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30 リザの独白

リザ視点です。

「またね!」


 そう言ってカミルが走り去り、入り口の木の扉が施錠されると、塔の中は静かになった。聞こえるのは鳥の鳴き声、風に揺れる木々の音。いつもの静寂。


 不老不死の魔女リザは、日常が戻ってきたことに安堵した。


 大量の本に囲まれて、許可された薬草で薬の調合をしながら、一人粛々と神々に祈りを捧げる。それがリザの日常だ。

 そんな日常に嵐のように現れたのがカミルとイリヤだった。特にカミルは無邪気な少年で、リザを怖がる様子もなく話しかけてきた。


 カミルとの会話は楽しかった。けれどこの塔に来ていることが伯爵に知られれば、彼がどうなるかわからない。それに彼に情が移ってしまうのが怖い――そう思って彼を遠ざけようとした。

 リザはあえて幻滅されるために『自分は人殺しで、他人の魂を私欲のために利用した魔女なのだ』と彼に語った。自分の過去を人に話したのはこれが初めてだった。

 国教に背く行為を告白すれば、この国の王子である彼なら、自分から離れていくだろうと思ったからだ。


 私と関わることをやめて、彼自身のために人生を全うして欲しい――そんな覚悟で話し始めたのに、当時の自分の気持ちを言葉にしていると、涙が溢れて止まらなくなった。


 あの日のことは鮮明に脳裏に浮かぶ。

 儀式の炎。振り払われた手。恐怖と怒りに満ちた恋人の顔。炎に照らされて緑色に光る瞳。

 死んだ恋人の瞳は、カミルと同じく普段は薄茶色だった。カミルと会うまでそんなことも忘れていた。恋人のことまで詳しく話すつもりはなかったのに、彼には全て話してしまった。


 予想に反して彼は私に幻滅しなかった。それどころか私を好きだと言った。


「本当に不思議な子。ジーナちゃんは苦労しそうね」


 塔へ戻ってくる直前のこと。リザはジーナから取り引きを持ちかけられた。


『カミル様はおそらくあなたのことが好きよ。だからもし告白されたら、きっぱりと断って! 未練なんて残らないくらい酷い言葉で振るのよ! そうしたら今よりも上質で快適な服を提供するわ』と。


 思いもよらないことだったが、彼を遠ざけたい気持ちはリザも同じだった。断る理由もないので承諾した。

 結果は、カミルを諦めさせるどころか彼の思惑通り、神への誓いを許してしまった。


「ジーナちゃんは怒り狂っていそうね……」


 慌ただしい日々だった。けれどそれも、もう終わりだ。本当は、自分が解放される日が来るとは思っていない。

 カミルの誓いが嘘だとは思っていない。むしろ彼は本気で考え、動いてくれるだろう。けれど相手はあの先代国王なのだ。対面した時は年端もいかない少年だったが、すでに利己的で計算高く、自分に刃向かう者は血縁者でも平気で蹴落とすような冷酷な性格だった。


「森で薬草を採って、自分で調合して薬を作るなんて夢……塔を出るだなんて、ただの夢よ」


 彼はいつまで諦めずに頑張るだろうか――

 彼はいつ諦めて彼自身の人生を歩むだろうか――

 今は『魔女』の存在に好奇心が湧いているだけ。彼がもっと成長すれば、他にいくらでも興味をそそられるものができるだろう。そしてそのまま私を忘れ去ってくれればいい。


 リザは誓いの口づけをされた指先を見つめてそう願った。すると不満そうなカミルの言葉が頭をよぎった。


『酷いよ。そんな軽い気持ちでリザを助けたいなんて言ってない』


 ドクンと心臓が跳ねる。


『初めてだったんだ。こんなに、この人の役に立ちたいって思えたのは』

『僕の祖先、太陽神にかけて、リザを必ずこの塔から解放すると誓います』


 カミル君は真っ直ぐな気持ちをいくつも伝えてくれた。心のどこかで、それを信じたい自分がいる。けれどいくら言葉を重ねてくれても、私は――


「無理よ。期待しては駄目……」


 激しく鼓動する胸を押さえて、リザは首を横に振った。

 カミルが去り際に投げ入れていった白いハンカチを拾う。広げてみると、見覚えのある太陽と白い花の刺繍が施されていた。リンゴのタルトを包んでいたものだ。


「バロー伯爵に没収されたのに、また戻って来たわね……」


 太陽はこの国の王族の象徴、そしてハート型の三つ葉を持つこの白い花は、彼の象徴なのだろう。


「まさしく太陽のような子だった。太陽神の子孫を名乗る王族が、こんな私のために青い満月にまで誓いを立てようとするなんて……前代未聞ね」


 この国は月神を認めていない。カミルにとって月は信仰の対象という認識はなく、星に願うのと同じ感覚だったのかもしれない。

 カミルが過去に願いをかけた青い満月は、魔女の間で月神の加護を最も得られるとされている特別な満月だ。リザの人生で見たのはたったの二回。

 一度目は不老不死の儀式の夜。

 二度目はカミルが願い事をしたのと同じ夜。


 その日もリザは石壁の小さな窓から、いつも通り月神に祈りを捧げていた。リザとカミルは同じ満月に願っていたのだ。よりにもよって、青い満月の夜に――


 私と出会えたのは()()だとカミル君は言った。青い満月が私たちを引き合わせたのだと。

 もし()()が二人の願いに呼応して、私たちを引き合わせたのだとしたら?


 そんな考えに至って、リザは身震いした。


 カミル君が、私を導いてくれる()()使()()だとしたら……


「ああ……これは、月神が与えてくださった罰……」


 リザは握りしめたままだったカミルのハンカチを見つめた。


 必ず会いに来ると彼は言ってくれた。

 彼は太陽神を信仰する王国の王子――髪は太陽のように明るいブロンドで、光で緑色に輝く不思議な瞳を持ち、無邪気で無鉄砲で情に厚く、少し意地悪な……


「私の……太陽…………」


 そう口に出すと、涙が溢れてきた。

 もう50年。長い年月、ずっと月神に祈り、太陽神に人の魂を利用したことを懺悔してきた。


「ああ……この一度だけ、もう一度だけ信じましょう。私はカミル君を待ち続けます。 私が絶望する、その日まで――」


 リザはカミルのハンカチにそっと誓いの口づけをした。

次回は数十年後の話になります。

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