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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

女神が支える世界シリーズ

おはよう

作者:鈴川龍次郎
とある平和な国に一人の若者が暮らしていました。
周りには優しい家族や友達、住民が、隣にはとても美しいお姫様がおり、そんな彼らに囲まれて暮らす若者は、とても幸せです。
しかし、そんな幸福な日々を送っているのにもかかわらず、時折、どこか物足りなさと、このままでいていいのだろうかという焦燥感が頭を掠めてしまいます。
 こんな平和で豊かな国で、優しい人達に囲まれて、何不自由なく暮らせているのだ。こんな幸せなことはない。これ以上何を望むというのだ。
 若者はそう自分に言い聞かせますが、物足りなさと焦燥感は拭えず、いえ、寧ろ、日増しに増えていきます。
 そんなある日のことです。若者の前に一人の魔法使いが現れました。
 「やあ、こんにちは」
 「ぎゃああああああ⁉変態だあああああ!」
 若者は、魔法使いを見るなり、叫び声を上げながら脱兎の如く逃げ出そうとします。
 「こら、どこに行く。待ちなさい」
 「ぐえっ」
 しかし、魔法使いに服の襟首をギュッと掴まれてしまい、逃げることが叶いませんでした。
 「ぎゃああああ!捕まった!変態に捕まった!助けて、お巡りさあああああん‼」
 「人を見るなり叫び声を上げるとは。全くなんて失礼な餓鬼なんでしょ!それにこの私が変態ですって?私のどこか変態だというのですか!」
 「どっからどう見ても変態だろうか!」
 「まあああ!本当に失礼な糞餓鬼ね!私は変態ではない!よく見なさい!」
 「む、むむぅ」
 襟首を放された若者は、嫌々ながらも改めて魔法使いの姿を見ます。
 筋肉で引き締まった大柄な体躯をしており、顔は道化師を思わせるような化粧が施され、黒色の三角帽子を被り、黒マントと黒色のビキニパンツという格好をしています。
 変態です。誰がどう見ても変態です。これは若者が逃げてしまうのも仕方がありません。
 「やはり、どう見ても変態にしか見えんが」
 「魔法使い!どう見ても魔法使いでしょ!」
 「魔法使⁉どこか⁉」
 「この格好を見ればわかるでしょ!」
 「わかるかボケェ!」
 「あらやだ。もしかして知らないの?魔法使いは皆この格好をしているのよ」
 「えっ」
 魔法使いの言葉に若者は思わず固まってしまいます。
 実はこの国には魔法使いが一人もいないのです。生まれてから一度もこの国から出たことのない若者は魔法使いを見たことがないのです。
 ここから遠く離れた地に魔法使いの国があるとききます。目の前の変た…魔法使いの言っていることが事実であるのであれば、魔法使いは皆、このへん…魔法使いと同じ格好をしているということ。黒マントに黒ビキニパンツの格好をした者だらけの国。思わず想像してしまった若者の顔は青ざめています。
 「そ、それでその魔法使い様が一体俺に何の用だ?」
 「ああ、そうだった。忘れるところだったわ。実はあなたにお願いがあるのよ」
 「お願い?」
 「そう。実はあなたにどうしても会いたいって者達がいてね。その者達に会って欲しいのよ」
 「俺に会いたい者が?それは一体誰なのだ?」
 「それはここでは言えないわ。ごめんなさいね。でも、その者達はあなたに害を与えるような者ではないとだけは言えるわ。ねえ、会ってもらえないかしら?」
 「まあ、会うだけならいいが」
 「本当⁉本当にいいの⁉」
 「あ、ああ」
 「そうと決まったら、さっそく出発しましょう!そうしましょう!」
 「ちょっ、ちょっと待て。その者達はどこのいるのだ?」
 「あら、言わなかったかしら?扉の向こうよ」
 「扉の向こう?」
 「そう、扉の向こうよ。行けばわかるわ。さあ、行きましょう!」
 そう言うや否や、魔法使いは若者の腕を掴み、その扉の向こうとやらに向かって出発しました。
 国を出で、草原を進み、川を渡り、森の中を進み、洞窟の中を進み、そして奥に辿り着くと、そこには一つの扉がありました。
 「あの扉の向こうにあなたに会いたがっている者達がいるわ。さあ、早く扉を開けて、扉の向こうへ行くのです」
 若者は魔法使いの言葉に頷くと、扉に向かって歩み寄ります。
 『……て』
 「えっ」
 突然、若者の頭の中に声が響きました。若者は歩みを止め、周囲を見回します。しかし、どこを見渡しても、自分と魔法使いの姿以外はありません。
 「どうしたの?」
 「い、いや何でもない」
 気のせいかな、と首をかしげながら若者はまた足を一歩前に踏み出す。
 『……てよ』
 『はや……ないと………るぞ』
 『ほらほ……よ。はや……だよ』
 「うおっ」
 また声が響きました。しかも、今度は声が一つだけではありません。
 「もう、何をもたもたしんてんのよ」
 再び歩みを止めた若者に、魔法使いは呆れたように言います。
 「な、何か、声が、声が聞こえる」
 「声?ああ、そういうこと。大丈夫よ。安心なさい。その声はね、あなたに会いたがっている者達の声よ」
