第ニ十七章 メインコンピューターへ
前書きです。
今回、長いです。字数20000超えました
しかもあんまりにも長いので『上・下』に別れました
つまり、半分ですね
まえがきで語る部分はあんまりありません
ネタバレしちゃうしね
っと言うわけで本編へどうぞ
今回はあとがきも僕ですよ
カツコツと霧がかった部屋を歩く…。視界が悪いために歩き始めてからの正確な方角や距離はおろか時間感覚も靄となったかのようにあやふやなものになってしまう…。
この中を歩き続けていた五人はそれぞれに文句をいいながら歩き続けていた。
「お姉ちゃ〜ん…。もうなんにちあるいたの?」
「まだ何時間…よ」
子供には流石に疲労の色が見えてきていた。いくらここがゲームである『ヴァルハラ』とはいえ感覚は現実とほぼ同じ。このままだと現実世界の肉体にまで悪影響を引き起こしかねない…
「ねぇ、一旦休みましょ?二人とも疲れてるし、私たちも休まないと危ないわ」
エアリアルの提案に、二人の少年は足を止めて小さく頷く。彼ら自身もこの霧にうんざりしていて少し休みたかったのだ
「なら…ちょっと休みましょ…足疲れたし…ってゲームなんだけどね」
あはは…と笑って彼女は座り込む。子供二人もそこに近寄って座り込んだ。
クロアと楼騎は周囲を確認してから座る。
どの程度歩いたのかはわからないが…とても長くかかったような気がする。感覚が狂うと認識できるものが減ってしまうから怖い。五人はその場に座り、各々体力の回復に努める。座って目を閉じるだけでも人は回復できるのだから凄い。
クロアはそのまま心の中でアレイアに呼びかける
― 一体お前はどこにいるんだ?
それの返事はない。
クロアはボンヤリと頭を持ち上げるもう一人の姿を見る。『クロア』だ。
―『クロア』、無事だったのか?
彼は同じ顔で柔らかく微笑む。クロアにはおそらくできないだろうその笑いはほんの少しだけ彼との差なのに気づいてクロアは押し黙る。二人の間には嫌な沈黙が訪れた『クロア』が口を開いたのは数分後。彼はクロアに問いかけた
―君が望むのは何?
クロアは答える。
「アレイアを助ける事だ」
『クロア』は質問を続ける
―ならば君が失うのは何?
意味が分からない。と答える
―あらゆる対価。僕らは君の喪失で力を得る。すなわち、君が差し出す代償…。
―僕はかつて君を助けるためにこの身を捨てた。だから君も助けるためにその身を投げ出さないといけないかもしれない…。それを選択できる?『神影』の資格者
クロアは答える。
「…なんで失う前提なんだ?俺は何も失わないであいつを取り返すつもりだ。協力してくれ、『クロア』」
瓜二つの少年は曖昧に笑う
―やれやれ、贅沢な選択だね…。うまく行かないだろうけど、頑張って。
―あと、BUGが来てるよ?上手く切り抜けないとアレイアは助からないよ
プツン、と集中が途切れてクロアは目を開ける
「…」
「…」
女がクロアの顔を覗きこんでいた。
「…おい」
他の四人がハッとして左右を見回す。どうやら眠っていたようだ
「こいつ誰だ?」
指差しながら聞くとエアリアルが顔色を変えて剣を手にする。鋭く突き出された切っ先が女の眉間を射抜いて吹っ飛ばす
「おい…いいのか?いきなり攻撃なんて」
「寝ぼけてんの?!私たち以外にここに人間がいるわけないでしょ!」
クロアはボンヤリとした頭を振って正気に戻す。考えたら当たり前だ。今ここにいる五人以外は全て敵の状況、迂濶だとしか言えなかった。
吹っ飛ばされた人物は霧の先で立ち上がる…。体型からしてあまり大きな体つきではないが細くともしっかりとした体で立ち上がる
「…おいおい、またかよ。」
「ノピア、ヨロワ!見ちゃダメ!」
また服を着ていないBUGだった。どうやら生まれたては全員着ていないらしい…。
まったく、どういう基準なんだか相変わらずわからん…。クロアは話しかける
「お前は何者だ?BUGか?」
少女は何も言わず、ジッとクロアを見つめる。次にアレイアを、楼騎を、ノピアを、ヨロワを順に見てクロアに視線を戻した。
「『迎撃対象』。データリンク……。転送完了。サンプリング開始します」
トスッ…。と軽い音がした。
「なっ…」
エアリアルが吹っ飛ばした距離をもろともせずにその少女は右手をクロアの体に突き立てた。ほんの一瞬で距離を詰められてクロアは大した回避も出来ずに傷を負う双剣で少女を斬るが、うまくかわされてしまった。
傷口はあまり酷くはないが…深くはないだけで痛みがひどい。治療に役立つような物は持ち合わせていないのでこの傷はもはや致命傷に近いものになっている
「クロア!大丈夫?!」
エアリアルが呪符を抜いて駆け寄ってくる。どうやら治療系の呪符を持っていたようだ
クロアは傷口を押さえて痛みを耐える
「ちょっと待ってて…楼騎っ!後ろお願い!」
「任された。」
『幽月』を手にした楼騎がBUGに警戒しながらエアリアルの背後に立つ。クロアの治療をしている彼女をBUGは見つめていた。
「サンプリングデータ『クロア』。解析完了…。『模倣』」
楼騎とクロアはBUGが服を纏ったのを見る。青碧のコート、襟に走るライン、形状・色彩ともにクロアの服装に酷似していた。
「…なるほど。これが衣服ですか…。これならば確かに恥ずかしくないですね」
ふんふん、と頷くBUGは両手を広げて武器を呼ぶ。
「巡れ。光剣『白陰』闇剣『黒陽』」
白と黒の双剣が彼女の手に握られる。
その武器は名も、色も、大きささえもクロアの双剣と同じものだった。
「…なんだ?こいつ」
「能力封印『一撃断殺』」
いつの間にか背後に回り込んだBUGが剣と刀を触れさせようとする。それを察知した楼騎は半回転するようにしながら袈裟に斬り下ろす。鋭利な一閃が彼女を切り裂いた
「…っ!」
切り裂かれた彼女は距離を空けるために後ろへと跳ぶ。点々と赤い飛沫が白い床に染みを作った「はいっ!すとーっぷ!お姉ちゃん!」
「『不可視の糸』!」
着地点へと先回りしていた双子が手につけていた糸を張り巡らせる
その糸はピアノ線よりも硬く、また蜘蛛の糸のように細かった。二人は素早く飛び回りながら器用にお互いの軌跡を絡ませあって堅牢な拘束を施す
「よくやったわね!二人ともっ!」
エアリアルが親指を立てた隣でクロアはいかぶしげに眉をひそめる…。まだ生まれたばかりのBUGとはいえ、こんなに簡単に捕まるだろうか?
