なる世界を統べし者を手助けするため、『天界(アッパー・レギオン)』から見守ろう〟

〝もしその子らに危機が迫れば、その時こそ我らは姿を変えよう〟

最後の108名の神々は、『天界(アッパー・レギオン)』に残る決意をする。

そうして幾億年の月日が流れ、〝人間〟が世界を統べるようになっても、108名の神々は『天界(アッパー・レギオン)』から『地上(グラン・ワールド)』を見守り続けてくれている〟――」

「200年前……ちょうど〈第1次終末戦争ファースト・ラグナロク〉が始まる頃か」

「そうなんスよ! ちなみにトマス・サンプソンって人はウチのご先祖様で、戦後に初めて【神器(じんき)】の情報を資料化した偉大な人なんスからね! 歴史の教科書にも出てくるから覚えておくといいっスよ!」


 えっへん!と自慢気に話すチャットだが、ラクーンは興味なさそうに「そうか」と返す。実際、本当にチャットは凄い人の子孫なんだけどなぁ……。しかし200年前のご先祖様から【神器じんき】に関わっている辺り、文字通り筋金入りの家系なのだろう。それだけでもある意味凄いと、私は前々から思ってたりする。


「『神学』は〈第1次終末戦争ファースト・ラグナロク〉が勃発する前年に書かれた本なのですが、一説によれば、その内容に記されている〝残った108名の神々〟が【神器(じんき)】へと姿を変えた、と言われています。故に、【神器(じんき)】とは神々の力そのもの。故に、【神器(じんき)】を授けられた【神器使い】は単騎で数万の魔族を屠ることができる。……あなたが、【神器使い】が何故人々に【勇者】と呼ばれるのか、もうおわかりでしょう」

「なるほど……超人的な力で魔族を倒す【神器使い】は、終焉の世界から人類を救う救世主(マフディー)ってワケだ。しかし、単なる人殺しである俺が神に選ばれし【勇者】とは……とんだ皮肉だな」


 ラクーンは鼻で笑いながら、自嘲するように言う。

 確かに、これまで散々悪事に手を染めてきて、仄暗い陰の世界でしか生きれなかった人物がいきなり神々に見初められたとあっては、もはや皮肉としか言いようがない。やはり本人にも、その感覚はあるのだろう。


「別に、おかしなことじゃないっスよ。そもそも神々が【神器使い】を選ぶ基準なんて、ウチら人間の理解の範疇を超えてるんスから。それこそ王族から奴隷まで、聖職者から盗人シーフまで、過去には色んな経歴を持つ【神器使い】がいましたし」

「フッ、どうやら神ってのは物好きらしい。……だが、その【神器(じんき)】自体が神の化身だとすれば、コイツを俺に預けたあの少女(・・・・)は何者なんだ?」


 少女――つまり、彼の前に現れた黒い紋様を持つ少女だろう。彼女は私の前にも現れた。今でも、あの神秘的な姿はよく覚えている。

 しかし彼女の話を聞かれた私とチャットは、互いに困った顔を見合わせる。


「あ~……実は、その子の正体は判明してないんスよ。【神器使い】に選ばれた者に【神器(じんき)】を授ける時にのみ姿を現す謎の存在。【神器使い】以外にその姿を見せることはなく、ウチら『記録官(オブザーバー)』でも直接会った者はいないっス。……逆を言えば、共通点のない【神器使い】たちにとって〝彼女に会った〟という事実だけが、唯一の共通点なくらい」

「あの少女の正体に関しては様々な説が提唱されていますが……私たちは彼女を〝代理者(プロキシー)〟と呼んでいます」

「〝代理者(プロキシー)〟……神と人間――いや、【神器使い】を繋ぐ仲介役ってことか」

「ええ、彼女自身も神々の1人だと主張する人もいますが、だとすれば『神学』に書かれていた生き残った神々と数が合いません。『神学』以前に書かれた古文書の中にも、彼女について触れている記述は一切ないのです。ただ少なくとも、『フォルミナ聖教会』では神々と等しく神聖な存在として扱っています」

「代理者なのか、神そのものなのか……。まあいい、わからないのなら考えても仕方ない。で、あの少女が俺に預けた【神器(じんき)】については?」

「ハイハイ、焦んないでくださいっスよ。ちゃーんと調べてきましたから。ちょっち待ってくださいね~……?」


 チャットはゴソゴソと大きな鞄の中を探し始め、そして1冊の書物を取り出す。


おまけ設定解説


〈神学〉


 聖歴1346年に神学者トマス・サンプソンによって記された、神々の時代と『天界(アッパー・レギオン)』にまつわる歴史・伝承を編纂した書物。

 『フォルミナ聖教会』では〝創聖記ブレイシス・クシャロン〟や〝ゲネシス・ブラフの法典〟などの正典に次ぐ第二正典の1つとして扱われている。


 〈神魔大戦(レギオンズ・ウォー)〉以前からそれ以後まで網羅し、大陸各地に伝わる伝承を誰にでもわかるようにまとめた書物は他になく、当時の教皇から「これは新しき時代と聖書となるであろう」と絶賛された。


 〈第1次終末戦争ファースト・ラグナロク〉以降は書物の中の一節に登場した〝108名の神々〟と108名の【神器使い】の数が一致したため様々な説や憶測が流れるようになったが、同時に〈神学〉とトマス・サンプソンの名を不動のモノとした。

 しかし、この〝108名の神々〟に関しては1人の名前も語り継がれていないという謎も残っている。


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