 「俺に会いたがっている人達の声?」
 「そうよ。声はあの扉からしているのよ」
 と、扉に指を指しながら魔法使いは言います。
 「あそこから」
 「言ったでしょ。あなたに会いたがっている者達はあの扉の向こうにいるって。だからさっさと扉を開けて、会いに行ってあげなさい」
 「わ、わかった」
 若者はそう言うと、再び歩き出します。
 一歩、一歩と扉に近づく度、頭の中に響く声は大きく、はっきりしていきます。
 扉の前で立ち止まり、ゴクッと唾を飲み込むと、若者はドアノブを掴み、扉を開けようとします。
 「ん?んん?」
 ドアノブを回し、押して開けようとしますが、扉は開きません。試しに引いても扉は開かないのです。
 「おい、魔法使い。扉が開かないのだが」
 「え?嘘⁉」
 「本当だ。押しても引いてもビクともしないぞ」
 「もしかしたらその扉、横にスライドするタイプなのかもしれないわ」
 「試してみる」
 試しに扉を左右に引こうとしますが、動きません。どうやらこの扉は引き戸型ではないようです。
 「駄目だ。全く開かん」
 「そんな馬鹿な。ちょっと代わりなさい」
 と、魔法使いが若者を押しのけて、扉を開こうとしますが、どんなにドアノブをガチャガチャ回しても、戸を押しても引いても、扉はうんともすんともいいません。
 「ぜ、全然開かないわ」
 「もしかしたら、鍵がかかっているのかもな」
 「それはないわね。この扉に鍵をかけるなんてことはできないの。ほら見なさい。この扉に鍵穴が一つもないでしょ」
 魔法使いの言うとおり、この扉には鍵穴が一つもありません。
 「困ったわね。これじゃあ、扉の向こうへは行けないわ」
 「魔法でどうにかできないのか?あんた、魔法使いなのだろう?」
 「こんな所で魔法なんか使ったら何が起こるかわかったもんじゃ」
 「貴様、そこで何をしている」
 突然、後ろから声がしました。先程響いていた声達とは違います。
 二人はバッと声がした方へと振り向くと、そこにはフードを目深に被った男が立っていました。
 「ちっ、バレたか」
 「貴様、悪魔だな。何故ここに……いや、どうでもいいか。この世界から去れ!」
 フードの男が叫ぶと、何てことでしょう。魔法使いの姿がパッと消えてしまったのです。
 「な、な」
 若者は目の前で起こった現象が理解できず、目を白黒しています。
 「おい」
 「ヒッ」
 声がした方へ顔を向けると、いつの間にか、若者のすぐ傍にフードの男が立っていました。
 「ここは君がいるべき場所ではない。あの平和な国に帰りなさい」
 魔法使いに対してとは打って変わって、穏やかな優しい声で若者に言いました。
 「あ、あの、あの魔法使いは」
 「魔法使い?ああ、あの悪魔のことか。あの悪魔は元いた世界に帰ってもらっただけだよ。殺してはないから、安心しなさい」
 それを聞いて、若者はホッとしました。今日会ったばかりの得体の知れない変態でも、目の前で死んでまったらいい気分はしません。
 「さあ、あの悪魔のことは忘れて、帰りなさい」
 「えっ、ちょっと待ってください。あの、俺、あの扉の向こうに行かないと」
 「扉の向こうに?何故?」
 「何故ってそれは、魔法使いが、あの扉の向こうに俺に会いたがっている人達がいると言って」
 「あの悪魔め、余計なことを……。君は、あの扉どこに繋がっているのか知っているかい?」
若者はフードの男の問いに首を横に振ります。
「あの扉はね、異世界に繋がっているのだよ」
「異世界に?」
「そう。しかも、あの扉に繋がっている世界は、危険に満ちた世界でね。平和とは程遠い、争いが絶えない場所だ。地獄と言っても過言ではない。あの悪魔はね、君をそんな世界に連れ込もうとしたのだよ」
「そ、そんな」
 若者にはフードの男が言っていることが信じられませんでした。あの魔法使いは、確かに変態な格好をしていましたが、人を騙して危険な場所へ連れ込もうとするような者には見えなかったのです。
「嘘ではない。全て本当のことだ。だから今日あったことは全て忘れて、帰りなさい」
「わ、わかりました」
フードの男の有無を言わせない態度に、これは絶対扉の向こうへは行かせないなと悟った若者は、彼の言われた通り、あの平和な国へ帰ることにしました。
『会いたい』
 扉から背を向け一歩足を踏み出した瞬間、またあの声が頭の中に響きました。
「どうした?」
 急に立ち止まった若者に、フードの男は不審に思い声をかけますが、若者は何の反応も示しません。若者には頭の中に響く声しか聞こえていないのです。
『あな…に、ま……たい』
『あの……おを…たみ…い』
『あ………えを……ききたい』
『だから…やくめ……てよ』
『お願いよ』
 その声は、どこか痛ましく、悲しげに響き、そして、若者の胸をギュッと締め付けました。
若者はゆっくりと振り向き、顔を上げ、真剣な眼差しでフードの男を見ました。
「あの、あの扉の向こうへ行かせてくれませんか?」
「駄目だ。さっきも言っただろう。あそこは危険に満ちた世界だと」