その疑問は相手の少女を見ているうちに氷解した。笑っていたのだ。
「二人とも!逃げろ!」
叫んだが、二人はなんで?と首をかしげる。手も足も武器すらも絡めとった糸の拘束はそう容易く破れるものではない。
その武器の持ち主の子供はそれをよく知っていた。知っていたからこそ
「ゾクゾクする…」
後ろから聞こえた声に戦慄した。一体…。そう考える時間すらも彼女は許さずに拘束を破る。
黒陽の『能力付加』で『軟化』させ、白陰の『能力封印』で『結合』を解いたのだ。
白と黒の閃光が二人を弾き飛ばす!
「巡れ!光剣『白陰』闇剣『黒陽』!」
名を呼び、クロアは双剣を左右に広げて猛進する。その姿はまるで鳥、低空を飛び抜ける燕にも似ていた。
白い光が互いを結び、跳ねた剣の勢いで黒い剣の切り上げを強化する。
両者の思惑が一致した一連の動作、クロアは『能力』が互いの武器には無効であることに気付く。
―面倒だな。
だがやるしかない。クロアは剣を鋭く振り下ろすガキン!と黒と黒、白と白の衝撃が腕を伝う。自分と全く同じ攻撃方法、それは間違えようのない事実だった。
―くそっ、なんなんだ…こいつは
クロアは呪符を発動する。即座に起動したのは火符『火の粉降る夜に』
小さな火種が吹き出して一瞬だけBUGを怯ませる…。そのわずかな隙にクロアは黒陽を突き出す!
BUGは避けたが、足がもつれたのかバランスを崩した。そこに白陰を頭上から全力で叩き付ける!
「あぐっ…」
直撃。クロアは切っ先をBUGに向ける
「まだ生きてるだろ。質問に答えろ」
少女は動かない。
「お前はなんだ?名を名乗れ」
少女は肩を震わせる。
「答えろ!お前は」
「ヘル…。BUG-ヘル。」
少女は答える。顔を上げてはいないが…間違いなく彼女が答えた。
クロアはさらに続ける
「何故ここに来た。人間型BUGはアレイア、ウィストレア、エイド以外にいない筈だ。」
「…そうね、私はウィストレアを元に作られたBUG。本来の方々には遠く及びません」
時折震えながら彼女…ヘルは答える。怯えているのか、痛みか、クロアには判断がつかなかった
「そうか…」
クロアは剣を引く
すると素早くその剣をヘルが掴んで自分の首に突きつける。彼女の皮膚が切れて赤い血が剣の切っ先へと垂れていく
「やめないで…もっと…」
エアリアルがぽかんとしているのが視界の角に映った
「ハレンチな…」
「お姉ちゃんなにいってるの?」
鼻血でも出すのか押さえているノピアをヨロワが不思議そうに覗き込む。
健全な子供には知る必要はありません。「…そっちの人ぉ?」
「…。」
正気に戻ったらしいエアリアルがすっとんきょうな声を上げる
楼騎は無言で視線を反らして我かんせずと霧を見つめていた。そんな楼騎をエアリアルは服を引いて振り向かせる
「男の子ってああいうのが好きなのぉ?…ねぇ…」
「知らん。俺は興味ない」
非常に言い放ち、
「うるうる…」
なんか見つめているエアリアルに折れる。
「どっちも特殊だ。クロアも、ヘルとやらも」
「俺は確定かよ!ふざけんな!」
クロアは剣を振り上げる。手が離れて自由に振り下ろせるようになる…。目の前の少女に狙いを定めて、力を込め
「痛い…痛いよ」
ヘルが血の流れる手を押さえて呟く。最初は感じなかったのだろうがそれは本来とても痛い傷痕、クロアは思わず手を止める
「痛いよ…痛い」
トクン、と大気が揺れる。
まるで何かに反応するように、一つ分の鼓動を刻む。クロアを除いた四人はその音に気付かずにいた。
「痛い、痛い、痛い!くっ…ああああああ!」
絶叫と共に極彩色の光が四方、八方、十六方へと放たれる。それは周囲全てを包むように弧を描きながら少しずつ落下半径を広げていく…。
ちょうど虹のようなアーチがクロアの頭上を掠めてすぐ後ろに落下して床を壊す。物理的にではなく、電子的に『ブレイク』する。
「これは…マズイな」
身動きどころか…触れただけで『ブレイク』されかねない…。一応はツバインの能力で意識は保てるがそれでも受けるべきでない攻撃だ。
「『神影』…っ?!」
極彩色に輝く体をしたヘルがクロアの首に手をかけて、噛みつく。
「あ…かっ…」
表現不能な刺激が首を駆け上がり脳で弾けるように広がる。その刺激は…あえて言うのならば頭のデータを読み書きしているようななんとも奇妙な感覚だった。
クロアは力が抜けてその場に倒れる…。
ヘルは倒れたクロアには興味がないのか光のアーチを抜けて猛烈な速度で駆けていく「えっ…きゃわっ?!」
エアリアルの声が聞こえた。クロアは力が抜けた手足にもう一度力を加えて立ち上がる
次に軽く動かして四肢の状態を把握…。異常なし。クロアは少しだけ数の減ってきた『ブレイク』の脱出タイミングを計る
「くっ…そっ!」
楼騎の声が聞こえる。あいつも噛まれたのかそれ以降何も聞こえなかった
「ノピア…はいいか。ヨロワが危ないな」
主人公失格なセリフを呟いてクロアは一歩前に動く。足のすぐ隣を『ブレイク』されて一瞬硬直する
「ヨロワ…危ないっ!」
「お、お姉ちゃーん!」
クロアは走り出す。この降り注ぐ光の雨はそんなに厚くはないはずだ。そう考えて光が掠めて服の一部を破かれてもそのまま走り続ける
外が見えてくる。足を止めずにそのまま走り抜けた!光の壁が後方にできていた。
目の前の空間には『ブレイク』の光はなく、倒れた体を起こそうとしている四人と、ヨロワの隣で光り輝いているヘルがいるのみだった…。
ヘルはまるで卵のような形の光の膜に覆われていてその中で座っていた。
―トクン
そこから鳴動が起きる。力強い命の鼓動、それは本来電子情報に過ぎないBUGが持たないもの。ただのバグに命など無いはずだったのに…
「成長…したのか?俺達のデータで」
―トクン
ヘルが目を開けて、クロアを見る。
その目はとても綺麗に澄んだ水色。彼女は服を再構成して新たにする。
赤いフリルに青いラインを添えた帽子を被り、白と黒のワンピースを着て、その上から紺色の着流しを羽織る。
和と洋の服が混ぜられたそれは彼女にとても似合っていた。きっと彼女だからこそ似合っていたのだろう。
全てを『模倣』したのだから。
―トクン
彼女は膜に手を触れる
ツプリと穴が空いてそこから青白い光が噴き出した。光はまるで噴水のように高く高く伸び上がり、やがて消えた
「『クロア』、『エアリアル』、『楼騎』、『ノピア』、『ヨロワ』。各データを認識…。生命構造理論取得完了、データリンク」
彼女は右手をクロアに向ける。その指先には『0』と『1』が列を作り出していた…。
「全てを統べよ。冥府の剣『罪剣―デュランダル』」
ヘルの手に黒い炎を燃やす刀が握られる。『フランメリーゼ』・『黒陽』・『幽月』を真似た武器はその身の炎で大気を焦がす。
「キリスト教の聖剣…デュランダルか。柄には聖骸布と神の毛髪を収め、『斬れないものはない』力を持つ武器、だったな」
いつだったかガルトに聞かされた話だった。キリスト教の布教によってその名を轟かせたが、それは所詮侵略者。北欧の神の名を語る物には罪剣にでも見えたのだろうか…
「行くぞ…。白陰、黒陽。模倣品を砕く!」
―トクン
二本の剣が鳴動してまるでうなずいたかのような錯覚を覚える…。クロアは剣を手にヘルへと突っ込んでいく黒い炎と黒い線が激突する
軽いステップを加えた斬撃は軽く払われてしまったがクロアの攻撃は終わらない。白陰で斬り、今度は守りが薄くなった右側に蹴りを入れる…!鈍い衝撃、脇腹に命中!
