??年後1 使者
前回から数十年後。リザ視点です。
あれから何十年経ったのか、永遠を生きるリザにはわからない。
ある日、鉄扉は勢いよく開かれた。
「出なさい!」
ノックもなく入ってきたのは一人の女性だった。ダークブロンドの髪を結い上げ、露出の少ない真っ黒なドレスを身にまとっている。
リザは突然の出来事に驚いて、机に積んでいた本をばら撒いてしまった。慌てて床にしゃがみ込むリザに対して、女性は眉をひそめる。
「嫌だわ……あなた、相変わらず片付けができないのね」
辛辣な言い方にリザは聞き覚えがあった。魔女に対してまったく動じない姿は、忘れもしないあの夏の終わりに出会った少女とよく似ている。
「もしかして……ジーナちゃん?」
「……そうよ」
「やっぱり! 大きくなったわね」
リザは感慨深く言うと、握手を求めてジーナに近づいた。
「馴れ馴れしくしないで。私は今でもあなたが大嫌いよ」
ジーナは触れるのを拒否するように腕を組み、大きく顔を背けた。
まだ私は嫌われているようね。
リザは行き場を失った手を下ろした。
外見的にはリザよりも年上になったジーナだが、リザを拒絶する態度はあの時と変わらない。それが懐かしいと同時に少し寂しい。
「……来なさい。時間がないの」
そう言ってジーナはさっさと階下へ向かう。リザは慌ててその後を追った。木の扉を開けて塔の外へ出ると、目の前には湖と森と晴れた空が広がっていた。風が全身を撫でる。懐かしい感覚だ。塔の中では小さな窓からしか自然を感じることができなかった。
本当に……また外に出られる日が来るなんて……
「何を立ち止まっているの! 早く来なさい!」
ジーナの声で我に返ると、急いで彼女のもとへ向かった。ジーナは岸に引きあげていた小舟を一人で湖に戻そうとしている。どうやら使用人は伴っていないようだ。使用人のような真似をさせるのは申し訳ないと思ったリザは、一緒に押そうと声をかけるが――
「黙って乗りなさい。急いでいるの」と手助けを拒まれた。
ジーナは手際よく舟を着水させた。二人で乗り込むとジーナは無言でオールを漕ぎはじめた。向かい合っているが、ジーナはリザと目を合わせようとはしない。
私には何も話す気はないということかしら……困ったわ。私は色々と聞きたくて仕方がないのに……
リザが一番知りたいのはカミルのことだ。神に誓ったあの日から、一日たりとも彼のことを考えない日はなかった。神へ祈る時間には彼の無事も祈るようになっていた。
だから扉を開けたのが彼ではないとわかった瞬間、リザは少なからず落胆した。
どうして彼はいないのかしら……
リザは我慢できなくなってジーナに尋ねた。
「あの、ジーナちゃん。今日はカミル君はいないの? 私、ここを出る時にはあの子が迎えに来てくれるとばかり思っていたの。きっとあの子なら立派な紳士になって――」
「馴れ馴れしく呼ばないで!!」
ジーナは鋭い目をリザに向けると声を荒らげた。
「本来ならカミル様は、あなたなんかが会えるようなお方ではないのよ。失礼にもほどがあるわ!! 私達を子供扱いするのはもう止めて! あれから何年経ってると思っているの? 私達は大人になったのよ。あなたと違って……っ」
一息に言い終えると、ジーナは再び視線をそらしてオールを漕ぎはじめた。気迫に押されたリザは何も言えなくなった。
またやってしまったわ。あの時もバロー伯爵に激怒されたのに……
カミル君は『敬語はいらない』と言ってくれたけれど、それは二人だけの時の話。彼はこの国の王子で、ジーナちゃんは伯爵令嬢。私が気安く話せる相手ではないものね。浮かれすぎてそんなことも忘れていた。
リザは肩を落としてうなだれた。そうしているうちに舟は桟橋に着いた。
ジーナが静かに忠告する。
「……使用人の前では軽はずみな言動は慎んでね」
城内に入ると、人払いがされているのだろうか、誰もいない廊下を奥へと進む。案内された部屋の中央には湯気が立ちのぼるバスタブがあった。
「ジーナち……ジーナさん。こ、これは?」
「見た通りよ。使用人が全部するから、あなたは何もしなくていいわ。あとはお願い」
そう言い残してジーナは部屋から出ていった。
「「失礼いたします」」
動揺するリザをよそに、ジーナの呼びかけで壁に控えていた二人の老女が手際良く準備を整えていく。リザはされるがままに全身を隅々まで洗われ、髪を丁寧にとかれた。バラの香油のおかげで全身からとても華やかな甘い香りがする。
これもジーナちゃんが育てたバラなのかしら……
リザはカミルから渡されたバラの花束を思い出した。
「目をお閉じください」
使用人の言う通りに目を閉じる。白粉が顔に塗られ、次に紅が塗られていく。その紅をつけた指が震えていることに気づいて、リザは目を開けた。
歳を重ねた女性の顔がすぐ近くにある。その落ち窪んだ目にはなぜか悲しみが浮かんでいた。よく見ればもう一人の使用人も暗い顔をしている。
リザは不思議に思ったが、ジーナの忠告もあり話を聞くのはやめた。大人しく純白のドレスを着せられ、髪を結い上げられる。
肌触りの良い上質な生地。高級な香油。まるで貴族の令嬢だ。
けれどリザの心は躍らない。白にあまり良い印象がないからかもしれない。生まれながらの白髪に白い肌。そして今はドレスも靴も手袋も全てが白い。色のない自分の姿が亡霊のように感じる。
世界から隔絶され、忘れさられた私にはお似合いの色なのかもしれないわ……
支度を終えるとジーナが戻ってきた。リザの全身を確認して頷く。
「予定が押しているの。次に向かうわよ。ついてきなさい」
「あ、待って。ジーナさん」
リザは悲しげな表情の老女二人に対して一言だけ「ありがとう」と微笑んだ。すると彼女達はその場で泣き崩れてしまった。
驚いて駆け寄ろうとすると、ジーナに無言で制される。仕方なく、すすり泣く二人を残して部屋を出た。