「それでも、俺はあの扉の向こうへ行かなくてはいけなのです」
「何故だ?何故、そう思う?」
「声が、するのです」
「声?」
「あの扉の向こうから声がするのです。『会いたい』と、扉の向こうから必死に俺に呼びかけてくるのです。その響きに嘘は感じられませんでした。恐らく、あの魔法使いが言っていた俺に会いたがっている人達がいるというのは本当だと思うのです。だから、行かせて下さい」
「何度も言うが、あの世界は危険だ。そんな危険な世界に行ってまで、あの悪魔が言っていたという者達に会いたいのか?君は、その者達が誰なのか知らないのだろう?」
「はい、知りません。でも、あの声を聴いて、会わなくてはいけないと思ってしまったのです。お願いします!あの扉の向こうへ行かせてください!行かせてくれるまで、俺はここから動きません!」
フードの男はジッと若者を見ます。若者の真剣な表情から、何を言っても無駄だろうと悟ったフードの男は、はあっと大きく溜息を吐きました。
「わかった」
「本当ですか⁉」
黒フードの言葉に、若者はパアッと顔を輝かせます。
「ただし、条件がある」
「えっ」
「そんな嫌そうな顔をするな。何度も同じことを言うが、あそこは本当に危険な世界だ。今のままの君があの世界に行けば、心が耐え切れず、壊れてしまうかもしれない」
「俺はそんなやわな人間ではないですよ」
「それならいいんだがね。君の心があの世界に耐えられる程の強さを持っているか試験をする必要がある。その試験を受けるのが条件だ」
「その試験とは?」
「君が暮らしている国にいる君の母、城の門番兵、その幼馴染の娘、姫の四人から『記憶石』を受け取ること。それが試験だ」
「それだけ?」
「それだけとは?」
「いや、試験というのですから、もっとこう難しいものかと」
「それはやってみなくてはわからないよ。ああ、ちなみにこの試験に期限は無い。だから気長にゆっくりと試験をするといい」
「はあ」
「四人から『記憶石』を受け取っても尚、扉の向こうへ行きたいというのなら、君を通そう。おや、もうこんな時間か。日が暮れてしまった。夜道は危険だから、私が魔法で送ってあげよう。では、さらばだ。次会うときは、試験が終わった時だ」
そう黒フードが言い終わると、パアッと白い光が若者の周囲を覆います。あまりの眩しさに若者は瞼を閉じました。
数秒後、恐る恐る瞼を開けると、そこは薄暗い洞窟の中ではなく、自宅の中でした。
「おかえり」
若者の母は、突然家の中に現れた息子に、驚く様子もなく、そう言いました。
そんな母の言葉に若者はハッと我に返り、慌てて母に声を掛けました。
「た、ただいま、母さん。あのさ、『記憶石』っていう石を持っている?」
「持っているわよ」
そう言いながら、若者の母はポケットから綺麗な緑色の石を取り出しました。
「これがどうかしたの?」
若者が、『記憶石』が今どうしても必要で欲しいのだと伝えると、若者の母は「いいわよ。私には必要ないものだし」と何の躊躇いもなく、若者に石を差し出しました。
試験がこんなに簡単でいいのだろうか。そう思いながら『記憶石』を受け取ります。その次の瞬間、ガンッと何かを打ち付けられたような衝撃が頭を襲い、若者の視界は暗転してしまいました。

 「こんにちは」
 目の前の女が、穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
 美しい女だ。金色に輝く、腰まで伸ばした艶やかな長い髪。雪のように白い肌。宝石のような緑色の瞳。触れれば壊れてしまいそうな華奢な体。
 彼女は人間ではない。女神だ。この世界を支える存在である女神。俺なんかが会って許される存在では決してない。
 「女神である貴女様がこの俺に一体何の御用ですか?」
 俺の不躾な態度に、彼女に仕える神官達がこちらをジロリと睨む。しかし、当の女神様は俺の態度を気にした様子もなく、穏やかな笑みのまま、俺の問いを返した。
 「今、この世界がどのような状態にあるかご存知ですか?」
 「存じておりますよ。二十年前にある悪魔が魔界とこの世界を繋ぐ穴をつくった所為で、大量の悪魔がこの世界になだれ込み、好き勝手にこの世界を蹂躙しているんですよね」
 「その通りです。このままでは地上は荒れ果ててしまいます。そこで貴方にお願いがあります」
 すごく嫌な流れだ。こういう話の流れで出てくるお願いというのは、大抵碌なことがない。
 「あなたに、この世界を荒らしている悪魔の討伐あるいは魔界への送還をして欲しいのです」
 「却下」
 「貴様っ」
 「悪魔の討伐あるいは魔界への送還?無理無理、そんなこと出来っこないね。あんたら、悪魔がどれくらい強いのか知っているか?一流と呼ばれた戦士が束になってかかっても倒せないのだぞ。そんな連中を相手にしろって命がいくつあっても足りやしない。確か、この世界には守護神という世界を守護する存在がいた筈ですよね。そいつに任せればいいではないですか」
「彼は十年前に寿命で亡くなりました」
「じゅ、寿命って……守護神にも寿命ってあったのですか」
「この世に寿命が存在しないものなどいませんよ。生きとし生けるものには必ず死が訪れます。それは女神である私とて例外ではありません」