ヘルが半歩よろめいて手にした剣を切り上げる。それを素早く回避、反転して白陰で武器に封印を試す
白い光が二つの剣の間ではぜて二人はその衝撃に飛ばされてしまう。やはり『矛盾』同士の戦いではお互いの武器に封印と付加はできないようだ。
それはメリットであり、デメリット。
クロアはデッキに入っているカードを選択して発動のタイミングを計る
「あぁ…この感覚。いいわね…もっとやろ!オーディスタ!」
今だ。両手の剣を放して譲り受けたカードを発動する。
「轟け。幻影符『雷鳴』!」
パリパリという軽い振動と共に黄色い日本刀のような武器が手に収まる。これが…伝説のプレイヤーの武器…
クロアは一閃する。
轟音と轟雷が響きわたりヘルを雷撃の一光が捉える
「くっ…あああ!」
気合いと共にその雷光を受け止めたヘルに更に返しの一閃が襲いかかる!
「吹っ飛べぇぇ!」
単純計算で二倍、実質攻撃としてはさらにその上をいく斬撃には流石のヘルも耐えきれずに飛ばされた
そしてまた、所詮幻影に過ぎない剣もその力に耐えきれずに砕け散る。
「…っ、化け物じみた力だな。あの瀬名とか言うやつはこんな力を毎回使うのかよ…」
呆れ半分、同時に半分はその圧倒的なまでの力を羨ましく思えた。いつかはこんな力を手に入れたいもんだとクロアは両手に白陰と黒陽を生成して握る。
「まだ生きてるだろ?来いよ、ヘル」
雷光に姿をくらませた少女は背後から現れた。察知したクロアは右へ一歩ずれて黒いデュランダルの一撃を避ける
「『ブレイク』」
ヘルの右手が背中に押しあてられる…。油断した。そう思う前に光がクロアを貫いた光が体を突き抜ける。痛みはないが、ガンガンと頭が痛み、そして酷い目眩が襲いかかる。
いくらツバインとは言え『ブレイク』を無力化できるわけではない。意識を奪われるのを回避する程度の耐性しかないのだ
「っ…かっ」
全身から力が抜ける…
『神影』化していたらより酷い影響がでていただろう。そう思えば少しはマシだと思えてくる
抜けかけた力を無理矢理引き戻して剣を手にしてヘルと距離を開ける。今もう一撃受ければ間違いなく意識ごと持っていかれる
アレイアを助けるどころではなくなってしまう…。ふざけるな!
「亜式解放!」
―闇よ、力を…
「邪剣『混沌幻影』」
手にしたのは巨大な螺旋剣。白と黒の刃が互い違いに噛み合わさった大剣!オーディスタの剣とは違う、歪みの力!
「ヒハハハハ!」
闇が身体を支配して異常な高揚感と快感を幻錯させる
「行くぜぇ!ついてこいよな!ククク…!」
クロアは『神影』としてではない力で一歩踏み込むヘルの背後に移動する
「…!」
ヘルが振り返ればその反対…正面に移動して大剣を振るう!
一つの角が鋭く尖った剣が彼女を捉えて同時に数ヵ所に傷を作る
「隔壁!」
「おせぇよ!」
隔壁が生み出される前にクロアは螺旋剣を振るう。今度は軽々と飛んだヘルを空中で補足する
「ラアッ!」
力任せに叩き付ける。黒い炎を上げるデュランダルが剣を受け止めるが…そんなもの役に立たない。立たせはしない!
床を砕いて墜落したヘルの首に螺旋剣を突き立てる。先端はサスマタのようになっており一度填まれば抜け出すことはできない。
押さえつけて無力化する。シンプルだが決まれば本当に何もできなくなる…
「…捕まっちゃったわ」
クロアは闇で宿った力に酔いしれながらヘルの首を押さえている剣に体重をかけて見下ろす「質問を再開しよう。アレイアは何処だ?」
ふるふる、と彼女は首をふる。押さえつけてはいてもその程度の隙間は残しておいた
「私にそれを言う権利は存在しません。まぁ…もっと力を込め」
全力で踏む。一応骨がおれないように加減した。BUGに骨があるのかは疑問だが
「っ…!いい…すごく」
折れてもいいか。そんな力で踏む。
「答えろ。言うのか言わないのか、お前が言えるのは二択のうちの一つだけだ。それ以外は殺す」
赤黒く染まったかのような眼光にヘルは一瞬だけ押し黙り、答える。
「言います…」
クロアは剣を放して闇を解いた。
「…どこだ?」
白陰と黒陽の間に寝そべる少女にクロアはキツイ口調で問い詰める。
「検索します…少しお待ちください」
そう言って空へと手をかざす…。彼女の細い腕の先に球体が現れて、ぐるぐると球の中で0と1が配列を無数に変えながら高速で回転している
はじめてから数秒で彼女は手を下ろした。
「検索完了…。座標特定。プロテクションブレイク!」
パキッ、と白い空間がひび割れる。ひびは徐々に大きくなり次第には人が並んで四人は通れそうな巨大なものになる
「…こちらをお使いください。アレイア様がお待ちです」
そっと触れるとひびが砕けて内部の巨大なトンネルが姿を現す。
「あちらの四人は私が介抱します…。ですから、先に行ってください。」
