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シュレディンガーの猫  作者: 春日遥灯
3/4

放射性物質は崩壊していく

タダシはどんなにみっともなくても、生きることに決めた。左のグラス・・・つまり背の高い方のグラス。リエ子は去り際にそちらを指し示した。五十嵐に隠れて、僕を生かすためにヒントをくれたエリ子。なんて健気なんだ。タダシは背の高いグラスを両手で持ち、口をつけようとした。


・・・いや、待てよ・・・。


グラス越しに琴美の死体が見えた時、もう一人の自分が呟いた。


「お前は、あのリエ子を裏切ったんだぞ。そんなお前をリエ子が許すと思うか?」


ゆっくりとグラスを置く。自分の手の油で汚れたグラスに注がれたワインが、とても禍々しいものに見える。汗が額から吹き出し、血と混ざって頬を滑り落ちる。エリ子、お前は俺をどうしたいんだ。


・・・一思いに殺してしまいたい。しかもこの上なく残酷にだ。だけどな。まだリエ子はお前のことが好きなんだそうだ。まったく頭に来る・・・


五十嵐のこの言葉は本当なのだろう。だから曲がりなりにもタダシに生きるチャンスが与えられている。

しかし、エリ子を信じていいのか。


恐怖を感じるぐらいに愛されている実感はある。だがそれはあのエリ子だ。普段はおとなしいが、一旦火がつくと止められないぐらい激しい気性の持ち主だ。感情に支配されて、琴美になびいたタダシを殺そうと思っていたら。そう思うとエリ子が示した背の高いグラスに口を付けられない。


背の低いグラスを見つめる。こっちか?手の震えを治めながら、低いグラスに触れる。温くなったワインは何も答えない。何分経っているのだろう。突然扉が開いた時、まだ二つのグラスにワインが残っていたら。


タダシは両方のグラスを手に持ち、泣きながら蛍光灯に透かしたり匂いを嗅いだり二つのワインの違いを探すのに必死だった。


「なんだよ、どっちなんだよ。エリ子、どっちのワインに毒が入ってんだよ」


タダシは目をつぶって他のヒントを思い出そうとした。五十嵐の拳の痛み、鼻のつく喋り方、ワインを持ってくるチンピラ、エリ子が目に湛えた涙・・・。


エリ子の目。上目遣いにこちらをジッと見ている。


タダシは答えを見つけた。あの目はエリ子が思いつめている時の目だ。


タダシは背の高いグラスを床に置き、背の低いグラスを一気に干した。


1秒、2秒・・・。永遠ともとれる長い時間が流れる。


なんともない。胃袋にワインが流し込まれ、暫くしてからワインの味が口の中で弾けた。琴美との思い出の酒の味。勝利の美酒だ。


「・・・やった・・・。やった!勝ったぞ!俺は勝ったんだ!」


冷たいコンクリートに大の字に寝転がりタダシは泣いた。


暫くすると扉の方から足音が聞こえてきた。クソッ、サッサと出しやがれ!五十嵐とエリ子にいつか復讐してやる。タダシは扉を睨みつけて、五十嵐が入ってくるのを待った。

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