「守護神がいないのなら、女神様、貴女様がやればいいではないですか」
「私は世界を支える存在であって、守護する存在ではないのです。私には、戦う力がありません」
「むぐぅ」
 「だから、守護神の後継が必要なのです。守護神の力を受け継ぎ、世界を守護する者が。私と先代の守護神は貴方に後継者になって欲しいと思っているのです。お願いです。どうか、悪魔の魔の手からこの世界を救ってください」
 「……一つだけいいでしょうか?」
 「何でしょう?」
 「何故、俺なのです?俺なんかより相応しい奴は他にいるでしょう」
 「いいえ。貴方ほど守護神の後継者に相応しい者はいません。だって貴方は……」

 パチッと目を覚ますと、若者は自宅のベッドの上にいました。あの美しい女神様や自分を睨む怖い神官達はいません。
 あれは一体何だったのだろうか?夢?いや、夢にしては嫌にリアルだったのだが。しかし、どんなに考えてもわからなかったので、若者はあの奇妙な夢のことは一旦置いておくことにしました。とりあえず、今は試験を終わらせることに集中しよう。あの夢のことは試験を終えてからゆっくり考えよう。
 若者は母が用意した朝食を食べると、家を出て、城の門番兵に会いに行きました。
 城の門番兵に会うと、若者は『記憶石』がどうしても必要なので譲って欲しいと頼みました。
 城の門番兵は「いいぞ」と若者の母の時と同様、あっさりと『記憶石』を若者に差し出します。
 試験がこんなに簡単でいいのだろうかと思いはしましたが、まあ簡単なことに越したことはないので、若者は深く考えるのは止め、城の門番から『記憶石』を受け取りました。すると、前回石を受け取った時と同様に、ガンッと強い衝撃が頭を襲い、若者の視界はまた暗転してしまいました。

 「ううっ、痛い」
 黒い血がドクドクと流れる脇腹を抑えながら、地面に蹲って呻き声を上げている俺。くそっ、油断した。まさか、あんな弱小悪魔に攻撃を喰らうとは。こんな無様な姿を剣の師匠であり、母であるあの人に見られたら殺される。
 『ふふふ、油断は命取りだって教えたでしょう?』を言いながら斬りかかる彼女の姿を鮮明に想像してまい、ゾッとする。
 嫌な想像を振り払おうと、仰向けになり空を見上げる。雲一つない青空が視界いっぱいに広がる。
 ああ、空はなんて平和なのだろう。地上とは大違いだ。チラッと、己の周囲を見渡すと、悪魔の死骸の山とその死骸から噴き出た黒い血の海ができていた。ああ、地上はなんて平和とは程遠いのだろう。空とは大違いだ。
 女神様の力を受け継いでから、悪魔と対峙する日々が続いた。話が通じる悪魔であれば魔界へ送還し、話が通じない悪魔であれば討伐する。時折、この世界に無害な悪魔がおり、その場合は女神様に了承を得て、放置する。
 「ああ、腹が減ったぁ」
 守護神の力で脇腹の傷を治癒しながら、痛みから意識を逸らす為に、意味のない言葉を吐き出す。どうやらあの弱小悪魔から受けた傷が思っていたよりも深かったようで、なかなか傷が塞がらない。
 「こんな死骸と血の匂いが充満している中でも食欲が湧くなんて。あなた、どんな神経をしているの」
 涼やかな声と共に、突如俺の視界にヌッと顔が入り込んでくる。
 「うおっ」
 「ふふっ、驚かせちゃったかしら?」
 そう言うと、そいつは血の海を気にせずに俺の隣に座り込む。
 ゾッとするような美しさを持つ女だ。血の気が通ってないような真っ白な肌に、見る者を凍てつかせるような冷たい金色の瞳。闇よりも深い漆黒の長い髪。人間ではありえないとんがった耳をしており、背中には漆黒の翼が生えている。全身に漆黒の鎧を纏ったこの女は人間ではない。悪魔だ。しかもただの悪魔ではない。魔界を統べる六人の魔王の内の一人。
 「何故、ここに?」
 「それはこっちの台詞。こんなところで何をしているの?こんな所で昼寝をしていたら風邪をひくわよ」
 「これが好きで昼寝をしているように見えるか?」
 「全然」
 そう言うと、悪魔の女は俺の傷口辺りに手をかざし、聞き慣れない言語を呟く。すると、白く淡い光が現れ、傷口がみるみる内に塞がっていく。
 「なあ、毎回思うのだが、何で俺を助けるのだ?」
 「何でって、私がそうしたいからよ」
 「俺とあんたは敵同士の筈なのだが」
 「私はあなたを敵だと思ったことは一度もないわ」
 「……」
 「私からも一つ訊いてもいいかしら?」
 「何だ?」
 「何故、悪魔と戦うの?」
 「……」
 「こんな死ぬ思いをしてまで、戦う理由は何?だって、あなたは……」

 パッと目を覚ますと、若者はまた自室のベッドの上にいました。城の門番兵が運んでくれたのでしょうか?時計と窓の外の朝焼けを見る限り、どうやら意識を失ってから丸一日経っているようです。
 若者は目覚めたばかりの働かない頭で考えます。また、あの夢を見た。どうやら『俺』は、守護神の力を受け継いで、世界を守る旅をしているようだ。あんなに渋っていたのに、何故『俺』は悪魔と戦っているのだろう?女神様のお願いに逆らえなかったのだろうか?