クロアは倒れたままのノピアと、隣にいるヨロワを見る…。
「頼んだ。」
「私もすぐに追い付きます」
「…来んな!」
クロアは一人、トンネルへと飛び込んだ。
暗い足場が心もとないがそれでも奥へと走っていく…
「私も行きますのにね、エイド様を押さえないと…」
すくっと立ち上がり、手を掲げる。
「模倣『コラージュコンディション』」
光が集まり、彼女を照らす。ヘルは光に小さく呟いて光を放した
空中をゆっくりと昇った光はまるで意思があるような四つに別れて倒れていた四人を包み込む…
「ん…あったかい…よぅ」
「ちっ…やられたな。」
「お姉ちゃん!おきて!きれーだよ」
「ヨロワは可愛いよ…むにゃ…」
「お姉ちゃん…なんかへん」
四人は割と思い思いに立ち上がり、ヘルを見る。
「あぁ…アレイア様がクロアに惚れた理由がわかりました…。あの眼、ゾクゾクします」
「いや、それはたぶん違うわよぉ〜」
エアリアルが一人、小さくヘルにツッコミをいれた…ノイズが走る。
クロアはトンネルを走り続けていた。
最初はただ暗かった通路は次第に光を発するようになってきて今は淡い緑の光と粒子が幻想的に照らしていた。
壁にはサイバネティクスな紋様が刻まれており、時折その紋様に光が走る。
その度にノイズが走ってクロアは顔をしかめる
「なんなんだ…これ。頭痛てぇ…」
不快な雑音に気分を害されつつも現実世界では存在しえない照明にはやはり美しさを感じる。
「でも…アレイアはどこだー!」
叫んで、迂濶さを呪う。
ここはBUGの住処。いることがバレれば囲まれて即ゲームオーバー。しかもバッドエンド直行だ
「やりにくいな…ん?」
トンネルの終端なのか道が暗くなっている…。入り口と同じ構造ならば然程たたずに外へと通じているはずだ。
「…」
躊躇う。
果たして一人で進むべきか…。ここは数分遅れても確実に人数を揃えるべきか…様子を窺うべきだ。クロアは足を止める
ズズン…。鈍い衝撃と振動が響いてくる
「何だ…?遠いが…まさかあいつら戦ってるのか?!」
後戻りしようとして止まる。
「…あいつらは強い。今更行っても俺は足手まといか…。」
戻りかけた足を暗闇に向ける
「やられんなよ、お前ら」
もう一度走り始める
一度も振り返らずに単身先の見通せないトンネルの最奥端へ足を踏み入れた…エアリアル達は丁度クロアのいた場所と反対の位置にいた。つまりは入り口付近の明るくなってきている場所に円を組んでいた。
「手荒い歓迎だな。ヘル」
「ほんっとーにこれはあなたの指示じゃないのね?」
「当たり前です!私を人間のような姑息な存在だと誤解しないで下さい」
五人は手にした武器を握り、通路の左右を挟むようにはだかるBUG-アーサーを睨みつける。
「ノピア、ヨロワ、エア。三人、任せられるか?」
楼騎の指示に小さな頷きが返される
「行くぞ。手伝えヘル」
五人は三人と二人に分かれて数メートルの巨体を持ち上げる半液体状のBUGに猛進する。それぞれの手には武器が握られていてそれが照り返した光が五つの軌跡を描く
「不可視の糸」
「罠符『トラップホール』!」
「燃え上がりて全てを紅く焦がせ!亜式解放『炎刺赫染・フランメリーゼ』!」
ボコン、とアーサーの足元が陥没して落下していく…。
そしてその巨体を透明な糸がキリキリと締め上げる!いかにBUGといえどこの状態では身動きを封じられる…
そしてそこに巨大な火の塊が降り注ぐ!炎刺赫染の肥大化したフランメリーゼが全てを紅く焦がした。
もう一方のBUGも鋭利な閃光と烈火の黒炎の裁断をうけて無数の線をその身に深く刻んでいた。
パチン。と楼騎が刀を収めるとその背後でグズグズと崩れていった…。
「増援感知。…この反応、正規BUGです!」
楼騎はやれやれと肩を落とす。
BUGの力を借りないといけないとは…。そう思いながら姿勢を低く、静かに柄に手を置く。
「3…6…9…12…15…20…30!捕捉成功しました。全員にデータリンク!」
各人のモニターにBUGを示す光点が30個表示される。それらは素早く入り口から入り込んできていて人が走るよりもずっと速く移動していた
「遭遇まであと3秒」
「秘剣…」
楼騎はゆっくりと息を吐き出して姿を現したBUG-01達を見る。
2…1!
「『細月』」
細い閃光が一回だけ走り抜けたBUGを示す光点がその一瞬で25個にまで数を減らす
「いまの…なに?」
ヨロワの問いにノピアが答える。
「一撃必殺の居合い切り…細月。いつ抜いたか見えなかった…」
まったく変わりのない体勢だった楼騎は幽月を抜いて始めて動いたように錯覚させる。『細月』の動きは誰も見えないほどに早かったのだ。
「ちっ…紙一重で避けたのが多い。全員気をつけろ」
それぞれが五体のBUGを相手にするという過酷過ぎる状況…せめてもっと力か援軍がいれば…!
