重力
翔太は小さい体を、さらに小さくまるめ、一直線に新藤秋生の懐に飛び込んでいった。
「ど阿呆がっ!」
新藤が木刀を振り下ろすと、そのスイングで、木の塊が大きく撓った。
それは一直線に突っ込んでくる小さな翔太をボールに見立て、粉砕せんばかりの勢いで振り下ろされた。
タイミングはまさにホームラン…、のはずだったが。
何かが、新藤の木刀をふわりと受け止めていた。
「何っ!」
新藤が叫ぶのと、翔太が、小さく丸まった体から、強烈なアッパーカットを新藤の引き締まった腹筋に撃ち込むのが、ほぼ同時だった。
新藤の体が、くの字に曲がった。
三五センチのリーバイスが、確かに宙に浮いていた。
「げほぅ!」
新藤は叫び、そのままコンクリートの地面に頭から落ちた。
一瞬、気が遠くなりかけるが。
独特な臭いが、新藤を現実に引き戻した。
翔太の汚い白いスニーカーが、新藤の目の前にある。
そして、盛んにドクダミを踏みつけていた。
ちっきしょう!
嫌なもんを見せやがって!
新藤は、地面に膝をつき、土下座のような姿で、震える体を、何とか立ち上がらせた。
「おいおい、無理をすると体に毒だぜ、雑草君」
言いながら、石黒翔太は、まだ新藤の前で、コンクリートの罅割れから顔を覗かせた、小さな白いドクダミの花を、踏み潰していた。
白、というか、ほとんどグレーのスニーカーが、ドクダミの草液に濡れて、ますます汚れていく。
新藤の、見事に通った鼻筋の鼻腔の中にも、ドクダミ独特の香りが漂ってくる。
「クソガキがぁ!」
新藤は立ち上がった。
まだ、身体は震えているものの、腹の底から湧き上がってくる怒りが、新藤を奮い立たせていた。
「おおっ、凄い凄い。
だけど、雑草大好き新藤君よ、お前の魔術は、もう見切ってるぜ。
お前は、石を操る能力者だろ?
俺の顔面に、見事なコントロールで打ち込んでたのも、風じゃなくて石弾だ。
ネタがバレちゃあ、お前、後はタコ殴りにブチのめされるのを待つだけだぜ。
ごめんなさい、と頭を下げりゃあ、こっちも、わざわざ神奈川県くんだりまで傘下にしたって意味はねぇ。
手打ち、で終わらねぇのか?」
両手をポケットに突っ込んで、石黒翔太は、盛んにドクダミを磨り潰し続けていた。
重い湿度が、ドクダミの臭いに染まっていく。
「けっ、馬鹿野郎が。
ネタがバレてんのは、俺だけじゃ、ねぇ」
言いながら、その巨大な手から、金属の小さな弾が、ポロポロと落ちていく。
それは、どこにでもあるパチンコ玉のようだった。
お前は金属を操る魔術師。
しかも、おそらく、このチンケなパチンコ玉しか扱えねぇ。
そうだろうが」
ギャハハ。
翔太は、つい大声で笑ってしまった。
いつも低く喋っているのに、思わぬ高音が喉から漏れて、慌てて低い声に戻して。
「残念だな。
俺がパチンコ玉しか扱えないのは正解だが、俺は金属を扱っているんじゃねぇ。
作用と反作用。
重力を操作する魔術師君だ。
覚えとけ」