第二十二章 神影―神の道化と戦姫
二十二話です!
今回はいよいよやりたかった事の一つがようやく実現…。なかなか『神影』の名前が出せなかったから楽しかったな〜
ネタバレになるから話を変えますね
今回の話のお断り、
『北欧の方々、怒らないでください(^^;』
とりあえず神話についてやってるから(一部名称だけですが)何かしらあるかもしれませんが…独自解釈を元に大分再構成しなおしています。
だから…ね?f^_^;
ではでは、本編へドゾー(ノ>д<)ノ
一斉に手を突き上げ、叫ぶ。
楼騎を筆頭に、エアリアル、クロア、ノピア、ヨロワがそれぞれ手を降ろして笑う。エントランスは閑散としており、入り口のガラス戸には『臨時メンテナンスのため、本日臨時休館』という張り紙が張られていた。
「まずは…ロンドン支部からか。全員、会場に移ろう」
ぞろぞろと会場へ移動を始める。
「ねぇねぇ、クロア」
「…なんだよ」
エアリアルはクロアが手にしている物を指差し、聞く。「そのパック、あけないの?」
クロアは手を見下ろし、あ、と呟く。そういえばすっかり忘れていたクロアは一度手をかけて、やめる。
「後でにする。今は置いとくとこがないからな」
クロアはポケットにパックを滑り込ませ、先を促す。会場に入った三人は既にステージ上で暇そうにこちらを見つめていたのでエアリアルも仕方なく会話を終了する階段下に職員はいない。メンバーはもはや決まっているので確認する必要は皆無だ。クロアはエアリアルよりも先に階段に足をのせる。
階段はやや薄暗い。ただでさえ暗い会場の照明が必要最低限にまで絞られているからか多少足元が危ない。
ゴムで覆われた配線が縦横無尽に壁を伝い、奥のスタッフエリアにまで伸びている。このケーブルの行き先はおそらく中央管理室なのだろうとクロアは予測する
「揃ったな。」
楼騎が登りきった二人に話しかける。
彼は暇そうにしていたノピアとヨロワを呼び寄せ、端末に座るように指示し、二人にも同様な指示をする。
三人は手近な椅子型端末に歩み寄り、座る。
ガシャン、と内部機関が稼働して手を、足を、頭を固定する。
意識がゆっくりと遠退いていき、自分自身の体から切り離されるのを感じる…。最初の頃は嫌な感覚だったが、次第に心地よさすら感じてきたこの奇妙な感覚はなんと形容しがたいことか。クロアは最後の意識の小片でそう思った…ザザザ…ザザザザザッ…
身動きのとれない身体をノイズが歪ませ、奇妙な感覚に不快感を覚える。
アレイアは、天から地から縛する鎖を揺らしてもう何度目かの脱出を試みる。
「無駄ですよ。その鎖は『神影』にしか破れません」
エイドは小さく忠告した。
三枚のローブが揺れて、アレイアはこの男が身動きしたのを理解する。
「…私は、『神影』よ」
呟いたアレイアにエイドはゆっくりと首を振って、違います。と言う
「あなたの全ての権利はウィストレア様に譲渡されました。今のあなたは『神影』どころかその呼吸すらもウィストレア様の承諾が必要なのです。
あの方がその権利を停止すればあなたは即座に呼吸ができなくなり、絶命なさいます」
アレイアは馬鹿げてるわ、と呟く
「…そうですね、お姉様」
ザザザ…ザザッ、ノイズが走り、その中心に黒い服を着た少女が現れる。その姿にアレイアは目を見開くほどに驚いた
「…私、がいる」
アレイアはウィストレアの容姿が自分にあまりにも似ていて一瞬気が遠くなりかけた。どうにか後一歩のところで卒倒は耐えられたが…
綺麗な銀髪、紅い瞳、黒い衣服。その全てが彼女、アレイアの色違いなのだ。
「…何者よ、アナタ」
ウィストレアは僅かに目を伏せ、上げたときには形容しがたい怒気を孕んだ瞳が真っ直ぐアレイアを貫いた。
「お姉様のバックアップ。『BUG-01ew』。今の名は『ウィストレア・アレイア』」
アレイアは絶句する。まさか自分の名を語る者がいようとは…。意識せずとも笑いがこぼれる
「何言ってるの?私が―」
―。あれ?
