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20 嫉妬(2)

引き続きジーナ視点です。

 金属特有の耳障りな音を響かせながら、鉄扉が力強く開かれた。室内には本が大量に縦積みされていて、その一部が崩れている。

 バロー伯爵はその惨状に眉一つ動かさず、部屋に踏み込んだ。イリヤとジーナも父に続いた。


「どうなっていますの? 足の踏み場もないじゃない……」


 散らばった本がぐっと盛り上がったかと思うと、女性が起き上がってきた。白い髪、不健康なほど白い肌、そして――


「いたたたた…… あーびっくりした……死ぬかと思ったわ」

「あ、貴女どうしてそんなに薄着なの?」


 私は父の背後から顔を出して指摘した。


「え? まだそんなに寒くないから大丈夫よ?」

「そんな心配はしていませんわ! そんなワンピース一枚なんてもう……ただの下着じゃない……あ、あ、貴女には羞恥心がありませんの?」


 『下着』の部分だけ思わず小さな声になってしまった。そのせいか、彼女は首を傾げるだけだった。

 あまりにも服装に無頓着すぎる。オシャレをしたいとは思わないのだろうか。それとも、魔女はこういうものなのだろうか。


 魔女……そうだこの女が問題の魔女なのだ。なぜか魔女を老婆だと思い込んでいた私は、とても動揺した。

 彼女はとても若くて、兄と同い年と言われても疑わないほどだ。顔立ちは割と整っていて、髪も肌も白く、青い瞳と赤い唇だけが色づいていた。


 頭の中の処理が追いつかない。


 若い魔女と……カミルが……二人きりで? 兄を騙してでも会いたい相手は若い女……とても楽しみにしていたカミル……


――私のお茶会を利用して会いに行った相手は若い女?


 事実を認識した瞬間、心の奥から嫉妬の炎が燃え上がった。頭の中が真っ白になり、無意識に父の背中から飛び出した。


「ジーナ! ジーナやめろ!」


 気がつくと兄に背後から羽交い締めにされていた。痛いくらい握り込んだ拳が動きを封じられて小刻みに震える。


「お前はかっとなったらすぐ暴力に走る! 早急に直すべきだ!」

「だって、お兄様! 女なんですよ! しかもこんな若い女……ああ、カミルどうして……っ」


 私は涙が溢れてきてその場に崩れ落ちた。


 普段は王都と伯爵領で離ればなれとはいえ、いつもカミルのことを想っている私に対して、こんな仕打ちがあるかしら。よりにもよって、私がすぐ近くにいる時に他の女に夢中になるなんて……


「ど、どうしたの? どこか痛むの?」

「何よ……」

「だって貴女、泣いているわ」

「貴女のせいよ! ほっといて!」


 おろおろと近寄ってきた魔女を、強く振り払った。


「私、薬師なの。きっと貴女の力になれるわ」

「そう……なら私にかまわないで。それが一番の治療法よ」


 私はこれ以上この女と話をしたくなかった。床に座り込んだまま顔を伏せた。


「……そろそろ用件を言ってもいいか?」


 沈黙を守っていた父が口を開いた。


「え、ええ……貴方は?」

「私が現当主のオレーク・バローだ。お前が魔女、エリザベータだな」

「貴方が、バロー伯爵……そうよ。私はエリザベータ、今はただ『リザ』と名乗っているわ。それで、当主様が直接来るなんて、どういった用件なの?」

「お前がカミル殿下に渡した薬のことだ。中身はなんだ?」

「えっ……もう知られちゃったの? 中身も何も……カミル君に伝えた通り、風邪薬よ。風邪の症状全般に効くように調合してあるわ」


 魔女は王妃がそれを飲んだこと、王妃に現れた症状のこと、カミルが王子であることなどを父から聞かされて何度も驚きの声を上げた。


 魔女が驚くたびに、私の心が掻き乱される。もうここにいたくない。そう思って静かに部屋の外へ出た。

 石壁の小さな窓から空が見える。

 私は大きく深呼吸をした。


 すると、塔の外からカミルの名前を叫ぶ男の声が聞こえた。声がした方向の窓へ向かい、下を覗くと、護衛のアントンが湖に入るところだった。彼が向かう方向に目をやると――


「大変! お父様! お兄様! カミルが溺れていますわ!」


 私の悲鳴のような叫びを聞いた父と兄は、すぐさま部屋を飛び出して階段を駆け降りた。遅れて私も階段を降りたが、二人は私を残して小舟を動かしていた。

 私にはもうカミルの無事を祈ることしかできない。


「我らが神よ、どうかカミルをお救いください」


 バシャン。


 風が通り過ぎたかと思うと、しぶきをあげて白いものが泳いでいく――魔女だ。

 彼女は躊躇なく飛び込んで、岸に引き上げられたカミルの方へ泳いでいった。

 私はアントンが小舟で迎えに来るまで、必死にカミルを助けようとする魔女の姿を遠くから見守ることしかできなかった。



  *  *  *



 そして今も、親しげに会話する二人を静かに見守ることしかできない。カミルは明らかに魔女に好意を抱いている。――認めたくない。けれど、今のうちに手を打たないと取り返しがつかなくなる。

 

 もう帰ろうとする魔女の手を掴んで、カミルが信じられないことを言った。


「僕、将来の夢を決めたよ。リザが外で暮らせるようにすること。これを目標に頑張ろうと思う」


 耳を疑ったのは私だけではなかった。兄も驚いている。過去のカミルを知る私達には衝撃の言葉だった。

 カミルは自分を出来損ないの王子だと感じて、自暴自棄になった時があった。王子を辞めたいと言う時もあった。そんな彼が王子の立場を利用してでも成し遂げたいことを見つけたのだ。


 カミルが将来の目標を決めたのはとても嬉しい。けれど、それがあの魔女のためというのが気に食わない。

 私が慰めても、励ましても、カミルは前向きになることはなかった。それをあの女はほんの数回会っただけでその気にさせたのだ。


 本当なら、私が導いてあげたかった。悔しくて悔しくて、どうにかなりそうだわ――


 「役に立ちたい」と言うカミルと「このままでいい」と断る魔女の水掛け論は、兄が間に入ってうやむやに終わった。兄が寝かしつけると、カミルはすぐに寝息をたてはじめた。

 私と兄と魔女の三人は静かに部屋を出た。


  


 

次回はカミル視点に戻ります。

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