楼騎が刀を振るうとヘルがピクンと入り口を見つめる
「ぼさっとしてるな。」
「反応感知…これは…人間?!」
「…何だと?」
予想外の返答に楼騎も思わず手を止めてしまう。体当たりをまともにうけて壁に叩きつけられる
『全員、防壁展開!下手な防御なら叩き斬るわよ!』
『エア!小域防壁展開しなさい!』
トークカードが二人分の叫び声を響かせる。五人は一斉に防御の呪符を展開する
「轟け!」
「凍てつけ!」
今度はカードからではなく耳に声が響く。その声を聞いてエアリアルは二人の人物を思い浮かべる…。
「『雷鳴』!」
「氷剣『白華』!」
黄色と青の斬撃が空間を凍らせながら猛烈な速度で走り抜ける。BUGと五人の隙間を抜けて二本の斬撃が全てのBUGを麻痺させ、凍結させる
トンネルの入り口方面から空中を走る機械が見えた。先頭を走っていた人物は手にカードを持っていてそれをすれ違い様に発動する
「風遊べ『疾風大鷲』!」
風を纏う双剣が一瞬にして全てのBUGを砕き、その姿を金の粒子に変化させる
後からやってきた4つの機械に乗った人物達に五人は掴まれて機械の上に乗せられた
「ゴミ拾いから要人警護まで、手広くこなす何でも屋、ご依頼品をお届けに来ましたー!」
黄色いワンピースに栗色ポニテの少女が笑いながら引き上げたノピアとヨロワに笑いかける
「Gから頼まれた『強い援軍』。しめて5人。全員『天界の守護者』よ」
青い髪の人物がそう続けた。栗色の髪の少女ととてもよく似た顔立ちをしていた…。
「せ…瀬名さん!御簾さん!」
御簾に抱かれたエアリアルが叫んだ。上級ランカーの最上位の存在と言っても過言ない憧れの二人がそこにいたのだ
「やっほ、また会えたわね」
「元気そうじゃない。心配して損したかも」
双子の姉妹は愉快そうに笑う。
そういえば一人忘れているような気もするがまぁいいやとエアリアルは思う
「言いたいことが一杯ありすぎて…何から言ったら…」
泣きそうになるエアリアルの肩を御簾は軽く叩く。慰めと元気付け。今は再会の喜びを語る時間ではない
「はい、ツバインのみんな!私は黒須。現在の敵の捕捉状況伝えるわよ」
後ろにちょこんと乗ったヘルが黒須を名乗った人物を観察する。
黒髪短髪、やや鋭い視線は仲間の司令塔といった感じを与える
「入り口方面に50!」
「黒須。嶺が帰って来たぞ」
まるでスケートボードのような機械に乗った嶺が四人に追いつく。
「酷いなぁ…置いてかないでよ」
瀬名と御簾は答える。
「「遅いわよ、ばか」」
「ばかって言うなー!」
フン!と鼻をならした嶺に先程黒須に話しかけた青年が声をかける。
赤髪赤目、さらには真紅のコートを羽織った青年は冷たく静まった目で瀬名と御簾を見る。その顔は並みの男子では勝てない程に整っていた
「俺と黒須で入り口側は押さえる。他は先に行った奴を追ってくれ」
瀬名が大丈夫かと聞いた。
「あぁ。」
「緋糸がやられるわけないでしょ、私がサポートするから大丈夫」
緋糸と黒須がそれぞれ答える。瀬名は頷いて二人に
「気を付けて」
と言った。二人は同乗していたヘルと楼騎に機械の操縦を任せる。なんでもアクセルとブレーキだけのつくりで特別な操作はないから安心してほしいとのこと
「じゃあな。楼騎、弟にたまには顔を見せてやれ。」
「待って〜緋糸〜」
二人は高速で移動を続ける移動用飛行機関『ライド』から飛び降りる
「リーダーは僕なのに…」
嶺が一人嘆いているが誰一人気にしていない。ここはエアリアル達も倣うべき…なんだろうか?若干人数の減った面々はようやく出口付近にたどり着いた。薄暗い闇の先には何があるのか…。
ライドが停止して、全員が地面に足をついた。
「さて…いよいよかな?」
嶺が暗闇を見つめて呟いた。
「メインコンピューター最深部」
「ラスボス手前のセーブ地点、ってとこかしらね」
三人は六人を見つめて、小さく笑う
「もちろん。って感じだね」
ヨロワが大きく頷いた。
「楼騎くん、私たちはあなたの指揮下に入るからね」
「名軍師の采配でも期待するわ」
瀬名、御簾がそれぞれ楼騎の肩を叩いた。
「待て。お前達俺を知ってるのか?」
三人は不思議そうに顔を見合わせるヨロワもエアリアルに何事かと聞いているが部外者にはわからない
「知ってるさ…。楼騎、君の家主も、想騎もね」
楼騎はそうか、と肩を落とす。
「二人は元気か?」
聞いて、舌打ちした。今の楼騎にはそんな資格などないのだと思い出したのだ
「…元気してるよ。今度伝えとくから…先に行こう」
ヘルが先頭を歩きはじめると前方から壁づたいに光がやってくる。今までの背景の時とは明らかに違う光がヘルだけを飲み込んだ。
「…あれ?いないよ」
「本当…あれ?」
子供達がヘルが居た場所を撫でるが何もない。忽然と彼女は姿を消したのだった…クロアは暗闇を抜けて、空洞にたどり着いた。ノイズが走る空間、縦も横も砂嵐が塗り潰した大空洞…。
その中央に、無限の高さから伸びている鎖を見つける。
手を後ろで縛り上げられたアレイアがそこにいた。
「アレイア!」
名を呼んで駆け出した。
部屋の中央までは遠かったがまるで気にもならずにたどり着けた
「おい、しっかりしろ。」
チャリ…と鎖が揺れて目の前の少女は目を開ける。そして、目の前の人物を見て笑う
―遅いじゃない。待ちくたびれたわ
声がない会話が聞こえた気がした。ただ口が動いただけだがクロアにはしっかりと聞こえた
「今外してやる。動くなよ」
アレイアは鎖の動きを止めた。クロアは白陰と黒陽を構えて意識を研ぎ澄ませる…
そして脆そうな場所を見極めて双剣の二閃を放つ。固い鎖に絡みとられそうになるが『腐蝕』を与え『結合』を封印する。
ギシッと軋んだが、砕けなかった…
「硬いな…まぁ、もう一度…」
―来た。
トクン、と一度だけ大気が揺れる。ノイズが荒れ狂うように巻き起こり砂嵐の後には二人分の人影があった
「ようこそいらっしゃいました。クロア様。アレイア様、ウィストレア様に代わりまして厚くお礼を申し上げます」
スッ…と頭を下げたのはエイド。BUG-エイド。
―エイド!ウィストレアをどうしたの!
アレイアが声を張り上げる。もっとも声が出ていないのは…何故だ
「少し意識を引き剥がしました。今は『ヘル』として第二の人生を歩んでいますよ」
―エイド!
「いい趣味してんな…この野郎!」
クロアは双剣を向けて怒りをあらわにする。アレイアも激昂して叫んでいた
「…わかりました。では、召喚符『幻想空虚・因果転換』」
巨大な光がエイドを中心にこの部屋の入り口へと駆け抜けていった
「…何をした」
エイドはそれには答えずに手にしていた杖を床に一度押しつける。赤い魔法陣が広がり、そこの中心に青白い光が現れる
球体状のその光はゆっくりと大きくなり、弾けた。
そこにいたのは、ヘル
「おかえりなさい。さあ、早速回収したデータを渡して下さい」
ヘルはそれを拒否した。
「私は…クロアの敵になりたくありません…。エイド様…」
「そうですか、では。」
極彩色の光が放たれる。
なんの躊躇もなく放たれた『ブレイク』はヘルのデータを壊し砕き引き裂いて彼女をデータの海に霧散させる
―ウィストレア!
アレイアが叫ぶと、エイドがにっこりと笑う
「ウィストレア様は今まで繋ぎ止めていた媒体が消滅されたのでじきに目を覚まされます。そんな目をしないで下さいアレイア様」
憎々しげに睨むアレイアの隣でクロアは叫ぶ。ヘルはお前達の仲間じゃないのかと
「…何を言っているんです?
