22 魔女の魔法
整然と植えられた木々を眺めながら馬に揺られていると、母が言った。
「カミルはユリウスが王位を継ぐことに賛成ですか?」
「もちろんです! ユリウスお兄様は優秀だから、きっと素晴らしい国王になられますよ」
僕は自信を持って答えた。
「そう……それなら、リザを王位継承問題に巻き込まないであげてね」
どういう意味だろう? 僕に王位を継ぐ気はないし、そんな才能もないと思っているのに……
「王権争いを起こす気はないですよ?」
「リザのために動くということは、その危険性をはらむのです。胸に留めておきなさい」
散歩を終えて、イリヤのところまで戻ってきた。僕はイリヤに両脇を支えられて馬から降ろされる。赤ん坊みたいに持ち上げられたのがとても恥ずかしい。
乗馬の練習をしたいな……これまで逃げてきた勉強もしなきゃいけないし、やることが一気に増えてしまった。半分以上僕の自業自得なんだけどさ……
「今頃王都も涼しくなっているでしょうね。私の体力が戻り次第、王都に帰るつもりです。あなた達もそのつもりでいてね」
馬を降りた母はそう言って、従者と共に部屋へ戻っていった。僕とイリヤはその場で二人を見送った。
「王妃陛下にも困ったものだな。早く体力を戻したいのなら、馬なんて乗らなければいいのに……」
「お母様……とても楽しそうだった。きっと、どうしても乗りたくなったんだよ。イリヤも馬に乗れるんでしょ? 少し教えてよ」
「ええ、一応。それでしたら日を改めましょう。準備が必要ですので――」
部屋に戻って軽食をとりながら、母が言っていたことをイリヤに伝える。
「王権争いですか……ありえますね。魔女に関しては緘口令が敷かれていますが、戦争を知る貴族は、少なくとも後継者には魔女の実在と恐ろしい魔法について伝えているでしょう」
「恐ろしい魔法って何? 不老不死以外にリザはどんな魔法が使えるの?」
「私が渡した資料をお読みになったでしょう?」
「あっ」
僕はまだ目を通していない資料があることを思い出した。イリヤが僕の顔を見て察したのか、机に資料を広げてくれる。
「魔女の一族は人里から離れた森や山に住んでいました。彼らは探究心が強く、王国にいるどの専門家よりも深い知識を持っていました。先の大戦で招集された最初の理由はその膨大な知識です。その後、魔法の存在を知った国王は、魔法を戦いに利用しました」
イリヤは魔女が使用した魔法とその結果をまとめたページを開いた。
瀕死の傷を癒す。純度の高い鉄を精錬する。雨を降らせる。雷を落とす。洪水を起こす。炎を操る。他にもたくさん書かれている。
「自然を操るなんて、そんなのできるわけ……」
「不老不死の人間がいるのですから、自然を操れたとしても不思議ではないでしょう。だから私は危険だと何度も言って……」
説教が始まる気がして、イリヤの言葉を遮った。
「リ、リザ以外の魔女の一族はどうなったの?」
「……はい。彼女と共に処刑されました。戦いに参加していなかった者も全員捕らえられ、処刑されています」
「そっか……リザは本当に独りなんだね……」
『貴族殺し』の罪は重い。自分のせいで一族が皆殺しに遭ったリザの悲しみは、どれ程のものだったのだろう。
ふと、ある疑問が浮かんだ。
「どうして、リザは笑ったんだろう……」
「どういうことですか?」
「初めてイリヤと塔に行った時、僕が話しかけたら大笑いされたでしょ? 一族が一人残らず処刑されて、自分は何十年も幽閉されているのに、どうしてあんなに明るく笑うことができるのかなって」
「さあ……私は魔女ではないのでわかりませんね。何も知らない子供が無邪気に話しかけてきたのが面白かったんじゃないですか?」
「もう、真面目に考えてよ!」
僕は頬を膨らませてソファに深く座り込んだ。
イリヤはため息を吐いて、ソファの背もたれに手をかけて僕の顔を上から覗き込んできた。
「改めて言っておきますが、私は魔女にこれ以上近づくことも、あれを解放することも反対です」
「溺れて死にかけた僕を助けてくれたのはリザなんでしょ? 悪い人間じゃないよ」
「――だとしても、いつ恐ろしい魔法を使うかわからないのですよ。絶対に反対です」
この調子じゃあ、イリヤは協力してくれそうもない。いったいどうすればリザは外に出られるのだろうか。
「思い切って二人で逃げて、どこかの森にでも住もうかな……」
「カミル様!」
怖い顔をしたイリヤが僕の肩を強く掴んだ。僕は心臓が飛び出るほど驚いてすぐに否定する。
「嘘、嘘、冗談だから。ちゃんと自分で考えてみるよ」
「まったく……心臓に悪い」
イリヤはぶつぶつ文句を言いながら、机に広げた資料を片付けはじめた。
心臓に悪いのはそっちだよ!
僕は心の中で叫んだ。




