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24 執務室

 ジーナがバラ園を走り去った後、取り残されたカミルはバロー伯爵に会うために執務室へと向かった。


 僕の秘密はイリヤが全部話してしまった。もうリザにこっそり会いに行くことはできない。

 僕の将来の目標のことも、お母様に知られていたのだからきっと伯父さんの耳にも届いているはずだ。

 リザを塔から出してあげたいと真剣に考えていることを伝えるためにも、彼女にバラを渡すためにも、伯父さんの許可をもらいに行こう。


 そう意気込んでいると、イリヤに声をかけられた。執務室に向かっていると伝えると、自分も同行するという。


「だーかーらー! イリヤはついてこなくていいってば!」

「ですが、カミル様……やはり心配です。せめて後ろに控えて……」

「それが嫌だって言ってるの!」


 一人で伯爵に会いに行きたいカミルと、心配で付き添いたいイリヤの主張は平行線をたどった。

 カミルの歩きが少しずつ早まっていく。


()()父の威圧感にカミル様が耐えられるとは到底思えません。私も同行します」

「来なくていいよ!」


 カミルは強く否定した。


「カミル様……」

「そんなの、僕がイリヤに頼りきってるみたいじゃないか」

「カミル様が従者を連れるのは当然です。そんなこと、父は気に留めませんよ」


 カミルはぴたりと立ち止まって目を伏せた。


「それは……そうかもしれないけど…… 」


 どうしたらイリヤは諦めてくれるのだろう。

 リザを塔から出してあげたいと真剣に考えていることは、僕が言わなきゃいけないんだ。

 だから、だからこそ――


「イリヤが一緒だと、困った時に頼りたくなるから、嫌なんだよ……」

「……」

「……イリヤ?」


 顔を上げると、イリヤはニヤついた口元を手で押さえて震えていた。


「あーもう! 笑わないでよ!」

「くっ……強気なのかと思えば、とても頼りないことをおっしゃるのでっ……くくっ」


 イリヤは笑いを噛み殺して「わかりました。部屋の前で待機しておりますから、いつでもお呼びください」と微笑んだ。


「いーっだ! 絶対呼ばないからねっ!」


 そんなやりとりをしているうちに、二人は執務室に到着した。


 使いは出しておいたから、伯父さんは僕が来るのを待っているだろう。

 怖い。あの不機嫌そうな顔を思い出すだけで身震いしてしまう。それでも話をしないと――


「カミル様、今日はもう止めておきますか?」

「……ううん、行くよ」

「では、ご武運を」


 イリヤは軽く背中を押した。カミルは深呼吸をして扉を叩く。


 カミルが一人で執務室に入ると、バロー伯爵が椅子から腰を上げ、ダークブロンドの頭を下げた。

 

「カミル殿下、お元気そうでなによりでございます」


 伯爵は人払いをして、カミルに手前の椅子へ座るように言った。背もたれのない木製の椅子だ。

 この部屋には、基本的に客人を招くことはなく、従者が使っている物しかないのだという。

 

 カミルと伯爵は向かい合ったまま無言になった。

 眉間に皺を寄せて鋭い目つきでこちらを見ている。睨んでいるわけではない……はずだ。けれど、あまりの威圧感に萎縮してしまう。


「殿下の侍女ですが……」と伯爵が先に口を開いた。

「え?」


 カミルにとって予想外の言葉だった。どうしてここで侍女の話が出てくるのだろう。


「殿下に協力して護衛を騙した侍女は、私の判断で先に王宮へ帰らせました」

「どうして……」

「殿下を危険な目に合わせたからです。女王陛下の承認は得ています」

「そんな! あれは僕が頼んだから……」


 アントンの監視から逃げるために、僕の部屋で泣き真似をしてくれた彼女のことだ!

 彼女は僕のお願いを聞いてくれただけで、湖で溺れてしまったのは、泳げなかった僕が悪いのに……

 遠征の途中で帰らされたなんて、彼女の評判が悪くなってしまう。


「あの女は、護衛を妨害することがどれだけ危険な行為かまるでわかっていなかった」


 怒りがこもった言葉に、カミルはぶるっと身を震わせた。

 眉間に深い皺を刻んで、机の上を睨んでいる。その怒りは自分に向けられていないのに、足がガクガクする。椅子に座っていなければ、きっとへたり込んでいただろう。


 伯爵はいつもの無愛想な顔に戻って、カミルに視線を向けた。


「アントンは殿下の護衛から外しました。それと魔女の部屋から毒物は発見されませんでした。魔女への聴取と医師の所見により、過剰摂取による副作用と判断したため、魔女に処罰はありません。それから――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「何かございましたか?」

「いろいろと、情報が多すぎて……お、伯父さんはリザの部屋の中に入ったんですか?」

「はい。本の山の奥まできっちり確認いたしました。毒物は持っておりません。持ち込み記録にない物で、気になったのはこちらです」


 伯爵は机の引き出しから白いハンカチを取り出した。リンゴのタルトを渡すときに包んでいたハンカチだ。


「僕のハンカチ……」

「お返しいたします」


 伯爵が近づいてきて、ハンカチを差し出した。カミルはそれを恐る恐る受け取った。





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