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彼女はいずこ

どうぞ!


 姿を消した朱音を探して、小一時間ほど経っただろうか。いくら探しても名前を呼んでも、何の反応もよこさない。


「おいおい、マジか……」


 さっと血の気が引いて行くのを如実に感じた。あいつ一人で大丈夫だろうか。そもそも、こっちの世界に来ているのだろうか。


 行き場のない疑念や焦りはため息になって漏れ出る。俺は自分の頬を張り、気張れと気合いを入れる。


「きっと大丈夫だ」


 不安に押しつぶされそうな時は、あえて希望的観測を繰り返すことが大事だと聞いたことがある。俺は無理やり笑みを作って、体中に力を入れた。


 ただ車にはねられて死んだなんて、認められるはずがない。


「絶対に探し出してやる……」


 俺は歯を噛みしめ、ぐっと一歩を踏み出す。


 決意を固めたまま十数分が経った。行くあてもなく森を歩き続けるが、同じ景色ばかりが続いていて一向に抜け出ることはない。もちろん、朱音を見つけることもない。


 もしかすると、大分森の奥の方に来てしまったのかもしれないと、本日何度目か分からない溜息を吐く。


「はぁ……」


 そのまま進んでいくこと、数分。空の向こう側では、太陽がもう沈みかけている。


 良い具合に水が澄んだ小川を見つけたので、そこで小休憩を挟む。ふと上を見上げてみると、住んだ青色が広がっていた。言っちゃ悪いが、東京の空なんかとは雲泥の差だ。


「水がうめえ……」


 朱音のことを考えるなら今すぐにでも行動した方がいいのかもしれないが、無暗に動き回るのも得策とは言えない。朱音は誰か心優しい人に保護してもらっていることを祈ろう。

 

 十分ほどそこで休憩して、俺は小川に沿って歩き始めた。確か下流に向かえば村とか町とかに出会える可能性は高いんだったか。


 休憩中にステータスウィンドウをよく見てみたが、それ以上情報が表示されることはなかった。



 『大殺戮』と『覚醒』。



 どちらも恰好いい感じのスキルではあるが、前者は物騒過ぎるし、後者は情報が少なすぎる。


 称号の『同族殺し』と『無慈悲』については、まあ今は触れる必要もないだろう。


 それにしても、と俺は自分の格好を思い返す。


「初期装備が貧弱すぎないかこれ……」


 俺は自分の格好を今一度確認してみる。武器はおろか、防具の一つも身につけていない。ひのきのぼうも一ゴールドも支給されていない。


 まあ、お金など貰ってもこの現状では使い道がないが。


 朱音のことも心配だが、ここは異世界。ゲームに出てくるようなモンスターたちがいると考えておいた方がいいだろう。レベルやスキルなんてものがあるくらいだし。


 まず身を守ることを優先して、なるべくはやく朱音を探し出そう。


 そう決めた俺は、近くにあった大きめの石を何個か懐に忍ばせた。心もとないが、ないよりはましだろう。


「空がきれいだなー」


 人間は孤独になると独り言が増える生き物のようだ。どうでもいいことでも口に出してしまうが、それによって精神を支えられている側面も否めなかった。


「お、ここなんかいいんじゃないか」


 二時間ほど歩き、空がすでに暗くなっていた。


 俺はちょうど良い大きさの洞窟に身を潜めた。一応、持っていた石を奥に向かって投げ、中に何もいないことを確認したので安心だ。



 マッチもライターも火を起こす技術も持ち合わせていないので、寒さに凍えながら俺は横になった。


 

 

「……眠れん」

 