 「朝ごはんよ。起きなさい」
 下の階から母の声がします。あの夢よりもまずは試験の方が先だと結論付けた若者は、朝食を食べ、今度は城の門番兵の幼馴染の娘に会いに行きました。
 「『記憶石』?持っているけど」
 そう言って城の門番兵の幼馴染は、『記憶石』を見せてくれました。
 「この『記憶石』を俺に譲ってはくれないだろうか?」
 「……」
 若者の言葉に、城の門番兵の幼馴染は渋面をつくりました。
 若者は彼女の反応におや?と思いました。今回も前の二人と同様にあっさりと『記憶石』を渡してくれると思っていたのです。
 「もしかして、駄目なのか?」
 門番兵の幼馴染は首を横に振ります。
 「駄目じゃない。駄目じゃないの。ただ、後悔しない?」
 「後悔?」
 門番兵の幼馴染の言葉に若者は首を傾げます。
 「これは、あなたがこれまで手にしたあの二つとは違うわ。これはあなたの心を傷つけてしまうかもしれない。それでもこれが欲しい?」
 「そんな石を受け取ったくらいで傷つくわけないだろう」
 「後悔しない?」
 「しないよ。寧ろ、受け取らなかった方が後悔するさ」
 「それならいいわ。どうぞ」
 「ありがとう」
 門番兵の幼馴染にお礼を言いながら、若者は『記憶石』を受け取りました。すると……。
 グシャリ。奇妙な音と共に、背中に刃物か何かで刺されたような激痛がはしりました。それだけではありません。体全身に何かで叩きつけられるような痛みが襲います。痛みは治まることなく、どんどん激しさを増していきます。
 若者はあまりの痛みに立っていることができず、地面に倒れてしまいました。
 門番兵の幼馴染は悲しげな表情で若者を見下ろします。
 「後悔、しないでね」
 その声が届くと同時に、若者の意識はぱたりと消えました。

 「うおおおおっ」
 雄叫びを上げながら、最後の悪魔を斬りつける。胴体が真っ二つに割れた悪魔は黒い血を噴水のように吹き出しながら、バタリと倒れた。
 前回のような失態を犯さぬよう、悪魔が死んでいるかしっかり確認する。息は絶えているし、核はきっちり破壊できている。うん、大丈夫。二度と起き上がってくることはないだろう。
 「おーい、悪魔は全部倒した。もう大丈夫だぞ!」
 後ろに振り返ってそう叫ぶと、建物の陰から、悪魔から身を隠していたこの町の住民達がぞろぞろと出てきた。
 「わ、私達は助かったのか?」
 「信じられん。あの数の悪魔をたった一人で倒すなんて」
 「さすが女神様に選ばれし勇者様」
 「勇者様。この町を救ってくださりありがとうございます。何とお礼をすればよいか」
 「いや、俺は自分の仕事を全うしただけ」
 だから、お礼はいらない、と口にする直前、背後から何かがぶつかる衝撃と共にグシャリと奇妙な音が響いた。
 「え?」
 呆然と見下ろすと、腹から銀色に煌く何が生えている。背後から刃物で刺されたのだと悟ると同時に激しい痛みが襲い、体がグラッと前に傾く。
 「おにいちゃん?」
 町の住民の少年が突然倒れた俺を不思議そうな顔で見下ろす。
 「きゃああああああ」
 「勇者様!」
 「お、お前、勇者様に何てことを」
 「勇者?こいつが?そんなわけないだろう。こいつは化け物だ!」
 俺の体から勢いよく剣を抜きながら、そいつは住民達に向かって叫ぶ。
 「何を言っている。この方は女神様に選ばれた勇者様なのだぞ。化け物のわけがないだろ!」
 「ああ、勇者様!」
 「お兄ちゃん!お兄ちゃん!しっかりして!」
 ああ、刺されたところが熱い。まるで焼けるようだ。傷口からドクドクと血が出ていくのを感じる。なんか最近血を流してばかりだ。おい、少年。心配してくれるのは嬉しいが、体を揺さぶるのは止めてくれ。傷口に響く。
 「俺はこいつと同じ村で育ったんだ。だからこいつの正体を知っている。こいつはな、悪魔と人間の間に生まれた化け物なんだよ!」
 「そんなわけないだろ!」
 「こいつの血をよく見ろ!」
 その男の言葉に、周囲はピタッと静まり返る。ハッと息をのむ音が微かに聞こえた。
 「確かに。よく見たら、こいつの血黒いぞ」
 「本当だわ。真っ黒」
 「悪魔と同じ血の色」
 「ま、まさか、本当に悪魔の子供……!」
 「ね、ねえ、皆、どうしたの?誰かお兄ちゃんの傷を治してよ」