あれは私が作った人形BUG、正規の存在ではありませんが消耗品としては十分な性能に仕上げました。ですが…作ってみて分かりましたがやはり邪魔な不確定要素は『感情』ですね。あれもまたクロア様に特別な感情を覚えていたようですし…。今度は排除して作成するとしましょうか」
それが何か?とでも言いたげな顔でエイドは二人を見つめる。彼は手を顔の高さにあげて周囲に霧散したデータを手のひらに集める。
そこに現れたのはフロッピーディスクを少し分厚くしたような記憶媒体MOディスク。エイドはそれを指で触れて中身を読み込む。
「ふむふむ…炎刺赫染、亜式の混沌幻影、なかなか興味深いデータの回収がされていますね」
そう言いながら頷いてエイドはアレイアに杖を向ける。どうやら何かをしたいようだ…
「少し緩みましたね、鎖」
パキパキと音がしたので見ると鎖についていた傷がみるみる修復されていた。すぐに叩ききるのは無理そうだ
「ではアレイア様、宴を始めましょう。夜のヴァルハラの大宴会を」
杖を持ち直したエイドにクロアは対峙する。不安そうに見ているアレイアに
「心配すんな、俺があいつを叩きのめせば時間ができる。そしたら邪魔な鎖を外してやる」
―…
アレイアは小さくうなずいた。
―わかった。負けないでね
クロアは声高らかに双剣の名を叫んだ。絶対に負けられない相手を前に全身が熱くなるのを感じた
「巡れ『白陰』、『黒陽』!あいつを潰す!俺に力を貸せ!」
「灯せ。幻燈『メディカラゴラ』、御母様に刃向かう人間に惑乱の幻影を」
二人の武器がその力を発揮して互いを牽制するように力を噴き上げる。すなわち『光と闇』『炎』の二つがこの虚空を満たす
「行くぜ!エイドォォォ!」
「お相手しましょう。馬鹿な人間!」
二つの武器がぶつかり合い、力の奔流が生まれた二閃が炎の壁を引き裂いて内側で杖を手に詠唱していたエイドはその攻撃を受け止める。そしてそのまま二・三言で詠唱を完了する。
「『ストームバーニング』」
クロアの足元を炎が円形に渦巻く。直感的に飛び退いて目の前で火柱になった魔法に舌打ちする。
―結構威力高いな…
少し大きめに距離をとり、最善と思われる呪符を選択して発動する。両手が使えないので空中に出現した呪符はその場で力を発揮した
「盾符『水幕』」
体を包む水の膜があらわれてクロアを炎から守る。熱も遮断する水の盾は一時的とは言え炎対策には有用な呪符だった
「食らいな!『地縛』!」
エイドの足下に黒い影が現れて両足を地面に結びつける。こんな場所でも一応地面の判定はあったらしい
「『地を走る蛇、我が足元より出で目の前の贄を喰らわん』」
ゾワッと背筋に悪寒が走る!
これは…白蛇と同じ召喚術、出されては厄介だ。クロアは双剣に命運を託す
「召喚『世界蛇−ヨルムンガルド』」
「白陰!能力封印『具現化無効』!」
発動された術に割り込んで無効化を試みる!白陰がメディカラゴラに触れて封印の力を使う。ジジジ…と二つの武器が震えて互いの力を反発させる
「くっ…何をしていますか!来なさい!ヨルムンガルド!」
「押し切れぇぇぇ!」
ビキン、嫌な音がして白陰が無理矢理封印の印を発動する
白い傷跡を刻み、一時的に術の起動そのものを封じた。大健闘の結果だっただが、やはり無理が祟ったか白陰に現れたひびから炎が散っている…。どうやら強引過ぎてメディカラゴラの力の一部まで取り込んでしまったらしい…
やや不安の残る姿になってしまったが今はどうしようもないので目をつぶるとしよう。
「なんて無茶を…私の術を封印したところであなたに勝ち目などないというのに…」
クロアはその言葉を鼻で笑う。
「ハン、そんなこと言ってると次は死ぬぜ?油断すんなよ、気を抜くなよ、俺に止めを刺されるまでな!
エイド!お前のしたこと…二人のBUGにしたことを後悔させてやるぜ!」
エイドはやれやれと肩を落とす。
「何を言っているんです?
アレイア様を拘束なさったのは御母様です。御母様に間違いはない…。使い物にもならなかったアレイア様が原因ですし、ヘルは私が作った模造BUG。失敗作は処分するのは当然でしょうに…」
三枚のローブが揺れる。何故分からないのでしょう、とため息をついたBUGが足に絡む地縛を破り自由を取り戻す
「紅く燃え上がれ。灰なる人間。大地より縛するは地縛の影、天より縛するは空鎖の戒め。さあさ焼き出せ『ヘル・プロミネンス』」
ジャラジャラと天より無数の鎖が現れる。それらは全て意思を持っているようにクロアめがけて猛烈な勢いで降り注いできた
「くっ…逃げ切れるか?」
ギシッと力を入れた足が動きを止める。見ると先程エイドに使った地縛がクロアの足を完全に固定していた
動かせない…。天と地の二つの拘束を受ければ次の攻撃で即死するだろう…
クロアは内包存在に問いかける
何か方法はないか、と
『クロア』は答えた。
―剣技
天から降り注ぐ鎖を二つの剣が弾き飛ばす。次から次へとくる鉄の塊を発動した呪符の力を使って『自分への狙いを反らす』。
天剣斬。ヨロワ達と戦った時に手に入れた呪符がまた役に立った。
鎖は一度弾かれると砕けて消えてしまうので上からやってくる鎖だけを破壊すれば容易に対処できる
今、100本目の鎖を破壊した。
「よそ見しないで下さい。まだ攻撃いきますよ」
エイドの前面に炎で描かれた魔法陣が赤々とこの空間を照らしていた。その陣は六芳星と正方形を縦横に二つ並べたものだった。
「焼き尽くしなさい『ヘル・プロミネンス』」
―ちっ
どうやらこのままでは詰みらしい。クロアは仕方なしに内包存在の『クロア』と同調する。一時的に『神影』して固有スキルを発動、『フギン』・『ムニン』に存在を二分する
「『隔壁』」
鎖を捌くクロアの後ろで『クロア』が巨大な火炎弾を受けていた。一メートル程度はあろうかと思われる炎は隔壁越しでもその熱量を感じさせた。
スゲー暑い
「ちょっとちょっと、こっち受けきれないよ?クロア!」
「うるせぇ!話しかけんな!」
少し前に200本目の鎖を破壊したクロアは、気が散る、と叫んでだいぶ落ち着いた数になった鎖を払う。
いい加減、腕が痺れてきた。天剣斬も効果切れ。もはや気合いと気力でギリギリ保っていた「クロア!」
「るせえって…言ってんだろぉ!」
白陰が手からこぼれ落ちる。
一瞬の間が空いて手に痛み…、捌き損ねた鎖が手を叩いたのだ。そしてそれは一気に筋肉を弛緩させて白陰を受け止めることすら出来ない