「―、―。―!」
声が出ない?いや、そう言うよりは…
「無理です。お姉様、今のあなたにはその名を口にする権利はありません」アレイアは、何?と思わず聞き返す。その名を口にする?だから私は―、
「今、『アレイア』は私。お姉様には何の名も存在しません」
それって…と口にしようとして一瞬にして現れた鎌が彼女の首に添えられる。鎌は身が黒く、刃だけが鋭利な銀光を照り返していた。
「それ以上喚くならば、その首、もらい受けます」
「っ…」
首に触れるか触れないか、その絶妙な位置に置かれた鎌だけで今の彼女には勝てない事を感じ、沈黙する
「…。ひとつ」
ウィストレアの言葉に名もない少女が顔をあげる。
「…私の言葉に従うのならば、代わりにひとつだけ願いを叶えましょう。御母様に鎖は解くなと言われています。それ以外ならば、何でも」
エイドはウィストレアの提案に眉をひそめる。今、彼女はアレイアだったBUGに取引を申し込んでいる。そんなもの…
「ウィストレア様、そのようなことは御母様が許されません!」
「黙りなさい!エイド!」
声を荒げ、エイドに発言を許させない。ウィストレアは名を奪われた少女に、何かある?と問う
「あたりまえよ…」
弱々しく、だが目には危ないまでの鋭さを持った少女は言う。解放?自由?そんなものには興味がない。言うのは―――スッ…と意識が降り立つ感覚に、クロアは目を開ける。ここはロンドン支部のイベントエリア。現実世界を切り取ったような、そんな場所。
「わー!すごい大きなとけい!」
ヨロワが天高く聳える時計搭を見上げ、感嘆の叫びをあげる。まぁ『ビック・ベン』だから間違ってはいない。
「ヨロワ、向こうに観覧車!」
テムズ川を渡る橋の先、やや左側。大きな円形建造物がまるでこちらを見下ろすように存在していた。
「ゆうえんち?」
キラキラと輝く視線がクロアをジッと見つめてきた。
「遊びに来たんじゃない。」
楼騎が却下したが、クロアは、いや、と呟く。一応指揮をとっていた人物はムッとクロアを見る
「行ってこい、ただ、BUGには気をつけろ」
二人の幼子は一度暗くなった顔を再び輝かせ…いや、前よりも輝いた笑顔で橋へと全力疾走を始めた。
タタタタタ…と走って数秒で、ヨロワが転んだ。ノピアがすぐに助け起こして再び全力疾走で橋を渡りきったそれを見ていたエアリアルは、にこりと笑いながらクロアを覗き込む。
「何だよ」
「ううん、ちょっと意外だなぁーって」
ねぇ、と楼騎に賛同を求めて
「そうだな。」
短いながらも同意の意見が帰ってきた。
「別に、ガキが邪魔なだけだ」
ふん、と鼻で笑ったクロアをエアリアルは即座に虚勢だと見抜いたが…あえて何も言わなかった。
からかえば面白いのだが、やはり後が怖い。彼女は一度クロアに片目を閉じてアピールした。
「ふぅーん、へぇー」
かなり邪魔だ。クロアは無視して橋と、川沿いの道とを繋ぐ十字路へと歩いていく。エイドが現れたのは…
「ここだな」
クロアはタンッ、と一度地面を蹴る。
意味はない。ただ無性に腹がたった。
「…くそっ」
周囲を見回しても何も手がかりになりそうなものはなかった。
クロアは肩を落として
「…ん?」
何かに気付いた。一方、二人の子供もある種の大事件に遭遇していた。
回るゴンドラを開ける人がいなかったのだ。
「ど…どうしよう、のれないよ」
ヨロワが姉を揺すると、ノピアが弟をガッシリ掴んで、大丈夫。と頷く
「取っ手を引けば大丈夫…いくわよ!」
ガチャ、ガー
取っ手を引き、扉を開ける。
ガラスの天蓋の下に並んだ二つの椅子。たいして座り心地のよくない席に
「お待ちしておりました」
キリッ、とメイドが座っていた。
「やめましょ」
ガー、ガチャ
扉を閉めた。
「ま、待って」
ゴンドラから声が聞こえて、ノピアはこれ以上ないくらいの笑顔で答える
「嫌。」
「…」
あまりの返答にメイドは固まり、数メートル上昇してから自らに仕える妖精を呼び出した。
「砕いて『リビングフェアリー』」ゴンドラの一つが砕けた。
ノピアは半歩後退しながら武器である短剣、『銀の煌めき』を解放して頭を守りつつヨロワを背中にいれる
「ωαο!」
妖精は一度天高く飛び上がり、手に二つの光球を集束させる
「ストップ!」
メイドが鋭く叫ぶと妖精は光球を投げ捨てる。落ちた先の建物が崩落したが彼女は意に介さずに二人に頭を下げる。なんとも完成された仕草にノピアは何故だか負けたような気分になる
「このエリアにてサポートを任されました『リゼ』と申します」
「えっと…ぼくは『ヨロワ』、あっちが『ノピア』お姉ちゃん」
ヨロワが勝手に名乗り、リゼは二人に軽く会釈してよろしくお願いします。と頭を下げる
「クロアおにいちゃんたちはむこうだよ」
ヨロワが橋の先を指差し、リゼは分かりました。と答える
「…ですが、お二方に聞きたいことが」
ノピアとヨロワは顔を見合わせた
「なんですか?」
「なによ」
言葉にほんの少し警戒の棘が含まれる。リゼは何のことはありません、と前置いて二人に今していることの危険性を知っているかと聞く
「一歩間違えればどうなるかわかりません。死ぬかもしれない戦場であなた達は戦えるのですか?」
二人は即答する
「「もちろん」」
何を今さら、あたりまえだよ、と二組の視線がジッと見つめる。どうやら…
「私の見込み違いでした。あなた達は既に立派な戦士ですね」
にぱっとヨロワが笑い、リゼも少しだけ表情をやわらげる。それでも残る凛とした雰囲気にノピアは嫉妬に近い何かを感じる
「お姉ちゃん?」
ヨロワが覗き込み、ノピアはなんでもないわ、と首を振る。それでも複雑な感情入り混じる表情のままノピアはリゼを見つめていた
「…Mr.クロアと合流しましょう。あなた方も信用に値する人物だと認識しました。ひき止めるのは不当でしょう」
リゼが橋に向かって歩き始める。上空からすぃー、と降りてきた妖精がその背中に背中合わせに張り付いてちょいちょいと手招く
ノピアはヨロワの手を引き、その奇妙な後ろ姿を追った三人と妖精が橋を渡りきったとき、クロア達三人は十字路の真ん中で何かを話し合っていた。断片的に会話が聞こえたが言葉として認識するのには苦しい程の声だ。
「おにいちゃん!おねぇちゃん!」
ヨロワが叫び、三人が振り返る。
三人はなんか増えた観覧車組に呆気にとられ、クロアは数時間ぶりとはいえまた合うことになったリゼに驚く
「数時間ぶりです、Mr.クロア」
「そうだな、リゼ」
楼騎はパチッと空気の何かが弾けるような感覚が走ったのだが…実際はなんともなく、この二人の異様な威圧はなんなのかと内心首を捻る
「数時間前はいつの間にか置き去りにして頂きありがとうございます。」
「俺も半分無理矢理引き戻されたんだ…文句言うな」
ムムム…と睨むリゼの視線を片手で防ぎながらクロアは言い訳する。無言でズイと踏み出した美女の前で何故か普段より小さく見えた。
―やれやれ
頭の中で声がしたような気がした。
「やれやれ、見てられないわよぅ」
ずずい、とエアリアルが二人の間に入り、
「ここは一つ許してあげて?ねっ」
「クロアの謝罪があれば」
パチッと火花が散った気がした。
何か言いたそうにしていたヨロワの口を塞いだノピアは
(これが、大人の戦い…!)