 「坊や!そいつから離れなさい!」
 「え⁉何で⁉」
 「そいつは化け物よ」
 「化け物?違うよ!お兄ちゃんは勇者だよ!だって、僕達を悪魔から助けてくれたじゃない!」
 「それは、きっと獲物を横取りされない為だろ。この後で、俺達を油断させて食うつもりだったのさ。女神に選ばれた勇者ってのも、俺達を油断させる為の嘘だろうよ」
 「そんな……」
 「許せない」
 「俺達を騙してたなんて」
 「死ね!化け物‼」
 「死んじまえ!」
 住民達は地面に転がっている角材や木の枝、瓦礫を拾うと、次々と俺に殴りかかってくる。
 「死ね!死ね!化け物‼」
 「貴様の思い通りにはさせねえ!」
 「やめ……!お兄…が死んじゃ…」
 「お前が、お前が女神様に選ばれたなんて嘘だ!嘘なんだろ!え!化け物のお前が女神様に選ばれる筈がないだ!」
 ゴッ、ガッ、ゴッ!
 痛い、痛い、痛い。止めろ、止めてくれ。このままじゃ、このままじゃあ死んじまう。
 止めてくれと住民達に叫ぼうと、口を開くが、出てきたのは声ではなく、ヒューッ、ヒューッとした呼吸音のみ。
 『何故、悪魔と戦うの?』
 不意に、あの女悪魔の言葉が蘇る。
 あれ?俺は何故、悪魔と戦っているんだっけ?
守るべき者達から殺意を向かれ。憎まれ。攻撃されて。
俺は何の為に戦って、俺は、どうして、何故……

 「あああああああああ!」
 若者は叫び声を上げながら、飛び起きました。辺りを見回すと、自室のベッドの上にいました。自分を殺す勢いで攻撃するあの町の住民達の姿が無いことを確認すると、若者はホッと安堵の息を吐きました。
 「夢か……いや、違う。あれは夢じゃない」
 若者は思い出しました。そして悟りました。『記憶石』に触れる度に視た『あれ』が夢でなく、紛れもない己の記憶であるということを。
 若者は、悪魔と人間のハーフであり、女神に守護神の後継者として選ばれ、悪魔と対峙する日々を送り、そして……。
 「ん?ちょっと待て」
 ふと、そこである疑問が浮かび上がりました。
 「ここはどこだ?何故、俺はここにいる?」
 若者の記憶は、あの町の住民達に襲われ、意識を失ってしまったところで途絶えてしまっているのです。その先の記憶は全くありません。いつの間にかこの世界の、この国の住人として暮らしていました。
 若者が理解していることは一つだけ。この家は、この国は、この世界は、自分が生まれ、育ち、過ごしていたところとは全くの別物であるということです。
 「ここは夢の世界」
 突然、若者の前に黒フードの男が現れました。
 「あなたの敵、あなたに害なす者が存在しない、あなたの為だけに創られた世界だ」
 「夢の世界?これは夢なのか?ということはつまり、俺は今、眠っているのか」
 「その通り。あなたはあの出来事で心に深い傷を負ってしまった。あのままではあなたの心が壊れてしまう。あなたの心が壊れてしまわぬように、この世界を創り、あなたを連れて来たのだ」
 「……そういえば、昔こんな悪魔の話を聞いたことがある。そいつは実体の無い悪魔で、心に深い傷を負った人間に取り憑くのだそうだ。そして、取り憑いた人間を深い眠りに誘い、甘美な夢をみせ、二度と目覚めさせないという。その悪魔は確か夢魔とかいったな。お前、それだろう」
 「人聞きが悪いな。私達はただ、これ以上心が傷つかないよう守っているだけなのだが」
 「ふん。心を守る為だろうか何だろうが、お前達のその行為は殺人行為と何ら変わらん。二度と目覚めぬ眠りなんて死と同義。俺はずっと眠っているなんて真っ平ごめんだ。現実に戻る」
 そう言うと、若者は脱兎の如く黒フードの男が逃げ出し、家を出て、国を出て、あの洞窟の奥にある扉に向かって駆けます。
 きっとあの扉は夢の出口だろうと、若者は考えます。
 あの魔法使いは言いました。『あなたに会いたがっている者達はあの扉の向こうにいる』と。
 黒フードの男は言いました。『あの扉はね、異世界に繋がっているのだよ』と。
 自分に会いたがっている者達がいる、この夢の世界とは別の世界。つまり、あの扉は現実の世界に繋がっているのです。
 若者は扉に辿り着くと、ドアノブを掴み、扉を開こうとします。しかし、前回訪れた時と同様、押しても引いても扉は開きません。
