14 リザの過去
イリヤ視点です。リザの過去はかなり重いです。
イリヤはカミルが食べ終わるのを待った。食器をカートに乗せて廊下に出す。それからソファーに横たわるカミルの前にしゃがんだ。
「しばらく外出は禁止だ。それと、ジーナの気持ちの整理がつくまでは顔を合わせない方が良いだろう。食事も別々に取るように調整する。わかったか?」
満腹になったカミルは、目を擦りながら頷いた。今日一日疲れたのだろう。まだ12 歳の子どもだから仕方がない。
「後日ジーナには正式に謝罪するように伝えている。許すか許さないかはお前の気持ち次第だが、謝罪は受けてくれ」
カミルは不思議そうに言った。
「形だけの謝罪なんて、意味あるの?」
「王子のお前が命じれば、ジーナを不敬罪にすることも出来るんだぞ?」
「それってお祖父様の時代の刑法だよね。僕、そんなの使わないよ?」
「……知ってるよ」
「第三王子なんて……お兄様達の足元にも及ばない僕が、地位が高いだけで偉そうにするなんて、馬鹿みたいだ。謝罪も、いらないよ……」
「国王陛下に知られたら伯爵家が取り潰されるかもしれないぞ?」
「お父様はそんな……しないよ。ばらす人も……ここには、いない……」
カミルはソファーのクッションに顔を埋めた。
「じゃあ、ジーナが心から謝りたくなったら謝りに来る。それでいいか?」
「……うん」
「よし、良い子だ」
限界がきたようだ。カミルは寝息を立てはじめた。
柔らかいプラチナブロンドの髪を撫でてから、横抱きにしてベッドへ運ぶ。力が抜けた身体は予想以上に重かった。起こさないようにゆっくりとシーツに寝かせる。
「おやすみ。良い夢を……」
寝具を整えて、前髪に一度触れてから部屋を出た。自室に帰る途中にこれからの対応を考える。
カミルがあのジーナを利用してまで会いに行ってしまうとは盲点だった。俺を撒こうとする手段が以前より巧妙になっている。会う度に成長を感じて嬉しい反面、厄介さが増している。
困った従弟だな、全く……
こうなってくると、事実を話して警戒心を持たせるべきだな。明日にでもリザの過去を話そう――リザが魔女である事も、犯した罪の事も……
自室に着くと、机の引き出しを開けた。中には父から預かった本と資料が入っている。
その中の数冊は祖父の手記だった。他には魔女関連の本や、リザ個人に関する資料、『機密』の文字が書かれた処刑記録なんて物騒な資料もある。処刑記録はあまりにも惨たらしい内容で、読み進めると吐き気がして最後まで目を通すことが出来なかった。これについてはカミルに伝える気は全くない。知らなくて良いこともある。
カミルに伝える内容を整理して眠りについた。
翌日。護衛の交代に合わせてカミルの部屋を訪れると、彼は機嫌良く迎えてくれた。「もう敬語に戻ったの?」と軽口を叩くくらい元気になっているのを見て、俺はかえって心を痛めた。
これから俺は辛い事実を話さなければならない。それにカミルは耐えられるだろうか。初めて塔に行った時のように倒れたりしないだろうか。
躊躇していると、カミルの視線が俺の手に向いた。
「何を持ってきたの?」
「ああ、これは……」
覚悟を決めて、資料の一つを手渡す。
「リザについて書かれた物ですよ」
カミルは真面目な顔つきになってページをめくった。目を見開いたり、眉をひそめたりしながら読み進める。
「……これ、どういう事?」
「書いてある通りです」
「嘘だ!」
資料を机に叩きつけて叫んだ。
「この人、貴族殺しで捕まって、処刑されてるじゃないか! それにここ! 50年前の日付だよ!」
「その先も読んでください。バロー伯爵家の管理下に入って、塔に幽閉された事も書かれていますよ」
「そんな……これじゃあ、リザはお婆さんって事……に……お婆……さん?」
青い顔を伏せて、何やら考え込んでしまった。混乱するのも無理はない。処刑されたはずの人間が生きている事も、50年間湖に浮かぶ塔に幽閉されている事も荒唐無稽な話だ。
「こちらを。祖父の手記です。ここを読んでください。『魔女と呼ばれる一族はあらゆる知識に精通しており、理解不能な方法で魔法を行使した』とあります。それからここ。『彼女は魔女の中でも禁術とされる儀式を行なって貴族の男性を生贄に不老不死となった』とあります」
『生贄』の辺りを食い入るように見つめる様子を、俺は静かに見守った。この後、さらに追い討ちをかけなければならない。視線がそれたのを見計らって、別の手記を差し出した。塔に幽閉されてからの話だ。
『彼の者の真に恐ろしいのは、その言葉の巧みさなのかもしれない。塔に配置した使用人は初めこそ怯えていたが、次第に罪人に同情的になり、処遇が悪いと私に進言する始末。やむなく人員を尽く撤収させた』
「どうです? 魔女は言葉巧みに人を懐柔する術を持っているのですよ。これでも貴方はあの女に近付きたいのですか?」
頼む。これで分かってくれ。あの女は危険なんだ。優しい言葉に騙されないでくれ。俺はお前を失いたくはない。俺は強く願った。
カミルはじっと資料を見たまま、抑揚のない声で答えた。
「わからない。一人にして。考えるから……」
イリヤは頷いた。
「持ってきた資料は全部読んでいただいて構いません。それでは、失礼いたします」
静かに部屋を出た。廊下に待機する護衛に目配せしてから座り込む。冷や汗でシャツが湿っている。やる事はやった。後はカミル自身に委ねるしかない。
カミルの気配に注意を払いながら、そっと目を閉じた。