「貰いました!」
「させないよ!クロア!」
隔壁がはぜて火球がクロアを飲み込んだ。防御を捨てて撤退に回ったが故のあっさりとした結末…
エイドはそれを笑う。
「油断した…?違いますね。あなた達人間なんてこんなものです!自分達の思い通りにならないと滅ぼす。そんな愚行の結末に相応しいですね!」
「かも、な。ククク…」
クロアは笑いながら剣をエイドの肩にのせる。灰色の無骨な長剣だった。
「…生きてましたか。どうやって?」
「簡単さ。『神影』としてちょいと力を使っただけだ。んじゃ、あばよ」
ガキン、と振るわれた剣が止められる。どうやら…
「後ろを取り、慢心しましたか?」
烈火の如く怒らせたようだ。
「『空を覆う天涯、蒼穹貫く紅き地平。灰塵とする魔手はヤドリギでさえも逃れえぬ断末をもたらした』」
詠唱の雰囲気が変わった。より痛みを感じる破滅の詠唱に…
「『永久にその地に命なし』」
終わる。ほんの一拍の間が異様に長く感じる…嫌な気配だけは徐々に増しているのだが…
「第二解放『罪なす枝』」
杖が炎を吹き上げて炎上する。
みるみる杖が溶けていく。
メディカラゴラの『幻燈』など微塵もない上位解放…。亜式のような別モードではない完全なる進化…
「さぁ、いきますよ」
炎を払ったエイドの手に握られていたのは黄金の杖。先端に赤々と燃える炎を包むように存在する四本のくの字形の部分がクロアの顔面の前に現れる
「あぶねっ」
黒陽で受けたクロアは『神影』を解いて応戦する。こいつにデータを測られているのは感覚的に理解できていた。
だからこそ早めに解いて相手の出方を窺おう…。そう思ったのだ金と赤の光がクロアの喉元を掠めていく。どうやらエイドは手を抜く気はさらさら無いらしい。いきなり首狙いで来たのだからまちがいないだろう
黒陽一本で凌ぐのは辛いが…白陰はまだ使い物にならない。数分はエイドの術と同様に使用不可だ
「どうするか…。」
そう呟くとエイドがにこやかに答える。
「ここで消えるのはどうです?」
「寝ぼけんな、馬鹿が」
カチン、とBUGが苛立ったのがまるで手の上の出来事のようにわかった。
―にやり
クロアは悪い顔で何かを思いついた。なかなか面白い作戦が浮かんだのだ「やるな、そんなオモチャみたいな杖でよくもまぁそんなに動けるもんだ」
ガキン、と振り下ろされた杖を受け止める。杖の持ち主は素早く状況を判断して後退する。
クロアの表情が微妙に違うのに気付いて、やや警戒していた。
「ありがとうございます…それとも、ふざけるな?」
クロアは首を振る。
「どっちでも構わねぇよ。素直に感心してるぜ?オモチャみたいな杖でやるな…ってな」
「構いますね。『ふざけるな』」
再び炎が真っ直ぐ突き出されて、それを首を曲げてよけた。くるりと返された峰が頭を殴り、鈍い衝撃と星のような瞬きが襲う
体勢を崩したクロアにエイドは杖を両手で操って左右上下、回避場所のない連続技を披露する
「追撃『ディバンディバーン』!」
ぽう…と小指の先端くらいの炎球がクロアのヘソのあたりに現れる。それはまるでガラス玉のように透明で、爆弾のように危険な炎を内包していた…チリッと小さく輝いてその球は炸裂した。炎が吹き出し、熱が襲い、風が吹き飛ばそうとする!
「ゲホッ…ゲホッ!くっそ…」
何とかやられはしなかったクロアは口から溢れる赤い液体を拭う。『ヴァルハラ』は基本的には血の表現はないはずだが…。いや、この鮮明な痛みが生き死にの戦いを自覚させる。
―痛ぇ
心臓が高鳴る。一際大きく、うるさく!
―いてぇ…これが…アレイアの…ウィストレアの…ヘルの求めた痛みか
ゲホゲホと咳き込んで赤い水溜まりを作る。口を真っ赤に染めたその姿はとても異様だった
―俺は、まだ何も出来てねぇ!こんな場所で!こんな奴に引導を渡されてたまるか!
「俺は!負けられねぇんだよ!アレイアを、ヘルを、助けるまでは…こんな終わりは望んでねぇ!白陰、黒陽!俺の手に!」
二本の剣がクロアの手に出現する。ところどころ刃が欠けてたりひびが入ったりしている満身創痍の双剣…。クロアはそれに叫ぶ
「俺に…力を貸せ!お前達もそう思うだろ?巡れ!因果の端!無限と収束、対なる矛盾を抱いて力と成せ!」
エイドはその詠唱に驚く。
「まさか…こんな時に、こんな方法で次の名を?あり得ません」
クロアは双剣を手に、叫ぶ
「極限剣『矛盾交差』!」
トクン、とアレイアが顔をあげて呟いた。
―勝負あったわね…クロア パキパキと剣が一つになり、まるで黒い水晶のような結晶になる。仄かな光を発するこの塊は数分とたたずに砕け散った
内側より現れたのは…白と黒に塗り分けられた一本の杖。二つ、上下に伸びた刃が白と黒の光を照り返す…
「何ですか?その珍怪な武器は…。剣…槍?いや、杖…でしょうか?」
「…わかんね。まぁ、頼むぜ?『矛盾交差』!使いこなす自信はないが…」
どこからどう見てもテクニカルな武器。どちらかというとパワータイプのクロアには…向いていない。
それを手に取り、バトンのように回してみる…。うん、なんとか成功。
「倣うより慣れろ…だな。行くぜ?」
「戯言を。私に同じ系統の武器で勝てるはずないでしょうに…」
エイドは杖を弄びながら呟いた。年季が違う上に生まれた時から数々の戦闘情報が搭載されている彼の知識と擬似的な経験は人間ごときが容易く超えられるものではない。
ましてや、たった今、新しく手にした武器で勝つことなど不可能。エイドはクロアの蛮行を憐れんだクロアは両端に刃のついたまっすぐな棒を回して軽く慣れる。長さは三メートル弱。ニメートル八十センチといったところか。
重さは丁度よく、重すぎず軽すぎない完璧なバランス。重心は中央にあり動かすのには申し分ない作りだった
そして回転を止めて突き出す。
「おっと」
うまく避けられた。突きだしかたは槍に近く、
今度はそのまま武器の石突きの方を持ち上げて叩きつける。
こちらの感覚は剣に近い。クロアは今まで戦った相手の行動を思い返す…。『朱色』、『必中の神の槍』、『縫いつける百万余の軌跡』…『青竜』、『銀の煌めき』、『白陰』、『黒陽』、『ルージュ・アン』、『幽月』、『水映月』、『サディスティック・プリンセス』…。槍と剣と、そして杖の『メディカラゴラ』、『罪なる枝』の動きを思い描く。
全てが鮮烈に思い出されてその全てが『矛盾交差』を動かすイメージに変換される。