 「クソッ、何で開かないのだ!」
 「それは、君が目覚めるのを拒んでいるからだよ」
 振り向くと、そこには黒フードの男が立っていました。
 「俺が目覚めるのを拒んでいる?そんな訳ないだろう。現実の世界に帰りたがっているこの必死の姿が見えんのか」
 「いいや。君は目覚めるのを拒んでいる。その扉が開かないのが何よりの証拠だ。この扉はね、真に目覚めたいという思いがあれば開くようになっているのだよ。その扉が開かないということは、つまり、目覚めたいという気持ちよりも、目覚めたくないという気持ちの方が勝っているということだろうね」
 「嘘だ。そんな筈はない。俺は目覚めたいと思っている。思っているんだ」
 「ああ、確かに君のその『目覚めたい』という気持ちは本物なのだろう。君は記憶を思い出したことで、目覚めなくてはと思った。だが同時に、目覚めることに恐怖を覚えた筈だ。まあ無理もない。あんな目に遭えばね」
 「……もしや貴様、記憶を思い出させたのはこの為か」
 「嫌な記憶を思いだせば、あんな世界に帰ろうとは思わなくなるだろう?」
 「おかしいと思ったのだ!試験にしてはいやに簡単すぎると!わざとトラウマ・メモリーを見させて、目覚めさせないようにしようとは。この鬼畜!外道!悪魔!」
 「まあ、私はあなた達でいうところの悪魔だからね。……しかし、解せないな。何故、あんな恐ろしい目に遭ってまで目覚めたいと思うのだ?」
 「そ、それは……」
 黒フードの男の問いに答えようとしましたが、答えられませんでした。何故なら、若者自身、何故目覚めたいのかわからないからです。
 目覚めたいのは、悪魔から世界を守る為?いや、そもそも何故、悪魔の血が半分流れる自分が悪魔と戦っているのだろうか?女神様に選ばれたから?
 どんなに思い出そうとしても、思い出せません。悪魔と戦うのに理由があったのは覚えています。そして、それが目覚めたいと思う理由と同じものであるということも何となく感じています。しかし、その理由が何であったかだけが思い出せないのです。まるでその部分だけがすっぽりと抜け落ちているかのようです。
 きっとその『理由』を思い出さなければ、扉は開かないでしょう。だから、『理由』を思い出さなければ。でも、どうやって思い出せばいいのでしょう?
 「一体どうすれば……」
 「そんなの簡単よ!」
 突然、若者の呟きに答えるかのように、力強い声が周囲に轟きました。そして次の瞬間、パッと周囲が光ったかと思うと、大柄の男が現れました。黒の三角帽子を被り、黒マントに黒のビキニパンツという姿の男。そうです。あの変た……魔法使いです。肩には黒色のドレスを身に纏った美少女を乗せています。なんと彼女は、魔法使いが現れるまでいつも若者の傍にいたお姫様ではありませんか。
 「試験を終わらせばいいのよ!」
 魔法使いはお姫様を肩から降ろしながら、若者にそう告げます。
 「貴様!何故ここに!あの時、強制送還した筈!」
 「ふん!あんたの様な下等悪魔にこの私を追い払えると思って?あれはやられたふりをしただけよ」
 「その『姫』を使って何をするつもりだ!」
 「何をするつもりって、まだ途中だった試験を終わらせるだけよ。さあ、坊や。この『お姫様』から最後の『記憶石』を受け取りなさい!そうすれば、あなたが今まで悪魔と戦ってきた理由、そして、目覚めたい理由が思い出す筈よ!」
 若者は魔法使いの言葉に頷くと、お姫様に一歩近づき、言います。
 「あなたが持っている『記憶石』を渡してほしい。その石にはきっと俺の大切な記憶がある筈だから」
 お姫様はその金色の瞳でジッと若者を見つめると、ふわっと花のような笑顔を浮かべ、緑色に輝く石を差し出しました。
 「私の愛しい人。今、貴方にお返ししますわ」
 「だ、駄目だ!止めろ!それに触れてはいけない!」
 黒フードの声に構わず、若者はお姫様から『記憶石』を受け取りました。
 石に触れた瞬間、ゴンッと頭に強い衝撃が襲い、若者の視界が暗転しました。

 「こんな死ぬ思いをしてまで、戦う理由は何?だって、あなたは私達と同じ悪魔の血が流れているじゃない」
 またこの質問か。俺が悪魔と人間のハーフと知る連中は、皆その質問をしてくる。
 俺が悪魔と戦う理由だって?そんなの決まっている。