盛大に勘違いしていた。楼騎が介入し、数分後にどうにかこうにか二人は矛を収める。
クロアが
「悪…かった」
ととても歯切れの悪い謝罪を半ば強引にエアリアルが認めさせて一応は事態を終息させる。
「…で。だ。」
楼騎はようやく質問ができる環境になり、リゼに質問する。
「『リゼ』、上級ランカーのお前がどうしてここにいる?今は一般プレイヤーはログインされていないはずだ」
クロアは楼騎が上級ランカーだと言った少女に視線を向ける。そういえばコイツの正体なんか気にした事もなかった。
…所詮、数十分の関係なのだが
「私は実力をもってこの地に派遣されました。私のシマ…えっと、テリトリーは守ります」
楼騎はほう、と驚きの仕草を見せる。エアリアルもまた同様に驚き、妖しげに笑う
「『ツバイン』ですらないのにここにいるの?あなたは」
エアリアルの言葉にリゼは少し言葉を選びながら
「はい。Ms.エアリアル。私は純粋にBUGを圧倒する力を評価され、ここにいます」
ふぅん、と呟いたエアリアルは楼騎に目配せして彼は頷く。
「ならいいわ。只のでしゃばりならば容赦はしなかったわよぅ?」
「…でしゃばり?わかりません」
流石に通じなかった日本語をエアリアルは気にしないでと流す。結構酷い事を言っていたのにあんなに簡単に話を終わらせるとは…
「女って恐いな」
「なんか言ったぁ?」
別に、と答える。あれ?なんでこんな話になったんだっけと思いついた時クロアが先程気付いた物についての話に切り替わった
「それは、本当でしょうか?」
リゼがエアリアルと楼騎からその話を聞き、やや疑い…というよりは信じがたいという面持ちで丁度自分達がいる場所の真ん中を見つめる。
そこには、ほんとうに小さな歪みがあった。注意していても言われなければ気付かないような糸屑程度の半透明な歪み…。日常では顕微鏡で見た世界にあるような質感だった。
「日常では顕微鏡なんて見ねぇよ」
「?、クロア何か言った?」
「いや、何でもない」
思わず口をついた言葉にクロアは自分を恨めしく思う。いつかの復讐だ、クロア。
「十何話も前の話だろ…」
また口をついた言葉にいよいよ苛立つ。地の文へのツッコミなんて必要ない。自分にそう言い聞かせて歪みに手を触れる。「クロアが見つけたんだけど、どーやって気付いたのかしらねぇ…」
「それは、作戦名に起因するのでは?」
作戦名は
「クロアを餌に愛の力で釣っちゃおう」。いや、でも…
愛の力ではないわね、と思考していたエアリアルは自分の前をゆっくりと進む手に気付いた。クロアの手が歪みにちょんと触れる。
ピキッ
世界がひび割れるような音が聞こえた。
「全員警戒。武器を持て」
楼騎が素早く指示を出してクロア以外が武器を手元に出現させる。
―来る
頭の中でまた声がした。
世界をノイズが滅茶苦茶に掻き乱し、嵐のような雑音に聴覚をギリギリまで認識しないようにコントロールする。
全員が陣形を組んだ中央に、三枚の布がふわりと揺れた。
「『ツバイン』の皆様、お揃いのようですね」
眼鏡を押し上げた青年はよく通る声でそう言った。クロアはやや姿勢を低くして自分と触れあいそうなくらい近くにいる敵に警戒を怠らぬように注意しながら無手の構えをとる。
若草に教わった、武器が手元に無くなった時の緊急用バトルスタイル。無手ではあれどそれなりの牽制になる。
「…私はお話があって来たのですが」
冷静に、武器などを手にした総勢六人の中心で彼は淡々とした表情で話しかける。
「名を名乗れ。」
楼騎は最低限の礼儀を要求する。
「失礼、私はウィストレア・アレイア様の従者、名をエイドと申します。」
エイドはクロアとリゼを見て、楼騎を見る。
「俺は楼騎。コイツラのまとめ役だ」
簡単な自己紹介が終わる。敵同士の名乗り合いにしては妙にパーソナルデータが多い気がした。
「ここに何のようだ」
まとめ役が聞き、従者が答える。
「私の、前の主の伝言を伝えに」
前の主?
クロアは少しだけ構えを緩める。コイツの主はアレイアじゃないのか?
