8 秘密のお茶会
翌日、ジーナ付きの侍女に案内されたのはジーナの部屋だった。中へ通されると、ジーナが待ち侘びた様子で駆け寄ってきた。
「ようこそいらっしゃいましたわ。カミル様。本日はゆっくりとお付き合いくださいな」
「ジーナ……約束、忘れてないよね?」
「もちろんですわ」
本当だろうか……いつもより生き生きとしていて身嗜みにも気合が入っている気がする。そんなにお茶会を楽しみにしていたのか。その期待に応えられないのが少し心苦しい。
そんな僕の気持ちも知らずに、何やらジーナの身長の半分ほどもあるウサギのぬいぐるみを持ち出した。
「その前に、この子を見てくださいな! 可愛らしいでしょう? 職人に特別に作らせましたの。ね? カミル様と同じ明るい金色の毛並みに薄い茶色の目をしていますのよ。そして、私の好みで明るいオレンジ色のリボンを首に結んでいますの!」
「ジーナ……」
いつもの長話が始まって、僕が呆れ気味に口を挟むと、ジーナは不満げな顔で声を抑えた。
「駄目ですわ。先に私の約束を済ませていただかなくては。今を逃せば、カミル様のことですもの、言い訳なさって約束を破られるに決まっていますわ……」
「そ、そんなことは……」
ない、とは言い切れなかった。女の子の遊びが嫌で、散々言い訳しては誘いを断ってきた報いをここで受けることになるとは。
いつも強気な彼女がぬいぐるみを抱きしめながら目を伏せている。普段と違うそのしおらしい姿に、僕の罪悪感は一気に膨れ上がった。
「聴くよ、ちゃんと聴く!」
その言葉に調子を取り戻した彼女は、より饒舌に語り出した。
余計な口出しをしたばかりに…これは長引くぞ。
予感は当たり、ぬいぐるみ自慢は他のぬいぐるみにまで及んだ。一通り語り終えると、ようやくお茶会が始まった。
「今回はローズティーとリンゴのタルトを用意いたしましたわ。どうぞ、おくつろぎくださいませ」
くつろいでいる場合ではないのだけれど、どうもこの一杯に付き合わなければ解放してくれそうもない。下手に横槍を入れると余計に長引くことを学んだので、しばらくそっとしておこう。
それに用意してくれたお菓子はとても美味しそうだ。焦る気持ちを抑えてタルトに集中することにした。
「使用されているバラもリンゴもこの領地で育てられた物ですのよ。この城にもバラ園がありましてね。そこには何種類ものバラを育てておりますの! バラはハーブティーにしたり香油を作ったり、薬にも出来ますのよ。凄いでしょう?」
僕がお菓子に口を付けている間にも一方的に話は続く。あ、美味しい。お菓子の甘さがローズティーに合う。ジーナが自慢したくなる気持ちもわかる気がする。
彼女は自分が生まれ育ったこの地が大好きだ。僕と違って勉強熱心で、女性としての習い事の他にも領地のことを色々と学んでいる。その知識を誇らしげに僕にひけらかすのだ。
特産物を自慢し、不作になれば悔しがる。新事業が軌道に乗れば自分が成したことのように嬉々として語る。それについては、僕は嫌ではなかった。
ぬいぐるみや流行のドレスやアクセサリーの話には全く興味がなかったが、母の故郷でもあるこの地の話は楽しい。
とても嬉しそうに語るジーナを見ていると、僕も少し嬉しくなった。お茶会でこんな穏やかな気持ちになるのは初めてだ。
彼女は他の令嬢達とは違う。ジーナは僕の従姉で、家族なんだ。今日はお茶会に参加して良かった。
けれど、そろそろ動き出したい。
「ジーナ、城のバラ園は僕でも見学出来る?」
「まあ! 興味がおありですの? 私が直々にご案内いたしますわ!」
「ありがとう。でも、今から僕一人で行ってみたいんだけど」
物を口にする時以外止まらなかったおしゃべりがぴたりと止んだ。ジーナは萎んだ花のように俯いた。
「……もうですの? まだ一杯しか飲んでいらっしゃらないのに……ヒドい人。その秘密の用事の方がよっぽど大事ですのね」
止めて欲しい。その反応は、困る。いつもみたいに悪態ついてくれたほうが何倍もましだ。ぬいぐるみ自慢も含めたらそこそこ付き合った方だと思うんだ。そろそろ許してください。
「ごめんね。時間がかかりすぎるとイリヤに勘付かれるから……そんな顔しないでよ、ジーナ。バラ園に興味があるのは本当だよ? だから別の機会に案内してよ。ね?」
「本当にズルい人……仕方ありませんわね。必ず、必ず私との時間も作ってくださいな。約束ですわよ」
「ありがとう」と笑顔で返し、僕はジーナの寝室へ移動した。用意されていたロープでバルコニーから脱出する。
お茶会をしていた部屋からは、ジーナの楽しげな声が聞こえてくる。相手がいないのにあんなに活き活きと話せるなんて、ジーナは演技が上手いなと感心する。しおらしい態度もきっと演技だったんだ。
この時、ジーナはウサギのぬいぐるみをカミル役にして椅子に座らせて話していた。それは彼女の普段の習慣と同じなのだけれど、僕はその事を知る由もなかった。




