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エピローグ 旅立ちの前に

ようやく最終回です。

 恥ずかしい……


 儀式が無事終わり、バロー伯爵の城へと戻る馬車の中。リザは両手で顔を覆い、教会で号泣したことを激しく後悔していた。


 あんな子供みたいなこと……カミル君はどう思ったかしら。ジーナちゃんはきっと呆れているわよね……


 車内は行きと同じくジーナと二人きりだった。正面に座る彼女の様子が気になり、指の隙間からそっと盗み見た。

 ジーナはずっと窓の外を眺めている――ふりをしながら、ちらちらと横目でこちらを窺っているようだ。


「あっ……」


 視線に気付いたジーナがぴたりと動きを止めた。彼女は不機嫌そうに目をそらしながらも、リザに言った。


「わ……悪かったわね。儀式の内容、教えなかったこと。……あ、あなたが、あんな怯え方するなんて思わなかったのよ」


 突然の謝罪にリザは驚いた。もしかして、彼女はずっと機会を窺っていたのだろうか。


「いいのよ。急いでいたんだもの――」

「違うわ」

「え?」

「魔女の本性を暴きたくて、あなたを怒らせたくてわざと教えなかったのよ。だから…………ごめんなさい……」


 本当は私に謝るなんて不本意なのでしょうね。意地悪なのか、そうじゃないのか……不器用な子ね。


「ふふっ……」

「ちょっと! 何笑っているのよ! あなたに謝ることなんて、もう二度とないんだから! 私は、あなたが、大っ嫌いよ!!」


 ジーナの怒鳴り声は馬車の外にまで響いた。



  *  *  *



 城に到着すると、不機嫌なままのジーナと別れ、リザは休む間もなく着替えさせられた。化粧を直し、不揃いだった髪は整えられた。

 短いながらも編み込まれた髪。青空のような爽やかなドレス。耳や胸元の装飾品。全てに宝石が散りばめられている。白のドレスとは対照的だ。

 その豪華さに身体が強張るが、心は乙女のように弾んでいた。


 準備が終わり、ホールに着くと、カミルが一人で待っていた。周りを見渡しても誰もいない。いつの間にか案内をしてくれた使用人まで姿を消している。

 彼はこちらに気づくと、改めて「久しぶりだね」と言って近づいてきた。リザはジーナの挨拶の仕草を思い出してお辞儀をする。


「リザ、今は二人きりだ。堅苦しいのも、敬語もやめよう」

「……わかったわ。カミル君」


 カミルは「その呼び方、懐かしいな」と屈託なく笑った。リザもつられて笑顔になる。昔を懐かしみながら、 カミルは王都での暮らしを語った。

 王都の学園に入学し仲間ができたこと。リザとの出会いがなければ司教を目指そうとは思わなかったこと。祖父には認めてもらえたが、その後すぐに逝去されたこと。


「そう、大公様は逝ってしまったのね……」


 遠い過去の記憶。国王になったばかりの彼はまだ幼い少年だった。彼の寿命が尽きるほど、時は過ぎたのだ。逃れられない時間の流れを感じる。目の前のカミルも、いつか老人になり、そして死んでゆく。


