23 ジーナのバラ園
次の日、カミルが部屋を出るとジーナが待っていた。
「カミル様、今日は私にお時間をくださいませ!」
お茶会で話していた例のバラ園に招待したいのだという。
カミルが笑顔で頷くと、ジーナは嬉しそうに彼の手を引いた。
以前にもこんなことがあった。懐かしいな……
小さい頃、一つ年上のジーナのことを頼もしい姉だと思っていたっけ……すっかり忘れていた。
昔の僕達は今よりずっと仲が良かったんだ。
ジーナ自慢のバラ園は屋敷から少し離れた日当たりの良い場所にあった。色とりどりの花が咲いている。それらは全部バラだという。
バラといえば真っ赤な色のイメージしかなかったカミルには新鮮な光景だった。
「ここのバラは研究に使うので、バラ園といっても遊び心はありませんが、品種の数や色彩の豊かさには自信がありますわ。本来なら客人にお見せするようなものではないのですけれど……」
ジーナは「カミル様だけ特別ですわよ」と小声で言った。
バラの木は平地に整然と植えられている。花壇と花壇の間に狭い通路があるだけで、彫刻などは一切置かれていない。『遊び心』はないかもしれないが、木が低いおかげで子供でも多種多様なバラが一望できる。これは庭園というよりも――
「まるで花畑だ……」
近づいて眺めていると、花びらが5枚の小さな花が咲いているのに気づいた。
「そちらは野生種のバラですのよ。自生していたのをここに植えましたの」
「……すごい、すごいね! これは全部ジーナが育てているの?」
「私一人ではここまで管理できませんわ。庭師の協力があってこそです。けれど土作りから品種選び、剪定なども一通り自分でやっていますのよ」
誇らしげに胸を張る彼女を見て、カミルは自分が恥ずかしくなった。なんとなく庭園の隅にジーナ用の小さな花壇がある程度だと思い込んでいたからだ。この庭園は令嬢の趣味を超えている。
バラといい、特注のぬいぐるみといい、ジーナは凝り性だ。
「ジーナはバラが好きなんだね」
「特産物だから興味を持っただけですわ。……もっと交配をして、香りの強い品種なども作りたいのですが、専門家ではないのでなかなか思うようにいきません」
「ジーナなら作れる気がするよ」
「ええ、きっと作ってみせますわ!」とジーナは満面の笑みを浮かべた。
綺麗なバラ……リザにも見せてあげたいな……
「そうだ。ここのバラを一本、僕に譲ってくれないかな?」
「まあ! そんなに気に入ってくださいましたの? それなら好きなだけ差し上げますわ!」
ジーナは意気揚々と刃の短いハサミを手にして色と形が良いバラを厳選していく。
「研究用なんでしょ? 少しでいいよ。すごく綺麗だから、リザにも見せてあげたいと思って……」
ジーナの手からハサミが滑り落ちた。ジーナはそれを気にも止めず、カミルの方へ振り向いた。怒っているような、困っているような、複雑な表情を浮かべている。
「魔女に贈り物だなんて……お父様が許しませんわ」
「助けてもらったお礼がしたいんだ。伯父さんにはちゃんと説明して許可をもらうよ」
「カミル様は、どうしてあの魔女を塔から出したいなどとお考えに? 将来の目標にまでなさって……罪人なのですから幽閉されて当然だと思いますが」
「それは……命の恩人だから」
「本当に? ほんとの本当に、それだけですの?」
ジーナがしつこいほど念を押してくる。
ここでリザが好きだと口に出すのは何か違う気がする。最初はやっぱりリザ本人に伝えたい。
カミルは一番大切にしたい言葉を伏せて答えた。
「……本当のことを言うと、リザが笑っていると胸の奥が温かくなるんだ。僕はリザが悪い人間だとは思わない。昔のことは……きっと何か事情があるんだよ。だからリザにはもっと笑っていて欲しい」
カミルは自分の胸に手を当てた。ドクン、ドクンと心臓の音がする。
この命が今あるのは、リザのおかげだ。
この鼓動が高鳴るのは、リザの声のせいだ。
「笑っていて欲しいだなんて……それだけのことで……」
「それだけって……もっと理由が必要なの?」
「それは……」とジーナは言い淀んだ。
明らかに動揺している。震える指でバラに触れながら言葉を振り絞る。
「……カミル様は……その、あの魔女のこと……すす、すす好……痛っ!」
ジーナは反射的に手を引っ込めた。指から血が出ている。
カミルがそっとその手を取った。
「棘で刺したんだね。手当てをしないと。さあ、屋敷へ戻ろう」
腕を引いても、ジーナはぴくりとも動かない。真っ赤な顔で何か呟いているが、声が小さすぎてわからない。
「ジーナ、行こう」
「わ、私、一人で行けますわ! 後ほどバラは届けさせますのでカミル様はお父様に許可でもなんでももらいに行かれたらよろしいじゃありませんか! それではご機嫌よう!」
早口で言い終えると、ジーナは令嬢らしからぬ速さで去っていった。
取り残されたカミルは、わけもわからず立ち尽くした。




