15 毒薬?
イリヤが置いていった書物に目を通す。何冊も資料を読み解くには時間がかかった。
手記によると、先代バロー伯爵(カミルにとって母方の祖父)がリザと直接会ったのは二度しかない。その内の一回は、リザから聞いたあの大量の本に埋まった時だ。その部分を読み直してみる。
『鍵を開けて入ると、本が雪崩れ落ちてきた。部屋全体が本の海だった。私は足の踏み場もない有様に激昂し、直ちに片付けさせた。元凶の娘は乱雑な本の下に生き埋めになっていた。私はさらに激昂し、娘は震え上がって怯えていた』
「リザが話していた『バロー伯爵』ってお祖父様だったんだな……ちょっと変だなぁとは思ってたけど……」
伯父であるバロー伯爵は筋肉質というよりは細身で、背もやや低い。そんな人を『熊みたいに大きい』と表現するリザに違和感があった。大剣を片手で振り回し、敵兵をなぎ倒したという祖父なら納得がいく。
リザの話と異なるところはない。
リザが『先の大戦が大変だった』とか『自分はお婆さんだ』っていうのも、本当だったんだ。嘘なんてついてない。
じゃあ、使用人がリザに同情的になったのも、ただかわいそうだと思ったからじゃないのかな? リザがそそのかしたみたいに思われるのはどうしてだろう?
気になるのは、リザの記録のこの部分もそうだ。
『貴族の男性を生贄に不老不死になった』
リザの印象と全くかみ合わない。しばらく考えてみたが、彼女が人を殺すとはとても思えない。まだ読んでいない魔女についての資料にその手がかりがあるのかもしれない。
気がつくと、辺りは薄暗くなっていた。侍女が「続きは明日になさってください」と言って、灯りと食事を持ってくる。開いた扉の向こうから、母の咳き込む声が聞こえた。
「早くお母様の病気が治りますように」と祈って、今日はもう終わる事にした。
翌朝、食事を終えてしばらくすると、外が慌ただしくなった。扉を開けて廊下の様子を見ると、護衛と目が合う。
「王妃の部屋に人が集まっているんです」と彼は教えてくれたが、表情が暗い。母に何かあったんだと思い、部屋を出ようとすると、行く手を遮られた。
「行かせて!」
僕は大きな声で叫んだ。護衛が少し怯んだ隙に廊下を走り、人だかりの隙間をすり抜けて寝室へ入った。
室内は4人だけだった。扉の側に侍女が口元を抑えて震えている。母がベッドで眠っている。その側で医師とイリヤが話し込んでいる。
「イリヤ……」
僕の声に気づいてイリヤが振り向いた。その顔には見た事のない怒りがこもっていた。いつもは優しいグレーの瞳が冷たい。
「カミル様……2日前、王妃陛下の部屋を訪ねられましたね? これに見覚えはありませんか?」
ゆっくりと近づいてくるだけなのに、後退りしたくなるほどの威圧感だ。差し出された物に僕は覚えがあった。丸薬が入った小瓶。僕が母に渡した風邪薬だ。
「やはり、見覚えがあるのですね。この……毒薬に」
毒薬?
「これはあなたがあの女から貰った。そして王妃陛下に飲ませた。そういうことですね?」
「そうだけど、違う……それは風邪薬なんだ。毒じゃない」
侍女から短い悲鳴が零れた。部屋の空気が張り詰めている。とてもまずい状況になっていると、ようやく気付いた。
冷や汗が全身から滲み出てくる。
僕を見下ろしながら、イリヤの問いかけはまだ続く。
「あの女から飲ませるように頼まれましたか?」
「頼まれてない! 貰ったのは偶然だよ。お茶会のタルトをあげたお礼なんだ。色々考えてくれた中で、風邪薬が良いって僕が言ったんだ! だから、だから、僕……お母様に早く治って欲しくて、お母様にあげたんだ……リザにはお母様の事は何も言ってない。そんなはずないんだ……」
涙が溢れて止まらない。僕が薬をあげたから。僕のせいでリザが疑われている。それが辛くて堪らない。
「つまり、本来はカミル様が飲む毒薬だったと……」
イリヤの表情がますます険しくなった。
「僕が王子だって事も、教えてない。……殺す理由はないよ」
「気付いていたとしたら? 自分を処刑して幽閉した人間と同じ王族……十分動機になりますよ」
「これは毒薬なんかじゃない!」
「魔女の言葉を信じてはいけません!」
リザがくれた薬が毒?
王族の僕を殺そうとした?
分からない。
信じたいのに、信じきれない。
風邪薬だと証明したい。どうすればいい?
――そうだ、証明すれば良いんだ。
小瓶は目の前。両手で奪い取って中の丸薬を一気に口に放り込んだ。
「カミル!」
イリヤが僕を下に向かせて背中を強く叩き、口に含んだばかりの丸薬を全てかき出した。
「このっ……馬鹿な真似を!」
「だって……皆が、疑うなら……僕が証明、する……しか、ないじゃないかぁ……」
泣きじゃくる僕を、イリヤは固く抱きしめた。背中に回された腕が震えていた。




