⁇年後4 癒し手
「これより新生の儀を執り行う」とカミルが宣言した。
儀式の始まりは神への祈りだった。分厚い本を開いて教えの一節を読む。それが終わると傍に控えていた司祭が一本の剣を差し出した。繊細な装飾が施された儀式用の剣のようだ。
受け取ったそれを腰に吊るしたカミルは、祭壇からリザの目の前に移動し、問いかけた。
「簡潔に答えよ。魔女エリザベータ。汝は貴族をたぶらかし、殺めた罪により、幾度となく処刑された。相違ないか?」
どうして、今更そんなことを確認するのかしら……
リザはとっさに答えることができず、胸を押さえた。
当時のことを思い出すと、いつも胸が苦しくなる。カミルに自分の罪を告白した時もそうだった。
何十年経っても、何百年経っても、自分の中の後悔が消えない限り、きっとこの痛みはおさまらないのだろう。
「相違ないか?」とカミルがもう一度問う。
リザは痛みをこらえて「はい」と答えた。カミルは頷くと剣を抜いた。
「ならば今一度、首を捧げよ」
カミルからそう告げられ、リザは困惑した。
どうして? 私はまだ処刑されないといけないの?
それも今回は、私を人殺しじゃないと言ってくれた――私を好きだと叫んでくれたかつての少年に?
怖い……彼の手を赤く染めてしまうことがとても怖い。
この場から逃げ出したい衝動に駆られるが、後ろにはジーナがいて逃げられない。魔法を使えばなんとかなるかもしれないが、変な動きをすればすぐに気づかれるだろう。
何より、ジーナもカミルも、誰も傷つけたくはない。それにここで逃げれば、カミルの地位が危うくなるかもしれない。
――逃げ出したい。
――けれど逃げ出せない。
リザはすがるようにジーナを見た。ジーナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真剣な目で「信じなさい」と囁いた。
彼を信じていないわけではないわ。
少年だった彼が神に誓いを立ててから、どれだけの年月がすぎたのかしら。どれだけの困難があったのかしら。私にはわからないけれど、彼は信念を貫いて、今日この日を迎えた。
彼の努力を無下にはできない。
私も覚悟を決めなければ……
リザは身体を震わせながら目を瞑った。
剣が左肩に軽く乗せられる。刃が首に触れそうなほど近い。このまま刃を押し当てられるのかと思ったが、そうではなかった。今度は右肩に同じように乗せられる。
首を切られるわけではないとわかってホッとすると同時に、過度に怯えていた自分が恥ずかしくなった。
冷静に考えれば、神聖な教会内でそんな血生臭いことはしないわよね……
気が抜けたところでスッと首筋を撫でられ、リザは身じろいだ。リザの髪を束ねるために、ジーナが触れたのだ。そのまま髪の束を持ち上げられ、頭上で風切り音がしたかと思うと、リザの頭が軽くなった。
「……え?」
理解が追いつかない。恐る恐る自分の後頭部の髪を撫でおろすと、肩の辺りで指がすり抜けた。顔を上げると、ジーナが白髪の束をカミルに差し出している。
あれは、私の?
参列者に見えるようにそれを掲げたカミルは、よく響く声で宣言した。
「魔女エリザベータは死んだ。そこに跪くは我らの同胞。太陽の国サレイユの子。ここに昇る太陽と我らが証人である」
『新生の儀』の終わりが告げられた。ぴりぴりとした空気が幾分か和らぐ。しかし、それで終わりではなかった。カミルの手がリザの頭に優しく触れる。
「新たに生まれた同胞よ。汝を『癒し手』に任命する。これからは教会の守護の下、サレイユの地を巡り、その豊かな知識を持って病気や怪我の民を救いなさい。そして今この時より『癒し手』の称号を家名とし、リザ・レシテルと名乗りなさい」
そう言い終わると、頭上の手が離れていく。リザはその手を追うように顔を上げた。補佐司教ではない、カミルの優しい笑顔がそこにはあった。
白の法衣が床につくのも気にせず、カミルはしゃがみ込んだ。
「リザ、ようやく誓いを果たすことができました。随分待たせてしまいましたね」
そう言って、リザの両手を大きな手で包みこむ。その手の温かさにリザの涙腺が緩んだ。
「カミル様。私は、もうあの塔に戻らなくていいのですね?」
「ええ」
「もう、処刑はないのですね?」
「もちろん」
「森に行って薬草を採ったり、薬を調合してもいいのですか?」
「ええ、約束しましたから。ですが、教会に報告は必要ですし、多少の制約はあります。……すみません。こればかりは全くの自由とはいかず……」
カミルが申し訳なさそうに語尾を弱めた。
「謝らないでください。私にとっては、塔から出られるだけで……夢のようです」
リザは鼻の奥がつんと痛くなり、目から大粒の涙が溢れ出した。声が震えてくる。
「これは……夢では……ないっ……のです……よね?」
「はい……ちゃんと現実ですよ。もう我慢しなくていいんです」
ずっと、諦めていた――塔の中で、人目を忍んで生きていくしかないのだと思っていた。
塔の中には本がある、薬草もある。好きなことを細々とでも出来るのだから高望みはしないと、それで十分だと思い込もうとしていた。
だから、抑圧されていた自分を解き放ってくれたカミルには、感謝してもしきれない。
「あり……が……とう……っ」
リザは人目も憚らず床にぺたりと座り込み、喉がひりつくほど大きな声で泣いた。嬉しくて泣き叫ぶのは生まれて初めてだ。
子供のように号泣するリザの身体をカミルはしっかりと支え、泣き止むまで背中をぽんぽんと優しく叩き続けた。
次回、最終回です。




