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25 伯爵の苦悩

バロー伯爵視点です。

 カミル王子は震える手でハンカチを受け取った。ここに入ってきた時からずっと怯えているこの方に、魔女を救うことができるのだろうか?


 救う……か。馬鹿馬鹿しい。


 オレーク・バローは心の中で自嘲した。

 バロー家は先代国王である大公の密命で()()を管理しているだけだ。そこに憐れみは必要ない。


 王子は不安げな顔でこちらを見上げた。


「叔父さんは、処罰されることはないのですか?」

「私……ですか?」

「リザの部屋の鍵はほとんど開けられたことがないんですよね? むやみに開けたらお父様に怒られるのかと……」

 

 王子から怖がられてばかりだったオレークは、不意の気遣いに戸惑い、言葉を詰まらせた。


「心配ないですぜ」


 代わりに答えたのはアントンだった。いつ、どこから入ってきたのかわからないが、部屋の隅で猫背気味に立っていた。この男はよく非常識な行動をする。オレークの厳しい視線など気にもとめずにアントンは報告した。


「大公様の伝書鳩(ハト)が戻ってきやした。『特例、不問トスル』だそうでさぁ」

「……そうか」

「どうしてお祖父様から?」

「魔女に関しては未だ大公殿下が権限を持っておられます」


 一瞬驚いた表情をみせたが、王子は普段周囲に見せる柔和な笑顔をオレークに向けた。


「そうだったんですね……とにかく伯父さんが罪に問われなくて良かったです。あ、そうだ。アントン!」


 王子はアントンの方へ走っていった。命の恩人だと感謝する王子と恐縮する男を眺めながら、オレークは考えを改めた。


 これがあの方の『優しさ』か……なるほど、悪い気はしない。

 王子に笑顔を向けられたのは初めてだ。苦手な相手さえ思いやることができる――その優しすぎる心根が、イリヤとジーナを惹きつけるのだろう。


 その優しさを、魔女にまで向けるとはな……


 王子は恐ろしくないのだろうか。イリヤから魔女の危険性を聞かされているはずなのだが……魔女を塔から出そうなどと考えるとは、想像するだけで恐ろしい。


 父である先代から塔の秘密を聞かされた時、まだ若かったオレークは顔を青くして震えた。そんな彼を父は叱らず、こう言った。


『わしも()()が恐ろしい。だが、心配するな。()()は薬草と本を与えておけば大人しいものだ』


 その言葉は正しかった。爵位を継いだ後も、魔女は癇癪ひとつ起こさなかった。それでも得体の知れない怪物がすぐそばにいるという不安は消えない。


 そんな臆病な男が、毒薬について問いただす為に魔女に自ら会いに行き、王子への不敬な言動に苛立って魔女を怒鳴りつけた。


 冷静になってみると、私はなんと馬鹿なことをしたのか。怒りに突き動かされるとは……


 魔女の第一印象は白い髪と肌をした()()の若い女だった。朗らかに笑い、怒鳴られると怯える、ただの女――そう錯覚させられる。

 かつて、父が魔女の部屋に入った時と同じ錯覚に、オレーク自身も陥った。


 だが、私は魔法を見た。人智を超えた力で王子を蘇生させた。やはり()()は人ではない。

 王子は魅了の魔法をかけられたのか? 我々は同情の魔法をかけられていたのか?

 私には判断できない。だからこそ、恐ろしい。


 王子がオレークの前まで戻ってきた。何か言いたげな様子だが、なかなか話そうとしない。

 オレークは「何かございますか?」と言葉を促した。

 王子はしっかりと目を合わせた。


「あのっ……リザの部屋の鍵を貸してください!」

「……できません」

「リザとちゃんと顔を合わせて話したいことがあるんです」

「……殿下はもうおわかりでしょう。私にそれを許可する権限はないのです」


 室内が沈黙に包まれた。視界の隅でアントンが「貸して差し上げたらどうです?」と言いたげな素振りをしているが、無視をする。


「では、塔に行ってバラを渡すことは許してくれますか? ジーナが譲ってくれると約束してくれたんです。王都に戻る前に、それをリザに贈りたいんです」

「それは……魔女に渡すつもりだとジーナにおっしゃったのですか?」

「はい。話しました」

「…………」


 オレークは愕然とした。


 ジーナめ! 私たちの前では散々カミル殿下のことを熱弁しておきながら、当の本人には全く意識されていないではないか!


「リザへ誓いを立てに行かせてください! いつか必ず、リザが外で暮らせるようにします。お祖父様を説得してみせます! 僕は真剣です!」

「殿下は……恐ろしくないのですか? ()()は人殺しですよ?」

「怖くありません。初めて会った時から、全く怖いと思わなかったんです。僕にはそんな人だとはとても思えない……だから、知りたい。僕は、この目で見たそのままのリザを信じます!」


 今まで怯えていたのが嘘のように堂々とした態度だ。薄茶色の瞳が輝いて見える。この方は、他の王子たちとは違う強さを持っている。


 私は……この方を見誤っていた。


 父の言葉が頭に浮かぶ。


『オレーク……お前がその目で見極め、無害と判断するのなら、その時は()()の解放を考えてやってはくれないか』


 魔女に絆された世迷い言だと思っていた。父のあの言葉が、恐れず向き合えということだったなら……私は――


「使用人には……ほとほと困っているのです。どうして気付かれないと思っているのか……差し入れを渡す使用人が後を絶たない……」

「伯父さん?」

「ここだけの話ですが、毒や凶器などの危険物でなければ、目をつぶることにしているのですよ」


 王子は満面の笑みを浮かべ、礼を言って部屋を出ていった。

 オレークは椅子に座り、深くため息を吐いた。

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