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9 リザの姿

 無事に鍵を手に入れた僕は、意気揚々と塔へたどり着いた。鍵束の鍵の多さに苦戦しつつも錠を外し、階段を一段飛ばしで駆け上がる。しかし、2階の廊下が見えたところで不安が沸き起こった。


 リザはもう来るなって言っていた。怒るかな? 怒られるだけならいいけれど、もし嫌われたらどうしよう……

 そう思うと、残り一段を前にして足が止まった。

 どうしてここまで来てそんなことを考えてしまったのだろう。目を瞑り、心を落ち着かせるように深呼吸する。


 何のためにイリヤを出し抜いてきた?

 何のためにジーナに無茶を言って協力してもらったんだ?

 全部僕のわがままだ。僕が彼女に会いたいと思ったからだ。彼女の声をまた聴きたい。僕から会いに行かなければ二度と会えない。


 僕が会いに行かなくちゃ。


「よし、行くぞ」


 リザは不思議な人だ。声だけなのに喜怒哀楽がよくわかる。あんな素直な人は貴族には絶対にいない。世の中には、彼女のような裏表のない声の持ち主がどれほどいるのだろうか。

 幽閉されているのにどうしてあんなに笑えるのだろう。何を考えながら過ごしているのだろう。彼女の心の一欠片でも良いから理解したい――

 もう一度だけ深呼吸をして、僕は4日ぶりに鉄の扉の前に立った。


「リザ、また会いにきたよ!」


 返事はない。


「来たら駄目って言われたけど、ごめん。どうしてもリザとまた話がしたかったんだ!」


 やはり返事はない。もう彼女の声は二度と聴けないのかもしれない――そう思うと涙が込み上げてきた。声が震える。


「ねぇ、怒ってるの? 返事してよ……」


 扉に額を合わせて寄りかかる。金属の冷たさが身に染みる。


「カミル……君?」


 リザの声だ。ドクンと胸が鳴った。


「そう! 僕だよ!」

「また、来ちゃったのね……もう一人の、イリヤ君には止められなかったの?」

「うん、すっ……ごく止められた! でも、リザに会いたかったから、すっごく頑張って抜け出してきたんだ。それでも4日もかかっちゃったけどね」


 嬉しい。嬉しい気持ちが抑えきれなくて、また子供っぽい言い方しか出来ない。


「ふふ、君は面白い子ね」


 リザが笑った。僕は反応を返してくれることが嬉しくて、イリヤの監視から逃げるために立てた作戦やお茶会を利用して脱出に成功したことをさながら冒険譚のように語った。


「あ、そうだ。リザは食事の時どうやって受け取るの? 扉を開けてもらうの?」

「いいえ、この扉は使用人さんの鍵では開かないの。食事なら……ほら、扉の真ん中より少し下に小さな扉があるでしょう? そこから渡してもらうの。外側からしか開かないようになっているわ。それがどうしたの?」


 確かに、よく見ると金具を引っ掛けるだけの鍵が付いた小さな扉がある。留め金を外して開くと、空気の流れを感じた。微かに本と花のような香りがする。


「リザ、両手を出して」

「何? 何かくれるの?」


 リザが声を弾ませて両手を差し出した。初めて見る彼女の手は、すらりと伸びた指をぴたりと合わせて器の形を作っている。白く滑らかな手だ。やはり若い女性なのだと思いながら、ハンカチに包んだ物をその両手に乗せる。

 少しだけ指が触れた。僕は驚いてすぐに手を引いてしまった。リザの両手も引っ込んでいく。それを残念に思いながら、彼女の感想を待った。


「甘い、良い匂い。これはお菓子ね」

「今日のお茶会で出されたものだよ。リンゴのタルト。美味しかったから、リザにも食べさせたくて持ってきたんだ」

「ありがとう」


 リザの靴の音が聞こえる。扉から少し離れたようだ。


「うん、とっても美味しいわ。給仕の人がたまに内緒で作ってきてくれるクッキーも美味しいけれど、これはもっと甘いわね。手の込んだお菓子だわ。リンゴを生以外で食べるのは初めてよ」


 良かった。気に入ってくれたようだ。僕は心の中でジーナに感謝した。小窓が開いているからリザの声がはっきりと聞こえる。上機嫌で食べている。僕は彼女の喜ぶ姿が見たくて、小窓から中を覗いた。

 白い服がちらりと見えた。残念ながら腰から上は見えない。簡素で飾りのないワンピースのようだ。動きに合わせて揺れる裾の辺りが透けて、足のシルエットが薄っすらと見えた。


 なんで薄着なの!


 思わずそう叫びそうになったが、口を抑えて堪えた。見てはいけないものを見た気がしていたたまれなくなり、慌てて小窓から離れようとして勢い余って尻餅をついた。お尻が痛い。顔が熱い。

 どうして僕が恥ずかしがってるんだろう。リザは恥ずかしくないのだろうか。あんな薄い生地の服で過ごしているなんて――いくら人と会わない暮らしをしているからって服装に無頓着すぎるじゃないか! あれじゃあ下着のまま日々過ごしているようなものだ。


「カミル君。急に黙り込んでどうしたの?」

「な、何でもないよ!」


 声を聞いてさっきの光景が頭に浮かんできたけれど、必死に振り払った。自分の母でさえあんな姿を見た記憶がない。僕はリザにドレスを贈ろうと決心した。

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