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13 心のもやもや

 僕に向けられた腕が力なく下された。顔面蒼白になったジーナは「違う……違うの……」と、か細く呟きながらイリヤの腕にしがみついて震えている。妹をこのままにしておけない彼は、顔だけをこちらに向けて申し訳なさそうに言った。


「カミル様……私はしばらくジーナについていますので先に部屋にお戻り下さい。それと、今夜はもうどこへも行ってはいけませんよ」


 部屋の外で待機していた護衛にも、僕を送ってそのまま見張るようにと指示を出した。僕は大人しく護衛について行く。 

 閉じた扉からジーナの嗚咽が微かに聞こえた。


 僕は複雑な気持ちになった。泣きたくなったのはこっちの方だ。それなのに、突っかかってきたジーナの方が先に泣き崩れたせいで涙が止まってしまった。

 泣くなんてずるい。塔の秘密は絶対に言えない。イリヤと僕だけの秘密だ。それなのにしつこく問い詰めてきたジーナの方が悪いのに――

 僕はふてくされた。


「泣くなんて、本当にずるいよ……」


 もやもやした気持ちのまま部屋に着いたところで、ポケットの中の小瓶を思い出した。ロープを登る時に落とさないようにしまっておいたのだ。部屋に入る前に母に会いたいとお願いすると、護衛の男は快く聞き入れてくれた。

 隣の部屋を訪れると、侍女が僕の顔を見て穏やかに迎え入れてくれた。ベッドに座る母に挨拶をする。


「カミル。おいで」


 優しい母の声だ。急に目頭が熱くなる。今夜はまだ加減が良いようだ。柔らかい手つきで頭を撫でてくれた。


「お母様。今日はとても良いプレゼントがあるんです」

「まあ、何かしら」

「これです」とリザからもらった小瓶を見せる。

「風邪薬です。とてもよく効くそうですよ。毎食後に一粒ずつ飲めば、お母様の咳もすぐ良くなりますよ」


 母は小さくお礼を言って小瓶を受け取ってくれた。手首に目がいく。少し痩せたようだ。夜は咳が多く出て寝付けないのだという。寝不足なのだろう。目の下にうっすらと隈ができている。

 昼も夜も侍女が交代で必ず母に付き添い、医師は近くの部屋で滞在している。体制は万全だ。けれど、万が一にも王妃の病気が治らず、ましてや死んでしまう事があれば――そんな事は()()()()()()()()のに想像してしまう。


 大丈夫。お母様はもうすぐ元気になる。心配しなくてもいい。


 僕は笑顔を崩さなかった。


「それで、イリヤやジーナとは仲良くしているの? 昔からよく遊んでいたわよね。あまりイリヤに意地悪をしてはいけませんよ」


 ジーナの名前が出て、ずきんと胸が痛んだ。顔は笑ったまま言葉を返す。


「仲良くしていますよ。イリヤの態度にはまだもやもやするけど」

「まあ」


 上品に口元を隠して笑う母を見て、少し安心した。ここに僕が来てからまだ咳をしていない。もう大丈夫。それでも疲れるといけないので、別れの挨拶をして早めに切り上げた。


「どうでしたか?」と廊下で待機していた護衛が聞いてくる。

「お元気そうだったよ」と僕は笑顔で答えた。


 自室に着くと護衛も侍女も下がらせ、ソファーに横になった。

 今日は目まぐるしい一日だった。はやる気持ちを押し殺した午前中。ジーナの機嫌を取った昼下がり。リザとの楽しい時間。ジーナと言い争った夕方。笑顔のお母様。


 ノックの音で思考は中断された。訪ねてきたのはイリヤだった。


「お食事をお待ちしました。今夜はこちらで召し上がり下さい」


 そういえば、今夜はまだ食事をしていなかった。気持ちが昂っていたせいか、空腹を感じていなかった。

 食事を乗せたカートを入れるために大きく開かれた扉の向こうにアントンが立っている。見張り役は交代したようだ。扉が閉まり、食事が次々と机にセッティングされていく。こういう事もイリヤは卒なくこなせる。


「さてと……」


 僕の正面に椅子を持ってきて、イリヤが無作法に座った。配膳の時とは対照的だ。


「ジーナがすまなかったな。その、悪く思わないでやってくれよ」

「え?」


 僕は驚いて目を瞬いた。


「今は()()()()()()気が楽だろ?」


 イリヤが気遣わしげな顔で答えた。イリヤに敬語で話されると、どうしても突き放されているような気がして寂しい気持ちになる。それをわかってくれていたのか。


「うん……ありがとう。ごめんね」

「そんな……謝らないでくれ。あいつは頭に血が上ると考える前に口や手が出てしまう。俺も気分が悪かったよ。カミルが怒るのも当然だ」

「ううん。ジーナの事じゃなくて……それだけじゃなくて」


 ぐぎゅるるるるるんごごぅ


 情けない音がした。慌ててお腹を抑えた。イリヤをちらりと見ると、ぽかんとしている。


「ぷっ……くく、すまない。食事前に話しすぎたな」


 僕に背を向けて肩を震わせる。手だけをこちらへ向けて、「さっさと食べろ」と動かした。

 僕は顔を真っ赤にしながら食事を始める。料理は少し冷めてしまっていた。


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