魔術師九級
「じゅ…、重力だと?」
確かに、進藤秋生の、百キロを越えた肉体を、あのチンチクリンがパンチで浮き上がらせる、としたら、重力操作の力で無いとは言い切れない。
川崎山三中の番を張ってる関係上、進藤は高校生とやり合う事もあったし、大人と戦ったことも、プロの格闘家と殴り合った事もあるが、あれほど重いパンチは始めてだ。
だが、重力操作とは、どんなに天才であろうが中学生の魔術師が、軽々に扱える程生易しいものではない。
かの天才魔術師ウォーリーが、一九四五年、アルデンヌの森でドイツの戦車隊を大地に沈めたのは有名だが、あれが本当に重力操作だったのか、は、未だに議論が尽きてはいない。
「馬鹿め、
てめぇが重力なんて扱えるのなら、俺の懐に飛び込むまでもねぇ。
とっくに俺はペシャンコだ!」
ケケッと翔太は笑った。
「信じるか、信じないか、それは、あなた次第でぇす!」
「信じねぇし!
そして、今から俺は、お前のペテンを暴いてやんぜ!」
進藤秋生は、そう叫ぶと、自分の魔力を解放した。
闇の中で、廃工場の、空気、が変わった。
進藤秋生が、強大な魔術の力に包まれていく。
「おいおい。
凄ぇー魔力だな。
千ぐらいは使ってるんじゃねーか?」
進藤は、力を込めているために、声を震わせて答えた。
「八百ほどさ。
重力使い様ほどじゃねぇ」
カカカ、と翔太は笑う。
「俺の魔術値はな。
百なんだよ。
俺は、作用と反作用。
基礎的な魔術だけを使って、重力を創るんじゃなく、地球の重力を利用して、戦っているのさ」
百だと?
どうせブラフだろうと思いながらも、進藤は考えた。
ちょっと勘の良い人間なら、魔術師でなくとも魔術値の二十や三十はある。
それでスプーンぐらいは、なるほど曲げられるかもしれないが、そんなものが曲がったところで糞の役にも立ちはしない。
そんな便所臭い素人の、高々三人分の魔術値だと!
魔術値百では、政府の認可も通らないのではないのか?
「馬鹿を言うな。
百なんかじゃあ、バッジも貰えねぇはずだ!」
「バッジはあるんだよ。
見るか?」
言いながら、翔太はポケットから手を出すついでに、一握りのパチンコ玉を空中にバラ撒いた。
そうして、ダボダボのTシャツを捲って見せる。
貧弱な胸板に、首からネックレスのように下げられた、魔術師バッジが鈍く光っていた。
その銅色のバッジは…。
魔術師九級?
確かにそう、書いてあるのだが、魔術師バッジは八級からではなかったか?
一方、翔太が投げたパチンコ玉は、空中でピタリ、と停まっていた。
「見せてやろう。
まず自由落下の力を借りて…」
目の前のパチンコ玉が一つ、落ちていく。
「そいつが見えない紐に引かれるイメージで…」
パチンコ玉が、クルンクルンと回りだす。
「そして、紐の中心を俺にすれば…」
小さく回転しながら、パチンコ玉は、翔太の周りをまわりだす。
「さらにパチンコ玉をぶつければ、作用、反作用の力が加わって…」
いつの間にか、翔太の周りに、無数のパチンコ玉が回っていた。
「判るか?
魔術値一とか二の力で、これだけのことが出来るって話だ。
だから俺は重力の魔術師で、お前は地球に殴られた、って訳だ」
へへへ、と翔太が獰猛な笑みを見せた。