 皆、いつか私を置いていく。私は、これから何度もこの侘しさを感じていくのでしょうね……


「あー……そうだ。そのドレス、気に入ってくれたかな? あなたの瞳と同じ色にしたんだ」


 感情が顔に出ていたのだろうか。気まずそうに話題を変えるカミル。それを申し訳なく思ったリザは、すぐに笑顔を作って答えた。


「そうだったのね。ありがとう。私にはもったいないくらい素敵よ」

「気に入ってくれて嬉しいよ。儀式用の白のドレスも似合っていたよ」

「ふふ、ありがとう。ジーナちゃんが急に現れて、連れ出されたと思ったらあのドレスでしょう? 驚いてしまったわ――」


 はっと気づいた時にはもう遅かった。カミルは訝しげに首を捻った。


「おかしいな……事前連絡の手配はしたのに――ジーナから何も説明はなかったのかい?」

「えっ、ええ、準備に忙しくて……」

「ということは……儀式の内容も?」


 ジーナには申し訳ないが、こんなところで嘘を吐きたくない。リザは控えめにこくんと頷いた。カミルは苦い顔で「アイツめ……」と呟いた。


「――いや、それよりも。怖かっただろう? 今思えば、儀式の最中に辛そうな顔をしていたね。同意もなしに大事な髪を切ってしまって、本当に申し訳ない」


 カミルが深々と頭を下げる。リザは慌てて頭を上げるようにお願いした。


「カミル君が謝ることではないわ。もういいの。私は今、幸せだから」


 カミルがゆっくりと顔を上げた。とても不思議そうな表情をしている。けれどこの言葉も嘘ではない。

 首の代わりに髪を切られたと気づいた時、長い間縛られていた鎖が断ち切られたような気持ちになった。自分は解放されたのだと、強く感じられた。だから悲しくはない。


「リザ・レシテルとしての新しい門出よ? 君が悲しい顔なんてしないで」

「――そうだね」


 笑顔に戻ったカミルはどこかへ合図を送った。すると遠くから優雅な音楽が流れてきた。楽団が待機していたようだ。


「リザ、踊ろう!」

「え? でも私、ダンスなんて……」

「僕がリードする。踊っていだたけますか?」


 カミルが手を差し出す。リザがおずおずとその手を取ると、優しく握りしめられた。もう片方の手がリザの背中に触れる。彼の薄茶色の瞳が、とても近い。「いくよ」とカミルが囁いて、一歩踏み出した。


 王子様とダンスなんて、まるでおとぎ話ね。


 リザは教会の前で少女が持っていた童話を思い出した。それには舞踏会で王子と主人公の女の子が幸せそうに踊っている挿絵がある。子供の頃、リザはそれが大好きで、いつか王子様と踊ってみたいと思っていた。


 自分でも忘れていた夢を、カミル君は()()も叶えてくれた。本当に、不思議な子。


 思い出は綺麗なものだが、実際に踊ってみると、動きについていくのがやっとだった。足がもつれて転びそうになったリザを庇い、カミルが下敷きになった。


「わっ、カミル君大丈夫?」


 慌ててリザがカミルの上から降りる。カミルは身体を震わせたかと思うと、可笑しそうに大声で笑いはじめた。リザは呆然とその様子を見守った。


「はーー、すまない……恥ずかしながら、本当はダンスは苦手なんだ。でも、どうしてもあなたと踊りたかった。それがあの頃の僕の夢だったから……最後に、あなたと踊れて本当に良かった」

「……最後?」

「ああ、僕があなたと会えるのは、今日だけだ」


 カミルは清々しい顔で告げた。

 魔女の力を悪用して国を乗っ取るかもしれない――そんな疑念が、王族の中で未だに残っているのだという。


 なんてくだらない話だろうか。カミル君も私も国盗りなんて企てるはずがないのに……


 そう考えるリザとは裏腹に、カミルが冗談めかして言った。


「あなたと僕が結託するという意味では、あながち間違いではないけれどね」

「え?」

「リザ、行きたい場所があれば遠慮なく僕に言ってくれ。手紙のやりとりは許可されている。あなたには『癒し手(レシテル)』とは別の目的があるだろう?」


 森で薬草を採って、薬を作り、人を癒す。それとは別の私の目的。それは――


「神のゆるしを、授かること……」


 カミルが頷いた。そしてリザの目の前に跪くと「今一度、誓わせてくれ」とリザの手を取った。


「我らが太陽神にかけて誓います。私の力が及ぶ限り、汝の願いのために協力することを……」


 カミルはリザの手の甲に軽くキスをした。彼はいつだって自分の味方でいてくれる。この約束さえあれば、この先何があってもきっと頑張れると思えた。


「…………ふふふ。二度も、魔女のために神の誓いを立てるなんて、本当に……馬鹿な子ね……」


 リザはいつの間にか溢れて出していた涙を拭った。


「あなたの憂いがなくなることを、心から祈っているよ」

「……ありがとう。私も、君の幸せを願っているわ」



  *  *  *



 リザは一人、馬車に乗った。行き先は山奥の小さな村だ。そこで風土病の治療と原因の究明をすることが、癒し手(レシテル)としての最初の仕事になる。


 できるだけ多くの命を救おう。私が儀式に利用した魂が戻るわけではないけれど、それが、私にできるせめてもの償い。そして私は自分の目的を果たしてみせる。


 未来をどこか諦めていた二人が出会い、互いの存在を支えにこれまで生きてきた。身も心も解放された今、リザに迷いはない。

 『神のゆるし』を待つのではない。自分の手で見つけるのだ。皮肉にも、時間は無限にある。


 必ず見つけてみせるわ。

 私が、死ぬ方法を。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 いいね、感想、アドバイスなど、よろしくお願いします。


 とりあえず書いてみようと思い立ち、投稿した初作品。遅筆でしたが完結できて良かったです。

 予想していたよりも3倍の話数となりましたが、終わり方もより前向きになったので、結果的に良かったと思います。


 次回作はリザが不老不死になる過去話を予定しています。

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