特別
その年初めて金木犀が香った朝
川の字の真ん中で天井を見上げる夜
曇ったガラスに好きと書いた一秒後
恥ずかしくなって指で消したら
向こう側に見えた君の顔
じゃがいものポタージュ
あの日食べたのと同じ味
頭の上に置かれた手の重さ
それを握りしめて湯たんぽにする微睡みの中
一匹目の蛍を指差す横顔と
陽の光に溶けて
そのままいなくなってしまう白昼夢
どれも好きで特別で
甲乙つけがたいから私
何も映さなくなった瞳に寄り添って
合わさる体温に身を委ね
その愛を形にして
この世にそっと送り出そうとするの
詰まるところ
私の特別に名前は無くて
代わりも無くて
複製もできなくて
今だけだからこそ特別なのね
時を止めることはできないのに
いつか何者でもない何かに
変わってしまうのに
現実という薄いガラスにピンを押し当て
そこから広がる細かな亀裂には目を留めずに
どうにかこの居場所を固定できないかと足掻く私を
馬鹿な人だと言うでもなく
嗜めることもなく
ただみとめてくれる君は
きっとこの世に存在する
唯一不変永遠の特別なのだ
たとえ
その温もりが消えても
漂うリアルが壊れても
ずっとずっと特別なのだ