〈10#本当は優しい人〉
さて、と私はラクーンの顔をまじまじと見やる。
――確か、情報によると彼の年齢は16歳だったかしら。17歳の私とは1歳しか違わないけど、こうして間近で見るともっと幼く見える。顔立ちが童顔なこともあるけど、歳の割に背が低くて身体の線も細い。おそらく長年に渡って栄養失調が続いたことが原因だろう。
でも、だからなのか――
「ふふ……こうして近くで見ると、可愛らしいお顔をしているのですね、ラクーンは」
「か、可愛い、だと……? お前は、俺が怖くないのか……? 俺は何人も人を殺した暗殺者なんだぞ……!?」
「勿論。だって私には、あなたが本当は優しい人だってわかりますから」
私は自らの胸に手を当て、ゆっくりと話し始める。
「私には、人の心がわかるんです。その人がどんな人なのか、本当は優しい人なのか、本当は怖い人なのか……。こうして話している相手の〝人となり〟が、私にはなんとなくわかるんですよ」
〝心を読める〟ワケじゃないので、何を考えてるのかまではわかりませんけど、と私は言い加える。
私には昔からこの能力があった。他者の性格――というより本質が見える。
今目の前にいる人は、どんな人間なのか? どういう性格をしていて、今どういう感情を持っているのか? その人の人となり、人柄、人間性――その人が〝どんな人〟なのか、正確に把握できるのだ。
この能力のお陰で、人付き合いで得をしたこともあれば困ったこともあった。でも今では、神々は私に与えたもうた恩恵だと思っている。この力をなにかのために役立てるべきだと、そう思う。
「だから、私にはわかります。あなたは優しい人だって。本当は……暗殺者になんてなるような人じゃないって」
「……」
「どうか、話を聞いてくださいませんか? ……いえ、あなたには聞く義務があります。そして私と共に人間を、〝世界〟を救わなくてはならない。それがあなたにとっての償いであり――【神器】を授けられた【神器使い】の運命なのですから」
彼なら――この人なら、きっとわかってくれる。私はそう信じて、彼の眼をじっと見つめる。
しばし、彼は私と目を合わせてくれていたけれど――――大きく息を吸ったかと思うと、そのまま「はぁ~~~」と長いため息を口から漏らした。
「……お前らの言うことは、まるで意味がわからない。だいたい、その【神器】やら【神器使い】ってのは一体なんだ? 何故、どいつもこいつも俺のことを【勇者】と呼ぶ?」
「え?」
私は目を丸くして、思わず聞き返してしまう。話を聞く気になってくれたのはありがたいが、まさかそういう返しが来るとは思っていなかったからだ。
しかし――彼の発言に驚いたのは、なにも私だけではなかった。
「お……おにーさん【神器】のことを知らないんスか!? なんで!? どうして!? 常識でしょ!? 一般教養でしょ!?」
チャットが天変地異でも目の当たりにしたような形相で、彼に詰め寄る。
「そんなもの知るか。俺は物心ついてから、ずっと暗殺者ギルドの中で育ってきたんだ。外の常識なんて、学んだこともない」
「な……ンな……ッ!」
チャットは肩を震わせ、彼女のメガネが真っ白に濁る。
まあ、〝その筋の専門家〟である彼女からすれば、世間知らずなんて言葉じゃ済まされないレベルだろう。私の感覚からしても、「知らない人なんているんだ……」ってくらいだし。
……いや、そう思うのは無配慮が過ぎるか。〝メアリーの落とし子たち〟の1人である彼は、そもそも満足な教育など受けられなかったはずだ。彼のように、一般教養など学ぶ前に社会の暗部に取り込まれた者は少なくない。〝常識〟の話などされても困るのだろう。
だから知らなくても無理はない――のかもしれないけど……それでも、日常を過ごしていれば【勇者】の話は目にも耳にも入ってくる……と思うんだけどなぁ。もしかして、そもそも彼は世間に対して興味がないのだろうか。
なんて、私がそんなことを思っていると、
「ふ……ふふふ……うふふふふ……! い、いい~~~でしょう!!! 残念で可哀そうなおにーさんのオツムのために、【神器】及び【神器使い】の専門家にして『神器記録管理局』の『記録官』であるこのチャット・サンプソンが、超・超・超・詳しく解説してあげるっス!!!」
チャットはベッドの上で高らかに立ち誇り、ラクーンに向けて人差し指を突き付ける。
あ~、チャットのスイッチが入っちゃった。この子、こうなるともう止まらないからなぁ……。けど、彼に【神器】のことを知ってもらうには良い機会かもしれない。
「そうか、なら手短に頼む」
「いーえ! 手長にいきまス! 当事者であるおにーさんには、相応以上の知識を持ってもらう必要があるンスから!」
ふんす!と小さな身体を尊大に仰け反らせたかと思うと、チャットはぐいっとラクーンに顔を近づけて話を始める。
おまけ設定解説
〈記録官〉
『記録官』は『神器記録管理局』に属する局員で、【神器】及び【神器使い】の戦地における活躍を直接目視・記録して後世に伝える役割を担う。
同時に【神器】の性能や特徴を分析して効率の良い運用を考案したり、魔族に関する調査・記録も任務に含まれる。
〈終末戦争〉に関する事柄であればなんでも頭に入れなければならず、さらに【神器使い】への情報提供や戦術的バックアップも行わなければならないため、所属する局員は非常に高い知能を求められる。
また記録のために【神器使い】に随伴して戦地に赴くことが多く、局員の殉職率も低くない危険なポジションだが、それでも『記録官』になりたいという者は後を絶たない。
誇り高い立場なのだが、他の部局からは度々〝アイツら実は【神器】を見たいだけのナードの集まりじゃね?〟と揶揄される。