 一時間程が経っただろうか。どうにも寝付けず、俺は危険を承知で洞窟の外へ這い出た。昼間のようなドラゴンの影はなく、俺は思わず胸をなでおろした。


「……」


 しばらく小川沿いの大石に座って、川の流れを見つめた。単調に見えるそれは、それでいて深い面白みがあると思う。


 朱音との会話であれだけ眠いと言っていたのに、今は眼が冴えている。慣れない環境下での緊張だろうか。




 朱音と交わしたあの軽口の応酬が、随分と遠く感じる。



 寝小便をしないように木の幹あたりにお小水をひっかけてから、俺はふと上を向く。暗闇にも目が慣れて、よく星が見えた。


「おお……」


 昼から快晴だったからか、綺麗な星空が広がっていた。地球と同じ星の配置かどうかは残念ながら分からないが、ただ美しいとだけ思ったのは本当だ。


 この世界にも月はあるらしく、優しく俺を照らしてくれる。少し青みがかっていて、光が弱いようにも見える。



 それから小川で喉をうるおしてから俺はまた洞窟に戻り、また横になる。明日こそは朱音を見つけようと決意を固めながら。









* * *







Side:アカネ


 体が掬い上げられるような感覚を感じて、私は目を覚ました。いつもの通り、視界は暗闇に包まれている。


「私、死んだはずじゃ……」


 最後に感じた自分の体が軋む嫌な音と、車の走り去る音からして恐らく車にでもはねられたのだろう。


 ぷつりと糸が切れるような音とともに、私は現世から解き放たれ輪廻転生の輪に入るはずだった。しかし、ここはどう考えても輪廻ではないだろう。


 これはあれか。俗に言う生まれ変わりとか言うやつ。生まれ変わっても盲目なままなんて、私と盲目は随分と相性がいいらしい。


「はぁ……」


 そんな冗談を飛ばしても、何も変わらない。諦めたような私の吐息が、その場に伸びて行った。


 


 そこで、コツコツという石畳か何かを靴が叩く音が響いた。音の跳ね返り方から、ここが結構広い場所なのだと気づく。

 

 どうやら、私の方へ向かってきているようだ。


「夏林?」


 彼の名前を呼んでみるが、返事はない。どうやら違う人らしい。知らない人と対面しているという状況に、どうしても緊張してしまう。



 夏林がいない。



 それもそうか。生まれ変わったのなら、夏林が一緒にいるはずもない。そんな当たり前のことが、私の指を微かに震えさせた。


 足音は、私の目前辺りで止んだ。微かな息遣いから、女性だと分かる。


「あなたは……」

「お待ちしておりました。わたくし、この教会のシスターをしております、アイラと申します」


 その人はアイラと名乗った。口ぶりからして、私は教会にいるようだ。


 そしてアイラさんは、意味不明な言葉を発した。いや、言葉が通じないとかではないのだけれど。


「百年の誓い通りに、召喚に応じていただきありがとうございます、聖女様」

「え?」


 聖女様。物語か何かでしか聞かないようなワードだった。


「聖女って……私が?」

「ああ、なんということでしょう! 百年ぶりにお目覚めになられて記憶が混同しておられるのですね……。ええ、そうです。貴女こそ我ら深光教の光、『盲目の聖女様』でございます!」


 そう言うと、アイラさんは嘆くように言葉を叫んだ。


 教会においてそれはなんら不自然ではない言葉だったが、こと自分がそう呼ばれてみると違和感しかない。


「失礼ですけど、私の名前って分かります?」

「もちろんでございます! 文献に残っていますから! 貴女の名は――エルスフリート・セルセイン様でございます!」


 誰だそれは。


「えーっと……。もし私が聖女じゃなくて、人違いだったらどうなりますかね」

「変なことをおっしゃるのですね、聖女様」


 おずおずと尋ねると、アイラさんは朗らかに笑った。ほっ、どうやら本当のことを言っても怒られなそうだ。







「もちろん、聖女を騙った罪として縛り首です! まあ、そんなことありえませんけどね!」


「……」


 殺られる……!


「あ、なんか思い出してきました。そうですそうです、私がエルスフリート? です」

「記憶を取り戻されたのですね! ああ、神よ……!」

「はぁ……」


 どうにか誤魔化せた。ばれないようにため息をつく。


「あ、でも日常生活だとアカネって呼んでくれればいいですよ」

「なぜでしょう?」

「ニックネームみたいなものですよ! 私も早くあなたたちと仲良くなりたいんです!」


 いきなり他人の名前を呼ばれても反応できないし、ここはこうして誤魔化せば……。


「ああ、なんと優しいのでしょうか! ありがとうございます、聖女様!」


 それでもシスターは私の名前を呼ばなかった。まあ、結果オーライかな。それにしても、このシスターはずいぶんと誤魔化されやすいようだ。




 こうして、私は聖女様とやらになってしまったのだった。




 


お楽しみいただけたでしょうか……!

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