「主はウィストレア・アレイア様ただお一人。前の主はウィストレア様と取引し、その存在観念全てを譲渡なさいました。」
「お前、何言って」
クロアが掴みかかると、
「『クロアに手を出さないで』。それが、今は名を奪われたアレイア様の最後の願い。ウィストレア様はクロアが我々に干渉しない限り一切の関与、及び干渉をしないと確約されました。」
クロアは動きを止める。
何だそれ、その言葉だけが無限に頭の中に残響のように響いていた。
「クロア以外には、今すぐご退場を願いましょう」
エイドは指を弾き、パチンと鳴らす
ザザザッと走ったノイズが一行を取り囲み、嵐が晴れたときには巨大なBUGが四体、四方を囲むようにして立ち塞がっていた。
「上級のBUGか。」
幽月を構えた楼騎が相手の力量を目測する。体格、雰囲気、弾き出された勝率はとても低かった。
「うわっでっかーい!」
「ヨロワ、はしゃがない!」
幼子達は短剣を片手に数枚のカードをあらかじめ準備しておく。相手の動きを見てから、確実に罠で仕止めるのがこの二人の戦術だった
「私が一体仕留めます。Mr.楼騎、Ms.エアリアル、一体ずつお願い致します」
リゼがリビングフェアリーを右手にのせてまるで拳銃かなにかのようにBUGに突きつけて叫ぶ。楼騎も
「いいだろう。」
エアリアルも
「おっけぃ」
幽月、フランメリーゼを構えて答える。
「クロア以外。行くぞ」
楼騎の号令で五人は一斉にBUGに向かって行った。―トクン
クロアはいつの間にか暗い部屋にいた。その部屋には何もなく、ただ一人だけが鎖に縛されていた。
「…クロアには、手を…」
どこかを見ていて、どこも見ていない名もなくなった少女がうわ言のように呟いていた。自分以外の人間の命ごいをいつまでもいつまでも呟いていた。
「―!」
声が出ない。
いや、彼女の名を呼ぼうとしてその声が相殺されたような奇妙な感覚だった。
だが、それでも彼女は気付いた。かつて自分の物だった名にちゃんと反応した。「クロ…ア?」
弱々しく現実かを確かめるように彼女は呟く。でも実際は夢や幻でも関係はなかったのだろう、自分の最期を好きな人が看取ってくれるのは…名を奪われ、全ての権利を剥奪されたのに最期がこれならば…
「悪く…ないわね…」
スッと目を閉じ、この世界にいるのかは知らないが死神に思いを馳せる
完全に弱気になった少女にクロアは起きろ、と叫ぶ。
「今度は俺がお前を助ける。だから生きてろ!必ず全部取り戻してやる!」
実際は全て掻き消されていたので聞こえていたのかは定かではない。だが、少女は呟く
「わかった…クロア」
ジジジ、とすぐ隣に『クロア』が現れる。
今の自分を形作る。内面存在にして助言者でもある、『ヴァルハラ』の存在だ。
「彼女は『神影』の鎖に囚われているよ、君は彼女を助けたい?」
クロアは当たり前だ、と答える
「なら、また選択肢だ。」
すぅ…と現れたのは二つの光。どちらもよく似ていたが彼はどちらか選んでと促す。
「右は『神』を司る力、左は『影』を司る力。どちらもその力は絶大。さぁ、『箱』と『鍵』を選べ!」
パリン、とガラスが割れるようにして世界が砕けて消え去る。まるで選択肢を確認させないかのように光が消えていく…神と影、箱と鍵、意味不明の選択肢を手探りに選び、クロアは無明の闇の中心でその選択を叫ぶ
「…見事に身動きしませんでしたね」
砕けたアスファルトの土ぼこりを払いながらエイドは地面に座り込んで放心していたクロアを見つめる。
四方を囲むようにして立ちはだかるBUG達は未だに戦闘を続ける自分よりも遥かに小さい人間を邪魔そうに振り払い、極彩色の光線を放つ。
「チッ」
射線上にした楼騎は数枚の呪符で防壁を作りながらその破壊の光から身を守る術を完成させる
「…しかし、この程度で心が砕けるとは…人間とはなんと情けない生物でしょうか」
エイドはクロアを哀れむように見つめる。だが、目の奥にある軽蔑の眼差しは隠しきれていなかった
「闇払え」
ポツリと聞こえた解放の言霊。エイドはこの男から聞こえた言葉にピクリと反応し、自分の武器を解放するかと躊躇する
「『神となる神影の選定』」
クロアの体が激しいノイズに包まれる。内部のデータを書き換えるその異様なノイズはクロアの網のようなモデルまで浮き上がらせる…。あのモデルは人間でいう骨格のようなもの、それにまで干渉をしているこの事態はただ事ではない、
エイドはやはり武器を抜こうと身構える。
「下がりなさい」
天空より彼の主の声が響いた。空高くから鎌を構えて落下してくる黒衣の少女は内部データの改変処理を行なうクロアにその鋭い尖端を振り下ろす。
キィン…と残響が残る反射がおこり、クロアは一切の攻撃を受けていない。
「『神影』の名を持つ人間、まさか、そんなものがいたとは…」
鎌が通じないとわかると銀髪灼眼の少女は退く。退却ではなく、退避。
「幻燈」
エイドの手元に炎が集まり、手のひら程度の渦を巻く。彼はそれに向けて名を告げる。
「『メディカラゴラ』」
炎は姿を一本の長い杖に変えて所持者の手に収まる。淡いオレンジの色合いで先端は緩やかに内側に向けて弧を描いている。
その中に柔らかな光を発する炎が内包されており幻想的な美しさでエイドを照らしていた。
「炎杖『火刑』」
杖を向け、術を放つ。