「そういや、Dが言ってたな…。『ヴァルハラ』はイメージの戦い、だっけか」
クロアは白い刃を突き出す。朱色は確か…一点を貫くオレンジの槍だったな。
「なっ!」
突然精度を増した突きがエイドを掠めた。当たらないと思っていたのに計算が狂ったか正確な間合いが掴めない
「フレイムズ・ティン!」
鋭く弧を描いた金の軌跡。名を呼ばれた杖が主の敵の首元を薙いだ。しかしそれは不発。後ろに跳んだクロアにかすりもしなかった…が、本来の狙いは威力をそのまま乗せた第二撃、返した先端での強打だ。クロアのこめかみを狙って出された強打が白い刃に阻まれる。
「能力封印『火炎』」
バン!と杖が弾き飛ばされた
まるで力を失ったような杖は所有者の三メートル後方に落下して乾いた音を立てる。
「『影閃斬・連』。」
一瞬にして二回の衝撃がエイドを襲い、杖の元に吹き飛ばす。
「ハッ!何だよ、弱いな」
「…よくもやりましたね」
隔壁で刃は阻んだものの、衝撃は殺しきれなかった…。ズキズキとした痛みを意識しないようにしながらエイドは力が封じられた杖を手にとる。ニ・三言呟いてみたが反応はない。
「…武器の存在観念にまで干渉していますか。なんとも卑怯な力ですね」
「そうだな。俺もそう思う」
くるくると白と黒が円を描く。今のままでは…。エイドはウィストレアへと手を向けて、叫ぶ
「我が傀儡として起きよ、神影の殉教者!」
大気が大きく揺れる。意識が無かったウィストレアに無理矢理擬似的な意識を埋め込み、目覚めさせたのだ―ウィストレア
アレイアが呟いた。
「…お前は、ウィストレアか?」
ゆっくりと立ち上がる少女に問いかける。
「…えぇ。当たり前よ、クロア」
パキパキと彼女の手元に武器が生成される。それは巨大な鎌で…黒く畏怖の念を刻みつける迫力を持っていた
「ウィストレア様、やりますよ」
「はい、そうですね」
エイドの指示に頷くウィストレア。何か変だ…
「ウィストレア。お前、正気か?」
「あたりま…え…っ、目眩が…」
彼女は軽く頭に手をのせる。
BUGにも目眩とかあるのかとか思ったがクロアは手にした武器を操って二人を攻撃対象としてロックする
「悪いが、アレイア救出の邪魔するなら叩きのめすぜ?ウィストレア」
ヒュンヒュンと風を切り、武器を止める。だいぶ手に馴染んできた。クロアは矛盾交差を体の後ろに持ちながらウィストレアに挑む
長物同士、ロングリーチを失わないように気を付けながら互いの武器の間合いを見極めて武器を振るった金属がぶつかり合い、素早く二色の光が離れて激突する
クロアは槍の技法を中心にうまく上下の刃を切り換えながら大きな隙を作らずに連撃する。ウィストレアは長い鎌を巧みに操りそれを迎撃、返された刃を石突きで弾き返してクロアのよろけた一瞬に魂を刈り取ろうと黒い斬首を放つ!
後方に宙返りして回避。クロアはニ撃目の斬首を黒い刃で払う。
「能力付与『自傷』」
武器を振るう度に自分の体を傷つける力を与えた。時間としては長くは効かないが…暫くの間相手は攻撃しにくくなる
「矛盾『光の軌跡』!」
無数の細い光が照準器のようにウィストレアの体に照射される…。これはこの技法の下準備、次の呪符でその照準に攻撃を命中させる。
「連舞『闇の追走』!」
二枚の新しい呪符の力を発動する。クロアは武器を器用に、そして巧みに操って正確無比にウィストレアに点る光を打つ
その速度は目では追えず、ただ一瞬視界に黒い影が入ったようにしか見えない
「死出鎌『是無空開闢』」
ウィストレアの足下に突き出された鎌が空間と物理法則を無視してクロアの足下から突き上がる
「ぐっ」
鎌の刃の反対側、割と小さな金属部分がクロアの顎を打つ
「浮錬鎌『迎慧墜煉』」
空間位置を無視したまま鎌が振るわれる。柄が顔を打ち、後方まで下がった鎌が引き戻される
「私だってあなたやアレイアには負けられないのよ」
鎌が首へと引かれた
後ろへ逃げれば即座に殺される状況でクロアはウィストレアに突進した。
「いたっ!」
「正気じゃないんだな…お前。ならば容赦しない」
鎌の柄を握り、動きを封じる。
「『天鎖の網―六花錐』」
鎖が六角形の底辺を上空に作る。
そして各頂点から鎖が伸びて錐の形になる。内側に封じ込められたウィストレアは小さく舌打ちして鎌で防壁を殴る
ガン!ガン!と叩かれても防壁は何事もないように平然としていてウィストレアは小さく舌打ちする
「アレイアの術ね?よくも…」
「…呼び捨てか。まぁ、当然なのかもな」
正気ではないウィストレアに今は何を言っても無駄。クロアは武器を軽く振ってエイドに向き直る
「…。予想より若干早いですね。」
「当てにならない予想だな…。BUGならBUGらしく演算してキッチリ求めな」
売り言葉に買い言葉。互いに牽制しつつそれなりに苛立っていた。
睨み合うこと十秒。パキンと武器が鳴った
赤い光が飛び出してフレイムズ・ティンに吸い込まれていく…。どうやら封印の時間切れのようだ
「今のあなたを倒さなければ我々に多大な不利益が生まれそうですね…。仕方ありませんが、本気を出させて頂きます」
チャリ…と杖が水平に持ち直されて顔の前に持ち上げられる…。炎に照らされた金の輝きが灰色と表現すべきこの異空間に鮮烈に輝く
「『神影なる力を解き放て。我はここに金の雄鶏を屠して災厄の枝を手に入れる。金色の尾羽を手に、我はアースガルドの神となる』」
罪剣『レーヴァティン』
―――――
あとがき
―――――
こんにちは、白燕です
今回のお話は楽しんでもらえましたか?
まえがきの通り、ちょっと長くなるので一旦区切りました(^^;
長い間やりたかった戦いだから楽しくてつい…初期案では無かったり、途中で断念してた『矛盾交差』まで出してる辺りやりすぎたかも…とか思ってます
終端へと向かう物語、もうしばらくお付き合いくださいませ
――あとがきおわり――
ってな訳で紹介コーナーミニ確保ぁ!
二人分手早く行くぜー!
『緋糸』
旧作リバイバルキャラ。赤コートのクールガイ。
武器はまだ出てないけど炎系。
ちらっと出ただけだから書く内容がないちょっと捨てキャラっぽくなってしまって不遇
『黒須』
旧作リバイバルキャラ。ツンデレとは言えないツンデレ。むしろツンベタ
大分前に名前だけは登場、今回ようやく姿が出せて本人はちょっと嬉しそう
武器は…まだ出てないけど、弓
ちなみに某携帯戦略ゲームでアチャやってるキャラは昔の彼女
本人いわく「平行世界の住人よ」