廃工場
思いついたときに、少しづつ書き進めようと思っている、バトルアクションです。
川崎市も、多摩川沿いに都心部を外れていくと、ほとんど廃墟同然の廃工場が、雑草まみれに放置されているようになる。
そんな荒んだ不法投棄された産業廃棄物の山の中を、真っ暗だというのに電気一つ付けずに歩いていく男がいた。
男、と言うか少年である。
小学校を出たか、出ないか、ぐらいの背丈、身体も至極華奢だった。
だが、微かに顔を怒らせて、逆毛を立てた仔猫のように、闇の中を歩いていく。
巨大な赤錆の山となったコンテナの影に、少年が足を踏み入れた瞬間。
ガツン。
整地した上に敷かれたコンクリートの地面が、弾け飛んだ。
少年は、しなやかに背後に跳んでいた。
「挨拶も無しかよ」
少年は、むしろ、笑うように言った。
ケケッ、と闇の中から声がする。
「それが挨拶だろうがよ」
闇の中に、巨大な肉体が蹲っていた。
黒いTシャツとジーンズ姿らしいが、内から筋肉が盛り上がり、布地を裂かんばかりに張り詰めている。
「俺を呼び出すから、どこの中学かと思ったら、てめぇ高校生か?」
少年は、声を押し殺した。
男は、骨格的に完成された、成熟した顔でギラリと笑う。
「川崎山三中、二年、新藤秋生だ」
「タメかよ?
まさか、てめぇ、肉体強化とかしてんじゃねぇだろうな?」
闇の中に蹲ったまま、筋肉の塊が、低く笑う。
「天然もんだ。
が、確かに俺は肉体強化を得意としている。
しかし、お前が本当に品川の安藤をブッ倒したっていう中野四中の石黒なのか? チビ」
チビは、ダブダブぎみのTシャツを揺らして、ケタケタと笑った。
「弘樹か。
奴はもう、友達登録完了だ。
だがテメェ、新藤か。
後輩の太河を返せ! 人質とは汚いぞ!」
石黒翔太は小柄だった。
身長は百五十に届かず、体重は五十キロに届かない。
怒鳴ると、Tシャツが体の上で暴れる。
新藤秋生は、手にしていた木刀で、コンテナを指し示す。
中で、学生服の少年が、ぐったりと倒れていた。
「人質なんて取ってねぇ。
ちょっと催眠の術で眠っているだけだ。
今頃、楽しい夢の中だ」
石黒翔太は、巨大な男を見下ろした。
「で、何がしたいって言うんだ、お前は?」
数時間前、帰宅途中の森川太河は、通学路から忽然と消え、石黒翔太宛てに、この川崎市の住所を書いた手紙が一羽の鴉によって届けられた、という訳だった。
「無論…」
闇の中、新藤秋生は立ち上がった。
百八十は軽々と超える身長だ。
子供にありがちな、背だけ伸びると言うだけではない。
骨格も完成されていたし、筋肉も発達した、そのまま運慶が彫刻にしてもいいような肉体であった。
「中野の餓鬼に品川まで遠征されちゃあ、川崎の俺としちゃあ、黙ってはいられない。
てめえらは、練馬辺りで芋掘りでもしてりゃあいいんだ!」
月も出ていない六月の闇夜だった。
湿度は毛布のように肌に貼りつき、とろんと風一つ吹かない。
ただ大量の雑草の吐き流す濃密な草の臭いだけが、辺りに密集していた。
「ようは、弘樹君とだけ遊ぶなんてズルいんだぞ!
僕ちゃんとも遊べ! って、お話か?」
大男、新藤は笑った。
「遊びになるかな?」