内包されていた炎がクロアの周囲の空気を発火させて円形に燃え上がる
周囲に散る面々からクロアの名を呼ぶ声が聞こえたがエイドは全力で最大火力にまで引き上げる。
「…」
天まで焦がすような火柱になった『火刑』は制御すらも困難な暴れ様を見せつける。路面を焼き、建物を焼き、川を焼く。大気すらも呼吸すれば肺を焼く程の熱を帯びる
そのまま数分、エイドは火葬の手間を省くのか焼き続けた。
「クロア…」
エアリアルが燃える柱に呟く。
全身から力が抜けてストンとその場にへたりこむ…
「ギギギ…」
BUGが巨大な拳を振り上げてエアリアルを押し潰そうと力を込める。ヨロワが、リゼが、楼騎が、ノピアが逃げろと叫び、エアリアルは力なく『火刑』を見つめる
「…」
エイドは無言で炎を消す。
赤く溶けてアスファルトなのか地面なのか、はたまた別のものなのか分からないくらいにドロドロになった場所にクロアの姿はなかった。
「そん…な」
ゴウという風鳴りと共に拳が振り下ろされ、エアリアルがすっぽり収まるほどに巨大な影が彼女を押し潰した。―トクン
一度、鼓動が聞こえた気がした。
眩い銀光が煌めき、BUG四体を白い線が結ぶ。
「…生きてましたか」
黒衣の少女がエアリアルの隣に現れた人物に話しかける。その人物は手にした長い剣を静かに下ろして答える
「僕を呼んだろ?」
青碧の衣服が風になびき、クロアによく似た声で、よく似た笑いを浮かべる。
「…御母様の予測の通り、現れましたね」
少女は鎌を握り、敵意を向ける。
「くくく、僕はそう簡単にアイツには捕まらないよ。お前にもな、ウィストレア」
飾りもない、シンプルなナイトソードは刃が白と黒に別れており、二メートル近いその剣をこの人物は軽々と片手で持ち上げる。
「いや、ワルキュレアか?」
その言葉にウィストレアは嫌そうに顔を歪める。嫌悪、というよりは何故という意味合いの拒絶。この人物には何故か隙がなく武器を振るうのすら躊躇いたくなった。
「その名を知っているのなら」
ウィストレアは瞳を閉じて小さくうつ向く。
「我が下にひれ伏せ!」
ウィストレアの体がパリンと割れ、鏡を裏返すようにしてその割れた破片が再度人の姿に変わる。
黒衣に、銀髪。灼眼は変わらずとも手や胸や足に現れた鎧が異様なまでの不気味さを生み出した。
「『箱』を『鍵』があける。我は『神影』のワルキュレア。今、私が世界の王となる!」世界が歪む。波打つように景色が歪み、何も模様のない白い地平線に変わる。
無意味に広大な、白い部屋。だいぶ離れた先に縦型長方形の影が見えた。
「え…ここどこよぅ?」
「ヨロワ、離れよう」
二人の女子が困惑気味に後退する。
楼騎は手に何も持たず、悠然としているウィストレア…いや、今はワルキュレアらしい人物を見る。
「武器を持たずに無手で…か。僕もそれで受けよう」
二メートルはあろうかという鉄の塊を放り投げる。まるでそれが合図のようにワルキュレアが走り出す。
腕を覆う金属装甲、ガントレットのストレートが青碧の人物を捉える。
タン、と軽くその一撃を止めてクロアによく似た人物はその腕を捻り上げる。ワルキュレアもその行動を予期しており捻られる方向に手を使わずに側転する。
「…がら空き」
頂点に来たとき、彼女は目の前にある頭めがけて上から蹴り上げるという体勢で攻撃を仕掛ける。
「甘いよ」
掴んでいた手を解放し、落ちてきた足を首の動きだけで回避する。
「無手『単打』」
素手の一撃は彼女の隔壁により防御される。空中を滑るように衝撃で後方へと飛んでいく少女を追うように彼は走り出す。一度軽く跳んで空から落ちてきた長剣を手にすると目があったワルキュレアに剣を振り降ろした。
キン、と金属どうしがぶつかり合い剣に鈍い衝撃が伝わる。
ワルキュレアの手にはいつの間にか槍が握られており、その柄の部分で彼の剣を受け止めていた。
「やりますね、オーディスタ」
オーディスタと呼ばれた、クロアによく似た人物はお前もな、と返す。
「ですが、御母様は許されません。この『ヴァルハラ』に二人の『神影』は必要ないのですから」
スッ…と掲げた手に先程の槍が握られている。特にこれと言う特徴はないのだが…彼女が名を呼んだ途端クロアはその考えを撤回する。
「『戦乙女の槍』」
槍の尖端に炎の輪が現れ、回転しながら槍の動きに合わせてオーディスタと呼ばれた人物に襲いかかる。
回避、三歩後退、剣を構える。それを一秒程度で終わらせてオーディスタは突き出された槍の先端を切っ先で受け止める。
「『戦乙女の槍』か…。なるほどお前はこの世界の管理人と洒落たか?」
「オーディスタ、主神の影の道化が何を言います」
二人は武器を引き離し、素早く振るう。オーディスタは下を薙ぎ、ワルキュレアは上を薙ぐ。
両者はしゃがみ、飛び上がり回避する
見ていることしかできない戦いを前に楼騎は小さく悪態をつく。
「あいつら、一撃死の威力で殺りあってるな。どんな化け物だ」
振るわれた武器の衝撃が轟風としておそいかかる。彼らがこちらに殺意を向けていたのなら今の風は全て見ていたものを斬り刻んだだろう…。殺意が互いに異様な存在にしか向いていないのは最大の幸運なのだろう。
振り上げられた剣が槍によって弾かれたが上手く立ち回るオーディスタが槍を逆に叩き上げる。彼らに体力の概念は存在しないのか、呼吸を乱さずに戦い続ける二人に僅かな畏怖を感じた。
