26 告白
言えた! 伯父さんに言えたぞ! これで堂々とリザに会いに行ける!
カミルは喜び勇んで執務室を出た。扉の側で待っていたイリヤは彼の顔を見て微笑んだ。
「上手くいったようですね」
「うん! ジーナからバラをもらったら、すぐに湖へ行くよ!」
「あ、お待ちください、カミル様っ!」
自室に戻ると、すでに花束が届けられていた。棘が丁寧に取り除かれた真紅のバラが5本束ねられている。
すごく綺麗だ。リザもきっと喜んでくれる。
カミルは使用人の部屋から塔の鍵をこっそり借り、湖に向かった。小舟に乗り込み、塔が建つ湖の真ん中の小島を目指す。
水面に映る空を眺めていると、ふと指先を水に入れてみたくなった。
冷たい……ここで僕は溺れたのか。
あの時、僕が完全にアントンから逃げ切っていたら、伯父さん達がリザに会いに行かなかったら、リザが助けようとしてくれなかったら、僕はきっと助からなかっただろう。
皆のおかげで、今僕は生きている。
本当に、良かった。
「――それで、イリヤはどこまでついてくるの?」
「なっ……舟を漕がせておいて、そんな言い方はないでしょう!」
「はいはい、ありがとう。でも二階まではついてこないでよね」
「……一人で会うつもりですか?」
「そうだよ。イリヤに邪魔されたくないから」
イリヤは不服そうにしながらも、小島まで小舟を漕いでくれた。カミルは早る気持ちを抑えきれずに小舟から飛び降りて塔へ走る。背後でイリヤが叫んだ。
「カミル様、お待ちください!」
急いでいるのにと思いながら振り返ると、不機嫌な顔でイリヤが追いついてきた。
「そんな顔しても駄目だよ。リザに会うのは僕一人……で……」
イリヤはカミルの目の前で片膝をつくと、頭を下げた。
「え、何? 急に……」
戸惑うカミルの右手を取って、顔を上げた。とても真剣な顔だ。カミルを凝視しながら宣言する。
「わかっていらっしゃらないようなので、ここで言っておきます。私は、魔女を信用していません。あなたがあれに近づくのさえ反対です。ですが……それでもあなたがどうしてもあれを救いたいと願うなら…………俺は……カミル、お前を助けたい。俺はずっとお前の味方だ。それを覚えておいてくれ」
突然の騎士のような振る舞いに、カミルは頷くことしかできなかった。それでもイリヤは満足そうに表情を緩めると、カミルの右手に握りしめられていた鍵を取り上げた。
「さあ行ってください」
塔の扉が開かれた。イリヤはここで待っていてくれるようだ。カミルはお礼を言って、リザの部屋に向かった。
鉄扉を前にして、乱れた髪を整え、小さく咳払いをした。
「リザ! 会いにきたよ!」
返事はすぐに返ってきた。
「カミルく、あっ……カミル殿下?」
「伯父さんはいないから敬語はいらないよ!」
「そう……またこっそり来たの?」
リザの声はなんだか元気がない。
「ううん。今回は伯父さんからちゃんと許可をもらってきたんだ。リザに渡したい物があって」
「伯爵が許可を? ……そう。何がもらえるのかしら」
カミルは鉄扉についている小さな扉から、バラの花束を差し入れた。リザが「綺麗……」と呟いた。
「これはどうしたの? とても良い匂い」
「ジーナが育てているバラだよ。とても綺麗だからリザにも見せてあげたくて! あ、バラのことは誰にも内緒だよ。使用人にも話しちゃ駄目だからね」
カミルは口に人差し指を当てて小声で言った。
「ふふ、わかったわ。内緒ね。さぁ、どこに飾ろうかしら」
リザが扉から離れていく音がする。
どうしたんだろう。やっぱり元気がない。僕はリザが笑っている声が聞きたいのに……
リザが戻ってきた。
「リザ、なんだか元気がないね。具合でも悪いの?」
「えっと、その……いいえ。そうじゃないわ。元気よ」
歯ぎれの悪い返事だ。リザらしくもない。
「どうしたの? 何かあった?」
「…………私を外で暮らせるようにしたいって話……考え直してくれないかな?」
「どうして?」
「私には……そんな資格ないから……」
またそれか……
そんな理由でカミルが納得できるはずはなかった。どうして彼女は自分のことになるとこんなに後ろ向きなのだろうか。
「それって、人を殺しちゃったから?」
「ええ、でもそれだけじゃないわ」
彼女は驚くほどすんなりと殺人を認めた。ひょっとしたら資料にある貴族殺しは何かの間違いではないかと期待していたが、その予想は外れてしまった。
リザは静かに不老不死の儀式のことを語りはじめた。
選ばれた魔女にしか伝承されない禁忌魔法の一つ。それが不老不死の魔法だという。
「不老不死の儀式は魔法の中でも特殊で、多くの魂が必要なの。利用した魂は消滅してしまう。戦争中、私は薬師として戦場に従軍していたわ。ある日、敵味方共に多くの犠牲者が出たことがあったの。その時の私は、それをチャンスだと思ってしまった。そして……利用してしまった。どれだけ神に祈っても、もう彼らの魂は存在しない。残された彼らの家族や友人、恋人の祈りも……彼らには、届かない……っ、もう、彼らの魂に……安寧は訪れない。わ、私は…………取り返しのつかないことを、してしまった……」
彼女は途中から泣いていた。しゃくり上げながら、苦しそうに自分の罪を吐き出す。
ずっと後悔していたのだろう。この部屋の中で独り、50年間も。
「……結局、私の願いは叶わなかった」
「え、不老不死になれたのに?」
「不老不死になりたかったわけじゃないの。ただ、ずっと……二人で一緒にいたかっただけなの……」
彼女は絞り出すように言った。
「彼を……愛していたから……」




