19 嫉妬(1)
ジーナ視点です。
ベッドの傍を離れたジーナはカミルとリザのやりとりを複雑な気持ちで見守っていた。
柔らかい笑顔をみせるカミル。たったそれだけでリザに心を許しているのがわかる。
ただ身分を隠して会話しただけだと兄は言っていたけれど、それは王子のカミルにとって特別な体験だったのだろう。魔女は思いもよらないきっかけで彼の心を溶かしたのだ。
魔女のせいで、私の心はずっともやもやしている。
今日は驚きの連続だった。全部、全部、魔女のせいだ。
* * *
今日、朝食を終えた私はようやくカミルに謝る決心を固くして自室を出た。カミルや叔母である王妃が使っている客室があるのは一階の南側、二階にある私の部屋からは少し遠い。
階段を降りていくと使用人達が集まっているのが見えた。カミルの部屋だと思った私は不安に駆られて足早に近づいた。すると突然、使用人達の間からカミルが現れた。
きちんと謝らなくちゃ!
声をかけようとしたが、カミルはこちらに気づくことなく慌てた様子で玄関ホールの方へ走っていった。
「あんなに急いでどこへ行くのかしら」
嫌な予感がしたけれど、呼び止める間もなかった。
カミルが出てきたのは王妃の部屋だった。入っていいものかどうか考えていると、伯爵家当主の父と兄のイリヤが出てきた。
兄は少し驚いた顔を見せたが、父は一瞬見ただけで無言のままカミルとは反対の方向に歩きだした。
あいかわらず、つれない態度ですこと。
「どちらへいらっしゃるの? 私も連れて行ってくださいな」
「駄目だ」
振り向きもせずに拒否される。
それでも二人から離れないようについていく。
「カミル様と関係あるのでしょう? 何がありましたの? カミル様は急いでどちらへ行かれましたの? 王妃陛下のお加減は? お父様がきちんとお話してくださるまで、私、口を閉じませんわよ。カミル様絡みのことで自分を曲げたことがないのは、お父様もよーくご存じでしょう?」
息つく間もなく話しかけていると、父が唸り声をあげて立ち止まった。兄を睨みつける。しかし、兄はどうしようもないと頭を横に振る。
諦めた父は「鍵を持ったらすぐ追いかける。先に湖へ向かえ」と兄に指示を出した。私も兄についていく。
父を待つ間、兄は塔の秘密を教えてくれた。それは、にわかには信じられないことだった。
「人が……住んでいるのですか? あんなところに、何十年も」
「終戦後しばらくしてからだから大体50年くらいかな。不老不死の魔女がいるんだ。湖に近づくことすら禁じられていたから、私も全く気付かなかった」
「不老不死、魔女……まるでおとぎ話ですわね。あんな狭いところにずっとだなんて、身体より心の方が保ちませんわ」
「うん、そうだな。幽閉されて以来、一度しか扉は開かれたことがないそうだから、とても窮屈だろうね」
魔女について聞きながらも、頭ではカミルのことを考えていた。
私とのお茶会の時も、カミルは魔女に会いに行っていたのかと思うと気に入らない。胸の中がもやもやする。
そうこうしているうちに、父がやって来た。先程よりも一層怖い顔をしている。
緊張してるわね。お父様でも魔女が怖いのかしら。
三人で小舟に乗るが、座る場所は二人分しかない。兄が漕ぎ手をかってでたので、私は必然的に父の膝の上に座った。こんなに父に密着したのはいつ以来だろう。
なんだか私、甘えている子供みたいだわ。
そんな状況ではないのに、懐かしさから笑いが込み上げてきた。父を見上げてみる。父はあいかわらず無表情のまま、櫂を漕ぐ兄を見ているが、両手はしっかりと私を抱えるように組まれている。
私はくすくすと笑った。
湖に浮かぶ小島についた。塔を見上げてみる。三階建てくらいだろうか。各階に二部屋あるかどうかわからないほどの小さな塔だ。扉や外壁は装飾が一切施されていない。無骨な祖父が好みそうな簡素なものだった。
父が上着のポケットから鍵を出して扉を開ける。
「先代の国王陛下から秘密裏に管理を任されている。他の貴族に利用されないようにな。あれの力を利用できるのは国に利益がある場合だけだ。本来なら不必要な接触は認められていない」と父は低い声で説明した。
「……気分のいい話ではないですわね。人を物のように扱うなんて」
「魔女の知識や技術は野放しにするには危険すぎるし、隣国に逃げられでもしたらまた戦争が起こるかもしれない……閉じ込めるしかなかったんだ」と兄が推察した。
私にはその魔女がそんな強い力を持っているとは思えなかった。力があるなら、壁だって扉だって簡単に壊せるはずだ。50年間も大人しく幽閉されている理由がわからない。
父も兄も何を恐れているのだろう――
二階へ昇り、鉄扉の前で立ち止まった。静かすぎて少し不気味だ。私は思わず兄の腕にしがみつく。
父は一歩踏み出したかと思うと、扉を強く叩いた。
「魔女よ、聞こえているか? 私はバロー伯爵家の現当主だ。扉を開けるぞ」
私は耳を疑った。扉を開けるですって?
扉の向こうからガタガタと音がした。私も兄も中の魔女も慌てふためいた。
何の躊躇もなく錠に鍵が差し込まれる。思えば、普段よりも凶悪な顔は扉を開く覚悟をした緊張からだったのかもしれない。
何十年も使われることのなかった鍵が大きな音を響かせた。
バロー伯爵とジーナの描写を入れたくて長くなってしまいました。次回に続きます。