「化け物だな。こいつらは」
ノピアが小さくうなずいたのは誰も見ていなかった
「槍技『リングフレイム・オブ・ケルベロス』」
炎の輪が広がり、槍を中心に幾何学的な模様を描き出す。まるで木のような模様を中心にいくつもの小さな絵が炎で描かれていく。
それは見るものを魅惑する芸術。そして、滅びの炎を携えた絵。
「業火に焼かれよ、道化!」
道化と呼ばれたオーディスタは剣を炎に向ける。その絵をすこしなぞるように剣を動かすと小さく諦めたように笑う。
「そこの娘、槍を持っているだろう」
エアリアルに指だけを向ける
「へっ?」
今まで見ているだけだったのに突然呼ばれて思わず変な声を出してしまう。そのあと少しだけ恥ずかしさで顔を赤らめる
「槍を渡せ。クロアが死ぬぞ」
自分をもう一方の指で差しながら彼は言う。絵はさらに巨大になり、もはや白い空間でこれ以上ないほどの存在感をだしていた。
「ううっ…わかったわよ!解放!『グングニル』!」
急かされ、解き放つは神の槍。北欧の主神『オーディン』の槍と同じ名を持つ必中の武器。
それをオーディスタに投げ渡す。
「借りるぞ」
そのあと二、三言呟いたオーディスタは槍を構える。絶対命中の槍が狙うのはまるで今まで待ち構えていたかのような表情のワルキュレア…。オーディスタは槍に新しい名を与える。
「『主神の自贄槍』」
グングニルと呼ばれた槍は樹の描かれた絵に飛翔する。その絵はオーディスタにはわかっていた。世界樹の絵だということが
「自贄槍…ルーン文字を産み出した方法ね。人間ごときの道化が、この技を…」
打ち破れる筈が、と言いかけて槍の狙いが変わったのに気付く。この絵でも、ワルキュレアでもない何かに狙いを変えたのだ「僕を見ているな?」
オーディスタがワルキュレアの遥か先にある四角い物体を見つめて言う。
「御母様!」
エイドの叫びでオーディスタは狙いを固定しグングニルに狙いを変えさせる。
槍は猛烈な勢いでゆうに数百メートルはある距離を飛び抜けて長方形の、椅子のような物体を貫く。
『なんと愚かな』
女の声が響いた。
威厳と自信に満ち溢れたような堂々とした雰囲気をもつその声はもう一度同じ言葉を呟いた。
「今の声…」
エアリアルが呟いた途端にオーディスタが走り出す。一度の跳躍で数百メートルを飛び抜ける
「お前は、誰だ?!」
二色の剣をその手に持って、両手で椅子に突き立てる。
『オーディスタ、お前は私に勝つつもりか?』
ピシッ、と剣に細かな亀裂が走り、砕けた。オーディスタは隣で椅子に突き刺さっていたグングニルを引き抜いてもう一度投げる。
『失望したよ、オーディスタ』
ジジジ…という雑音が耳に入る。
振り返ると、極彩色の光が無数に放たれたところだった。その光はオーディスタの体を貫いた。
絶叫と閃光が彼の体から発せられて見ていたものは思わず目を背ける
「オーディスタ、あなたもお姉様と同じ。人に近く生まれすぎたの」
ワルキュレアはスッと目を閉じると細かく割れるようにして細分化されてから裏返しになるようにウィストレアの姿に戻る。
「私も、同じですが」
全身に光の侵食が起きている人物を見て呟く。もはや手を出すまでもないとエイドを呼んでオーディスタの近くまで移動する。
「ゲホッ、ゲホッ、ちく…しょ」
立ち上がったオーディスタもワルキュレアと同じようにひび割れて、裏返るようにしてクロアの姿になる。
「ちく…しょう…っ」
小さく叫んだクロアに威厳に満ちた声が落ちてくる。
『人間ごときが、我々に敵うはずなど無いのに…理解できませんね』
「そうでしょうか?」
「私は人間のほうが優れていると思いますが」
そう言ったリゼは自分の妖精を肩に乗せて歩き始める。
「あなた方にとって、どのような理論で我々を見下しているのかは理解出来ません。ですが確実に言えることは私にもあなた方に確実に優る点があるということです」
「καξ」
リビングフェアリーも頷く。
『ほう、大層な口を聞くものもいたな』
「御母様、ここはエイドにお任せ下さい。あの者を排除致します。」
エイドは手にした『メディカラゴラ』を握りしめてリゼとその後ろにいる人々の様子を窺う
『…いや、良い。人間にも変わった者がいたのだな。道化、一度だけ見逃す。次はない。』
ジジジ…と白い空間が揺れて、弾ける。
どんよりとした空と焦げたアスファルトが白だけだった世界に上書きされて突然の変化に目が痛む
「…消えましたね」
リゼが数回まばたきしてクロアの場所へと歩いていく。
「目が…目がぁぁぁぁ!」
エアリアルはそんなことを叫んでいたがリゼの動きに気付いて負けじと走り出す。
二人の距離は二百メートル程度、すぐにおいつく事はできずクロアの元で二人はようやく並ぶ。「Mr.クロア、ご無事ですか?」
「クロア、大丈夫?!」
二人が声をかけると、小さな唸り声が帰ってきた。とりあえず生きてる…と安堵していると、クロアの体を蝕む光が見えた。
まだ体内を侵食していたのだ
「!、離れて!」
リゼがエアリアルを制して後退する。
「ぐあっ!」
クロアの体から光が飛び出して二人の少女の元へと飛来する。
「ξκχ」
リゼの肩にいた妖精が両手で小さな防壁を作り、その光を弾き返す。
「よくやったわね」
