29 誓い
リザが何も言えない中、カミルは話を続ける。
「伯父さんもイリヤも、リザのことを怖がりすぎだと思うんだよね。リザは本が好きで、薬に詳しくて、優しくて、でも片付けが下手で、落ち着きがなくて……ちょっと魔法が使えるだけで、全っ然怖くないのに」
伯爵家が所有している魔女の資料と実際のリザの印象のずれが、カミルにはずっと引っかかっていた。
「皆、本当のリザを知ろうともしないんだよね。お祖父様の命令で近づくのを禁止されているといってもさ。伯父さんならリザの世話をしている使用人の態度をみて、リザは怖くないんだってわかってくれてもいいと思うんだけど……」
伯父は誰よりも魔女を恐れているようだった。リザの味方になれるのは、リザを知る限られた使用人とカミルくらいだ。それがとても残念でならない。
「それで――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何?」
「私、さっき断ったわよね? カミル君の……告白を。それなのに、どうしてまだ私と関わろうとするの?」
カミルの胸がずきんと痛んだ。
焦った勢いで告白してしまったが、好きな気持ちは本物だ。それなのに――
「……断ったら、簡単に諦めると思ったの? 子供が言うことだからって?」
「えっ!? あ、そういう意味じゃ……」
「酷いよ。そんな軽い気持ちで『リザを助けたい』なんて言ってない。お祖父様を説得することが簡単じゃないことも十分わかってるよ。でも……初めてだったんだ。こんなに、この人の役に立ちたいって思えたのは――」
カミルは昔から人の役に立とうとして空回りばかりしていた。
昔の将来の夢は二人の兄を支えることだった。けれど自分は兄達のように賢くもなく、力もなかった。
カミルは二人に追いつきたくて努力した。それでも追いつけなくて、ふてくされて、努力から逃げてしまった。
伯爵領に来てからも空回りばかりだ。早く元気になってもらいたくて母に渡した風邪薬は、病状を悪化させてしまった。そしてリザが処罰されてしまうと勘違いして暴走したあげく、湖で溺れて多くの人に迷惑をかけてしまった。
それでも、僕はまだリザの役に立ちたいと思っている。
今度は逃げない。諦めたくない。
「僕は、リザと出会えたのは運命だと思うんだ。顔を合わせた時に話したでしょ? 小さい頃に一度だけ見た青っぽい銀色の満月の話。あの満月が、僕たちを引き合わせてくれたんだ。『いつか誰かの役に立てる人になりたい』っていう僕の願い事を叶えるチャンスなんだって思ったんだ。だから……ねぇ、リザ。僕に願いを叶えさせてよ。ここで断られたら、僕はもう一生何もできない人間になりそうで怖いんだ」
リザの深い溜め息が聞こえた。
「……意地悪な言い方ね」
「うん、僕って意地悪なんだ。知らなかった?」
カミルは得意気に笑った。
「だからリザのことも諦めないよ。外に出れば気が変わるかもしれないしね」
「大公様がお許しになっても、私はまだ神のゆるしを授かっていないわ。――そう言っても、君は譲らないのでしょうね」
「うん! そのゆるしっていうのも旅をしながら探したらいいと思うんだ。想像してみて。旅に出たらまずどこに行きたい? 何をしたい?」
「ここを出たら、したいこと?」
リザは前向きに考えてくれるようだ。いつものように突っぱねられなくて良かった。同情を引くやり方は卑怯かもしれないけれど、手段を選んではいられない。
「森に入って、自分で薬草を採りたいかしら。それで自分で調合して薬を作るの」
「いいね! リザは薬師だもんね。絶対やろう。約束だよ!」
カミルは鉄扉の小窓から右手を差し入れて、ひらひらと振ってみせた。
「もっとこっちに来て。約束の握手をしよう」
「私……」
リザの戸惑いが感じ取れる。
「僕を信用できない? また裏切られると思う?」
「……いいえ。君なら、きっと諦めないのでしょうね」
リザはおずおずと手に触れた。カミルはやや低い体温を感じた瞬間、ぎゅっと握りしめて自分の方へ引き寄せた。
「きゃっ!」とリザの短い悲鳴が聞こえた。体勢を崩したのかもしれない。
「あ、ごめんね。大丈夫? ちょっと我慢してね」
「えっ、何? 何なの?」
リザを怯えさせてしまった。心苦しいけれど、ここで手を放すわけにはいかない。両手で白い手を包み込んで自分の額を当てる。
「僕の祖先、太陽神にかけて、リザを必ずこの塔から解放すると誓います」
握りしめていた力を緩め、長い指にそっと口づけをした。
カミルが知る中で最も重要な誓いを立てる時に用いる言葉だ。
この国では神に祈りはしても、誓いを立てることはほとんどない。神への誓いは絶対に守るものであり、その誓いを破れば重い罪となるだけでなく、死後に魂が神のもとへ昇ることなく消滅するとされているからだ。
まして太陽神の血が流れる王族ともなれば、その意味はさらに重い。
「神への誓いだなんて、取り消して!」
「もう無理だよ。神へ誓った言葉は絶対なんだ。これでも信じてもらえないなら、青い満月にも誓うよ」
「それは駄目よ!」
「僕が本気だって、これでわかってくれたよね」
「わかったわ! わかったから、それ以上誓いを立てないで!」
その言葉を聞くと、カミルはぱっと手を離した。リザの手が扉の向こうへ消える。
名残惜しいけれど、今はこれで……
「次にここへ来れるのは、多分、誓いを守れた時になると思う。どれだけ待たせてしまうかわからないけれど、必ず会いに来るよ。だからお願い。僕を、忘れないでね」
カミルはポケットに入れていた私物を思い出し、鉄扉の小窓へ投げ入れた。それを見て、リザが少しでも自分のことを思い出してくれることを願って。
「またね!」
カミルは勢いよく駆け出し、塔を出た。
イリヤと合流して小舟に乗る。
「満足しましたか?」
「ううん。これからだよ。僕、頑張るからね!」
イリヤはカミルの表情を見て笑い返した。
翌々日、カミルは王都に戻ることになった。イリヤと会えなくなるのは寂しいが、王都でやるべきことはたくさんある。リザとの約束を胸に、カミルは前を向いて歩きだした。
まだ続きます。
カミル視点はここで終わりです。
次回からはリザ視点です。




