28 失恋
リザの心は、50年前の悲しい記憶に囚われている。
今カミルにできるのは、扉の外から声をかけることだけだ。せめて少しでも彼女の近くにいようと、鉄扉に両手を触れる。ひやりとした硬い感触が手の平に伝わってくる。
過去を思い出してばかりいないで、僕のことを考えて欲しい。
「リザ、笑って! リザが楽しそうに話すのを聞くと、僕も楽しくなれるんだ。だから、リザには笑っていて欲しい!」
すすり泣く声は止んだが、リザは何も言わない。
「リザが笑っていると胸の奥が温かくなるんだ。命を救ってもらう前から、僕はリザが笑って暮らせるようにしたいと思っていたんだ」
反応はない。
「僕は、幽閉されていても笑っていられるリザに勇気をもらったんだ。この勇気を、リザのために使いたい……」
反応はない。
「リザ……」
どうすれば返事をしてくれる?
どうすれば笑ってくれる?
どうすれば僕のことを考えてくれる?
頭の中で『どうすれば』が堂々巡りをしている。彼女が興味を示してくれるような話題を探して話しかけるが、どれも反応がない。
カミルは扉に両手をついたまま、ずるずると座り込んだ。
もう冷静な思考ができなくなっていた。
とにかく何か話しかけないと……何か……何か!!
「僕はリザが好きだ!! ……っ…………!!」
我に返った時にはもう遅かった。無意識に口から飛び出したのは、カミルが大事にしていた言葉だった。カミルは扉にもたれかかり、うなだれた。
あーーーー最悪だ最悪だ最悪だ!! こんなタイミングで言うつもりなかったのに!!
王都に戻る前に、リザに想いを伝えようとは思っていた。母の体調は安定している。すぐにでも帰ることになるだろう。だとしたら、今言うのも後で言うのも変わらないかもしれない。
それでも、もっと覚悟を決めて言いたかった!!
雑然としていた思考はすべて吹き飛んだ。もう何も話す気になれず、静かにリザの返事を待つ。昔の恋人のことを忘れられない彼女から、良い返事がもらえるとは思っていない。
それでも胸の奥がざわざわと騒がしい。心の中で『ひょっとしたら』と淡い期待が頭を出す。それはないと否定しながらも、やはりどこか期待してしまう。
僕のことを考えてもらうために告白したんだ。それ以上を期待しちゃ駄目だ……
石造りの床に溜まった塵をぼんやりと見つめていると、リザの低い声がした。
「…………ごめんなさい」
とても短い返事だった。本当にリザの口から出た言葉なのか疑いたくなるほど、ひどく冷たい響きだ。
カミルは張り裂けそうなほどの胸の痛みとめまいに襲われた。
わかっていたけれど、結構辛いなぁ……
扉の向こうに聞こえないようにゆっくりと、深く、深く息を吐き出す。息を吐き切ると、目から涙が溢れてきた。
泣くな。泣くな。泣くな。リザに気づかれるぞ。
頭ではわかっていても、涙は止まらない。
「カミル君には、もっと歳が近くてお似合いの相手がいるわよ。王子様だもの。貴族のお嬢様とか、ね? 私はもうお婆さんだから」
何も言えないカミルに、リザが先程とは打って変わって明るい声で話しかけてきた。
それは励まそうとしているのか、それともはぐらかそうとしているのか。自分の恋が否定されたような気がして、カミルはまた胸が痛んだ。
リザはいつもそうだ。人と話すことは好きなのに「もう来るな」って言う。僕はリザを助けたいのに「自由はいらない」って言う。
今度は『私はお婆さんだから釣り合わない』ってこと?
それなら、まだ恋人を理由にされたほうがましだ。
リザの自分自身を蔑ろにする態度に、悲しみを通り越して怒りが込み上げてきた。カミルは涙を拭い、不機嫌さを隠さずに言い返した。
「おっお似合いの相手って何? 似合う人じゃないと好きになっちゃ駄目なの?」
「い、いいえ。そうじゃないんだけど……」
「リザって『自分はもうお婆さんだ』っていうけど、全然お婆さんらしくないよね! 見た目は若いし、落ち着きもないし」
「うっ!」
「50年も昔のことをずぅっっと引きずっているよね!」
「ううっ……何も言い返せないわ。もう50年。50年かぁ」
リザは過ぎた年月を噛み締めるように呟いた。
不老不死である彼女の身体は衰えることがない。そのせいで長い年月が過ぎたという実感が湧かないのかもしれない。
怒りをぶつけたカミルは少し落ち着きを取り戻した。
胸に手を当てて自分の気持ちを再確認する。
うん。振られたからって、リザを塔から出してあげたいって気持ちは変わっていない。だったら、僕はまだ進むことができる。
しかし外で自由に生きていくことを彼女は受け入れてはくれないだろう。どう説得するべきか。カミルは冷静になった頭で考え、一つの提案をしてみることにした。
「リザ、旅に出ようよ」
「旅?」
「うん、50年経っても過去のことを吹っ切れないのなら、一度外に出たほうがいいと思うんだ」
「だっ駄目よ! 私は罪人なの、そんな自由は許されないわ!」
案の定リザは否定した。
カミルは「そんなの僕がお祖父様を説得すればいいだけの話だよ」と平然と言ってのける。
リザは呆気にとられて次の言葉を継げなくなった。