クリクリと撫でられて妖精は嬉しそうに笑った。エアリアルはその隣でクロアの様子を窺っていた。
「D、見てる?」
空中に四角いモニターが現れて、見ているよ、とDが言う。管理者とプレイヤーがゲーム中で出来る唯一の会話方法だ。
「クロアを強制終了させて、ロールバック。出来る?」
Dはやってみよう、と頷いてカタカタとキーボードを叩く。最後にエンターを押す一際大きな音が聞こえ、クロアの姿がエフェクトと共に消える。
Dが強制終了したよ、と言ってエアリアルは軽く感謝の言葉をのべる。一刻も早く現実世界に帰還したいがまだやることがある
エアリアルはログアウトしたいのを堪えてDにクロアの面倒をみてもらうように頼んだ。
「いいよ、仕事優先〜ヘラヘラ」
GかTに頼めばよかったと内心悔やみながらエアリアルはポカンとしていたリゼを呼ぶ
「あ…はい!」
リゼはもう一度モニターを見て呟く。
「日本の技術はやはり凄いですね」
そんな呟きを漏らしてから彼女もエアリアルと一緒に交差点へと走る。隣に崩壊している大聖堂が見える。大型BUGと戦った時に壊れたのだろう、著名人が葬られたという聖堂にリゼは内心一礼して通り過ぎる。
「…そうか」
エアリアルからの報告を受けた楼騎が小さく頷く。どうやら強制終了した経緯までは伝わっているようだ。
「クロアお兄ちゃん、だいじょうぶなの?」
不安そうに見上げる子供に楼騎はしゃがんで大丈夫だと頷く。その一言が魔法のようにヨロワの顔に輝きをもたらした。
「リビングフェアリー、私たちの魔法はまだまだのようですね」
「χι…」
しゅんと肩をおとした妖精はリゼの肩の上で二、三言呟いてカードの姿に戻る。お疲れさま、と小さくカードを撫でて彼女は服に『リビングフェアリー』を挟んだ。「どうかしたか?」
楼騎の鋭い眼差しがリゼを見つめる
「いえ、何でもありません」
キリッと答えたリゼは、そうか、と答えた楼騎にもう一度同じセリフを答える
「ならばいい。とりあえず調査も終了だ。クロアがあの状態だと全員身も入らないだろう」
気を使ったのか楼騎が切り上げを提案する。それは全員に魅力的な提案だったがやはり調査が完全に終わったようには思えなかった
「ならば私が調べましょう」
リゼが提案する。
「いいのか?今そっちは朝の四時頃だろ?」
日本とイギリスの時差はおよそ−7時間。こちらの時間が11時なのでそういうことになる
「いえ、エキサイティングな夜でしたから眠くはありません」
メイドは何やら気付いて笑う
赤くなっているノピアにヨロワが大丈夫かと聞いた。
「エキサイティングな夜って…ヨロワが影響うけたらどーするの!」
ヨロワが
「おもしろかった、ってことじゃない?」
「はうっ、ハメられた…」
「お姉ちゃん、なんかヘン」
コホン、とリゼが咳をする。
「ですから皆様、Mr.クロアのお見舞いに行って下さい。私は遠いので行けないのでせめて皆様のお手伝いをさせて頂きます。」
エアリアルがどうする?と小首をかしげる
楼騎としてはこのエリアは危険に違いないので一人残しておきたくはないのだが、その視線に圧されて許可する
「無理はするな。エイドとか言う奴やあの訳の分からないBUGが現れたらすぐに逃げろ。」
「かしこまりました。Mr.楼騎」
一礼したリゼは輪から外れてクレーターのように抉られた交差点に移動する。
「俺たちはログアウトだ。G、頼む」
「うむ、暫し待て」
体が粒子に変わり、金色の風となって空へと舞い上がった。曇った空に輝く金は一人だけが見ていた。
「本当に、素晴らしい技術ですね」
リゼはもう一度そう言って調査に戻ったガガガガコン!と盛大に音を立てて四人が機械から放たれる。
「クロアはっ?!」
エアリアルが近くにいたGに叫ぶ。
「こっちじゃ」
手招きされてエアリアルは走る。急がなくとも良いと言われたが彼女は連れてってと言う。
「取り乱すとは主らしくないの」
「いいから、早く!Gさん!」
あまりの剣幕にGは気押される。うむ、と小さく頷いてスタッフエリアの扉を開ける。
その先はやや緑がかった照明が照らす通路、金属質の足音が二つ響き、数秒あいて三つ増える。
「G、クロアの様子は?」
「うむ…予想外に悪い。どうやら普通の状況でなかったのが災いしたらしい」
二つほど扉を抜けて医務室にたどり着く。
「みんな遅いわよ」
Tが部屋の隅のカーテンで仕切られた場所から顔を出す。
その先にいるのはクロア。なのにTはそこを退かない。
「どうした?」
「ううん、ただ、動揺しないでね」
何故だかそう前置きしてからTは道をあけたカーテンの内側にはベッドと小さめのチェストがあるだけの割と殺風景な薄暗い空間が広がっていた。
そして、ベッドの上でクロアが頭を抱えて座っていた。
「クロア、大丈夫?」
エアリアルが手を伸ばすと
「お前は誰だ?」
クロアはそう言って不審な目を向ける。敵意、警戒、そんな目付きは知り合いにするものではない
「くっ…頭が…」
記憶の混乱か彼はまた頭を抱え込んでしまう。Tがずっとこんな感じ、とエアリアルに耳打ちする
エアリアル自身、『ブレイク』された時の記憶の混乱は覚えがある。このゲームを始めた頃にBUGに放たれたのでツバインだと発覚したのだが…
(ツバインならばここまで重症化しない筈…一体、どうして?)
