25.5 閑話
アントンについての補足回です。
カミル王子が執務室から出て行った後、アントン・アルバトフは冗談めかして言った。
「鍵をお貸ししても良かったんじゃないですかい? 俺がパパッと大公様に伝書鳩飛ばしやすぜ?」
「馬鹿を言うな。あんなふざけた理由で大公殿下の密命を破れるか」
「……女に誓いを立てるってぇのは、立派な理由だと思いやすがねぇ」
バロー伯爵はアントンを鋭く睨みつけた。
「ところでお前、カミル殿下の前で機密文書を読み上げるとはどういうつもりだ?」
「おやぁ? 心外でさぁ。俺はただ、不安で夜も眠れない旦那様のために、一秒でも早く良い知らせをお伝えしただけですぜ! へっへっへっ」
「ふん、大公殿下の差し金でなければ今からでも追い返してやるものを……」
「止してくだせぇ。ここを追い出されたら、王都に置いてきた妻と子が路頭に迷っちまいまさぁ」
アントンは大公直属の諜報部隊の一員だ。バロー伯爵家が魔女を自分の領地のために利用していないか、反逆の意志はないかなどを常に監視する任務についている。
本来なら正体を隠して潜り込むのだが、伯爵にはすぐに気付かれてしまった。任務失敗かと思ったが、何故か伯爵は大公と取引をして、使用人として働くことを任務の一部にしてしまった。
なんだかんだ言って、本当に追い出されそうになったことは一度もない。
旦那様もよくわからんお方だ。俺を鍛錬につきあわせたり、坊ちゃんの護衛につかせたりするんだから。
大公からさらに追加の任務でカミル王子の護衛までさせられて、俺は酷い目にあった。
「大公様ったらひでぇんですよ? 『まぬけはいらん。そこでの任務を終えてもこちらに居場所はないと思え』――俺は諜報員であって、護衛は専門外なんですぜぇ……」
乾いた目元を拭うふりをして情に訴えたが、伯爵はますます冷たい視線をむける。
「カミル殿下の件も馬鹿正直に報告した結果がそれだろう」
「へへっ。そういう任務なんで仕方ないんでさぁ……ま、旦那様が一言添えてくださったおかげで任務は継続! これからもよろしくお願いしまさぁ」
「……全く。そのふざけた口調と性格はどうにかならないのか?」
「ここだけの話……不真面目なほうが仕事をほったらかして任務に向かっても怪しまれないんですぜっ」
「……私の命令も、お前の任務の一部だということを肝に銘じておけ」
話はもう終わりとばかりに、伯爵はアントンを無視して本を読みはじめた。眉間に皺を寄せて不機嫌そうにページをめくる。
その様子を眺めながら、アントンは「……本当に、感謝してますよ」と小さく呟いた。
「……そこに突っ立っているのがお前の任務なのか? 本当に追い出すぞ」
「そ、そいつは勘弁してくだせぇ」
アントンはそそくさと立ち去った。
後日、伯爵は娘のジーナに縁談を持ちかけた。カミル王子に意識されていない娘を心配しての行動だった。
しかしジーナは『カミル様以外と結婚する気はない。認められなければ親子の縁を切るか舌を噛み切る』と言って大騒ぎになった。
アントンは騒ぎの一部始終を大公に報告した。




