12 ジーナの怒り
今回はジーナ視点です。
湖上の塔から戻ったカミルを待ち受けていたのは、怒り心頭に発したイリヤとジーナだった。
カミルがお茶会から抜け出した後、ジーナの演技は1時間ほどしか続かなかった。それからは小さな物音を出したり笑い声でやり過ごそうとしたが、太陽が傾いて山の稜線に触れてもまだカミルは帰って来ない。あまりに長いお茶会を怪しんだイリヤが部屋に押し入った時には、ジーナはぬいぐるみを抱きかかえて泣いていた。
それは決して不安や寂しさからきた涙ではない。
ジーナ・バローは悔しかった。
計画では粘っても2時間、それ以上はイリヤから隠し通せないから必ず戻ってくるようにと伝えていたのに、カミルは戻って来なかった。
きっと私との約束よりも優先したいことがあったからでしょう。カミルはどこへ何をしに行ったのかしら。約束を破られたのですもの……私には知る権利があるはずだわ。
ジーナは鋭い目つきで兄のイリヤに尋ねた。
「お兄様……カミル様がどこへ向かったのか、思い当たる場所はございますか?」
「そんなこと……私が知るわけが」
「お兄様はご存知ありませんの? 私よりもカミル様と長い時間を過ごされていらっしゃるのに? 何かこそこそとなさっていたんじゃありませんか? 思い当たることは何もないとおっしゃるの?」
酷く動揺する兄が言い終わるのを待たずに畳み掛けた。
「そ、そう言われても、すぐには何も……思い付かないな……」
本来ならカミルと共謀して彼を逃したジーナの方が咎められるはずだが、ジーナの静かな怒りに圧倒されたイリヤは叱ることも忘れて言葉を濁すばかりだ。
ジーナは無意識に唇を強く噛み締めた。兄は絶対にカミルの秘密を知っている。
私の知らない秘密を二人はどれほど共有しているのかしら。兄に嫉妬する度に自分もカミルと同性なら――なんて馬鹿らしい妄想に駆られる。
今日はそんな兄を出し抜いてカミルと私の秘密を作るはずだったのに……!
「お、おい、そんなに力を入れるとぬいぐるみが――」
「あっ」
大切なウサギの首が破れるところだった。この子をカミルの髪と同じ色の毛並みにする為に、どれほど時間を費やしたことか。透明度が足りないと職人に何度もダメ出しをして作り上げた、私の特別な宝物。カミルに見立てたぬいぐるみ。その顔を見ているとまた怒りが込み上げてきた。
「絶対に……許して差し上げませんわ! 私の信頼を踏みにじった事、後悔させて差し上げます!」
そう宣言した私と共に、兄は壁にもたれてカミルを待った。
もう夜が来る。ふと、バルコニーから物音が聞こえた。手すりに結んだロープがギギッ、ギギッとリズム良く軋む。顔を出したのはもちろんカミルだ。なんだかとても嬉しそうな顔をしている。
それがかえってジーナの怒りを増幅させた。
「約束を反故になさったというのに、よくも悪びれもせず戻って来られましたね。遅れた理由をお話しになるまでこの部屋から出られませんよ!」
カミルはジーナの憤慨っぷりにたじろいだ。イリヤの存在に気づくと、助けを求めて近づいたが、怒っているのはイリヤも同じだ。
「……二人とも、ごめんなさい」
カミルが力なく謝った。
胸にチクリと痛みが走る。違うの、そんな顔をさせたい訳じゃないの。けれどここで許すわけにはいかない。それは決して怒っているからだけじゃない。
約束は、守らなければ信頼を失う事を知って欲しい。それは王位継承権を持っていても臣下に下ったとしても同じだ。
カミルが間違えば私が正してあげる。それは、幼い頃、カミルを一生支えていくと誓ったあの時に決めた事だ。お節介と言われようとも構わない。
「どちらにいらっしゃったの?」
「それは……言えない」
「つれないですわね。黙秘なさるならずっとここにいていただきますわよ」
「……ジーナには関係ないじゃないか!」
その言葉に顔がかっと熱くなった。「関係ない? 私に……関係がないですって?」みるみる怒りが心を支配していく。もう自分では止められなかった。
「私がどれだけ貴方のことを考えているか。全然ご理解なさってないのですね!」
「大きなお世話だよ! いつも年上面してさ! ひとつしか変わらないのに自分は何でも知ってるみたいに偉そうにするのやめろよ!」
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「貴方なんて全っ然王子らしいこと出来ないじゃない!」
兄が私を抱きしめた。いいえ、違う――私がカミルに掴みかかろうとするのを止めたのだ。伸ばした手の先にカミルがいる。
冷たい視線。嫌悪に満ちた表情。――私は何をしようとした?
細めた目からこぼれ落ちそうな涙。――私は何と言った?
兄の腕の中で落ち着きを取り戻した私は、言ってはいけないことを口走ったと気づいた。血の気が引いていく。これじゃあカミルが大嫌いな宮廷貴族や令嬢達と同じだ。後悔が胸を締め付ける。
今日ほど自分の怒りっぽい性格を恨んだことはなかった。