どこか焦点の合わない目付きのクロアはカーテンから覗いていた二人の子供に気付いて嫌そうな顔になる。
「なんだお前等?消えろ!」
ビクッと驚いてカーテンを二人は閉じる。
「クロア!二人はあなたを心配してたのよ!なんで…」
「うるせぇ!」
クロアの手が上がり、エアリアルは身構える
「っ!くっ…」
突然頭を抱え込んで苦しみだした。
エアリアルはゆっくりとその頭に手をのせる
「ほら、しっかり」
ほんの少しだけ力を込める。痛みなどではない何かがクロアの中に流れ込むような感覚に彼は目を細める
「私たちはちゃんとここにいる。あなたもちゃんとここにいる。だからおやすみなさい。頭がこんがらがったら寝るといいんだよ」
ふつり、とクロアの中で何かが切れるような音がしたような気がした。
―俺は
自分自身の中で声がする。まるで内包人格が叫ぶような感覚
―俺は、こいつらの
グシャグシャになった思考がほどかれて繋ぎなおされる。
―仲間だ
眠気が沸き起こり嫌が応にも深い眠りの谷に突き落とされる。ドップリとまとわりつくようなダルさが体を弛緩させてベッドへと横たわらせる
「おやすみ、クロア」
彼は眠気に全てを委ねて眠ることにした…カーテンを開いてエアリアルが出てくる。二人の子供がてとてとと歩いてきて
「クロアお兄ちゃん、怒ってる?」
そう聞いてきた。
「怒ってないよ、ちょっと混乱してただけ」
楼騎とTがエアリアルのしてきたことに気付いてニヤリと笑う。やるな、と楼騎の呟きに彼女は笑いで答える
「まったく、世話が焼けるわよぅ」
凄く嬉しそうな彼女をTが肘で小突く
「コノコノっ!」
「へっへっへー」
得意気に胸を張るエアリアルの隣で
「あのカーテンの裏で、何が…」
また一人だけが勘違いしていたザザザッとノイズで荒れる。ここはBUGの世界。アレイア『だった』少女が拘束されている場所。
その場所に二人のBUGが出現する。
エイドと、ウィストレアだ。
「ただいまお姉様…もう心は壊れていますが」
鎖で縛られ、吊るされている姉に話しかける。人は自由を奪われ、暗闇に放置されると真っ先に意識を落とすという。自衛か逃避か人で無い身には理解できないが似たようなものだと関連付ける
「ははは、誰が…壊れてるのかしら?」
鎖が揺れて少女が呟く
「あらお姉様、まだ意識が…」
「さっきね」
名もない少女が嬉しそうに話し始める。
「クロアに会う夢を見たの。知ってる?ウィストレア、人間には恋した人が夢に出てきたら相思相愛って伝説があるのよ」
『神影』の少女はくだらないと呟く。
「私たちは人間なんてものじゃない。より知識のある、新しい生命体よ」
「たかが『アーティフィシャル・インテリジェンス』の凄い版よ…。私たちは所詮人工知能が一人歩きしているだけ。理解してる?私たちはいかに力を持とうと人間にこの世界を壊されたらおしまい。消滅よ」
わかってない、ウィストレア・アレイアはそう言って首を横に振る。
姉にあたる人物の言うことはおかしい。何故そんなにも人間に味方するのか、BUGでありながら御母様に刃向かおうとするのか、彼女には理解できなかった。
「その人間を統制できるのこそ御母様です。私には何故お姉様が人間に入れ込むのかが理解できない…何故?確率でも確実に御母様のほうが人間ごときに遅れをとらないのに?
何故、何故なんですか?!」
ウィストレアが叫ぶ
姉の理解できない思考に、絡めとられるような話に何がなんだかわからなくなっていく。お姉様が正しいのか、御母様が正しいのか、人間よりも遥かに早い速度で考えても理解することはできなかった。
「ウィストレア様、お気をたしかに」
エイドが冷静に諭す。
「あの方の言うことには主観が大量に含まれています。他者の感情は理解することは出来ません。人間ごときには理解できぬのかもしれませんがそれは真理です」
「ばかエイド。理解じゃなくて感じるのよ、人間は」
この場で最も立場の弱い存在がより上位の二人よりも話の優位を取り続ける。エイドの計算ではこのような事態は想定していなかった。
―これだから人間は
見下していたのが仇となったのか
「…『会話』の権利を停止します」
ウィストレアは小さく呟いて息を詰まらせた姉から顔を背ける。
「私にはまだ全ての権利を操作できる権利があります。
…あまり刺激しないで下さい」
口をパクパクとしている少女は出ない声に出ない叫びを上げる
―私には無意味よ、ウィストレア!
聞こえなくて良かったのかもしれない。
パクパクという口の動きでエイドは彼女が次に言った言葉を読み取る。
―絶対、クロアが助けに来てくれる!その時を覚悟しなさいよ!
エイドは小さく笑う。
人間ごとき、御母様の敵ではないのだから。と
―――――
あとがき
―――――
エア「みんなー、暇してるぅ?」
クロア「暇から聞くのか?」
エア「いいじゃなぃ…私も毎回斬新な切り口で…」
クロア「今日のゲストを呼ぶか」
エア「無視しないでぇ〜!」
ぷしゅぅぅぅ、と怪しい煙が吹き出して部屋を覆いつくす。
クロア「ケホッケホッ、誰だ?この煙出したのは!」
エイド「私です。」
エア「わっ!出た!」
エイド「私特製の煙は効きますか?人間ごときイチコロだと思いますが」
クロア「ゲホッゲホッ、てめぇ…」
エア「ケホッケホッ、あなたは平気なの?」
エイド「人間と一緒にしないでいただきたいですね。ケホッ。」
クロア「…」
エア「…」
エイド「の…喉に、ケホッ、目がしみる…」
クロア「ゲホッ、換気!」
―三人開窓中―
エア「やっと煙が晴れたよぅ」
クロア「どんな仕組みなんだろうな?」
エア「さてっ、ここでは本編での立場やキャラクターは関係ありません、さぁ、有能な執事っ子の心情を露吐してくださいっ」
エイド「執事っ子?」
クロア「スルーだ」
エイド「本編に関係無いのなら…」
エア「おおっ」
エイド「アレイア様、ストロベリートークをしないで下さい。聞いてて恥ずかしいです」
シロツバ「書いてて恥ずかしいです」
クロア「シロツバ、やっぱ出てきたな。」
エア「後でアレイアに伝えとこっと」
クロア「字数少ないよな、もう14字しかない」
エア「またね〜」