 「この世界が好きだからだ」
 「……」
 質問してきた女悪魔から何も返ってこないことに不審に思い、見上げると、ポカンとした顔でこちらを見ていた。おお、いつも飄々とした態度をした彼女がこんな表情するとは、なんて珍しい。
 「変か?」
 「え?」
 「いや、何かポカンとした顔をしてたから。変なこと言ったかなと思ってな」
 「違うわ。ただその、凄く意外だったから。ほら、悪魔と人間のハーフって、人間に関わらず、この世界の住民に忌み嫌われているでしょう。迫害なんかもされたりして。だから、この世界が憎い・嫌いだという奴は見たことあるけど、この世界が好きだという奴は今まで見たことなかったから珍しくて」
 「ふうん。俺も迫害されてきたが、世界を憎んだり、嫌いだと思ったことはないな。ああ、だからと言って盲目的にこの世界を好きだと思っているわけではないぞ。確かにこの世界は美しいとは思っているが、世界は美しいだけではないし、醜い部分もあることを知っている。むしろ、美しい部分よりも醜い部分の方が多いかもしれん。でも、それでもこの世界が好きだ。愛しているといっても過言ではない」
 「そう。そんなに愛しちゃっているのね。この世界を」
 「ああ。まあ、女神様に指摘されるまでは、この想いに気付かなかったがな」
 「女神に?」
 そう。女神様に呼ばれたあの日。あの時のあの問いに女神様はこう答えた。
 『いいえ。貴方ほど守護神の後継者に相応しい者はいません。だって貴方は誰よりもこの世界を愛していますから』
 その言葉に俺はひどく納得してしまった。ああ、そうか。俺はこの世界が好きだったのだか。
 物心がついたころから、俺は悪魔が許せなかった。我が物顔でこの世界を闊歩し、破壊し、蹂躙し、傷つけるあの連中が。ただ、何故あの連中のことをあそこまで許せないのかがわからなかった。半分でも俺の身の内にはあの連中と同じ血が流れている筈なのに。女神様の言葉を聞いてこの不可解な感情の正体がわかったのだ。この世界が好きだから、愛しているから、あの連中を俺は許せないのだと。

 若者が目を覚ますと、そこは洞窟の中ではなく、真っ暗な闇の中でした。若者は慌てて辺りを見回します。後ろに洞窟の奥にあったのと同じ扉がぽつんと立っているのを目にし、ホッと息を吐きました。
 若者が、その扉を開けようと一歩踏み出した次の瞬間、何者かが、若者の腕を強く掴み、若者を引き留めました。若者を引き留めたのは、あの黒フードの男でした。
 「駄目だ。あの扉の向こうに行ってはいけない」
 「話が違うな。夢魔よ。お前は確か、試験を終えても尚、あの扉の向こうに行きたいと思うのならば通すと言っていた筈だが?」
 「駄目だ、駄目だ、駄目だ!あそこは危険だ!あなたを傷つける!ここにいよう。ここにはあなたの敵はいない。貴方を傷つけるものなんて存在しない。だから、ここにいよう」
 「俺はここにはいられない」
 「何故?何故だ⁉」
 「何故なら、ここは俺の愛する世界ではないからだ」
 黒フードの男は信じられないという顔で若者を見ます。
 「夢魔よ。よく聞け。お前が言うように、確かに俺はあの一件で心に深い傷を負った。だがな、だからと言って一生夢の世界に引き籠りたいとは思わん。人によってはお前のそれが救いとなる場合もあるかもしれない。だが、俺にはお前の守護は必要ない。お前は要らない。だから、俺の中から出ていけ!」
 若者がそう叫ぶと、黒フードの男の姿がスーッと掻き消えました。
 夢魔は弱い悪魔です。宿主が出て行けと強く念じれば、夢魔は宿主の中にいることはできません。
 「ふう、終わったわね」
 今まで姿を消していた魔法使いが若者の前に現れました。
 「これで私の仕事を果たせることができるわ」
 「……一つ気になることがある」
 「あら何かしら?もしかして、私のスリーサイズ?」
 「あの『お姫様』だ。最初の三人が『記憶石』を俺にあっさり渡したのはわかる。でも何故、あの『お姫様』まであっさりと渡しのだ?あの様子からして、夢魔は最初から最後の一つは渡す気がなかったように見えるが」
 「ああ、それは簡単よ。あの夢の世界の住人達はね。全部、あなたの記憶の中の人物を基にしているのよ。性格も行動原理も何もかもね。だから、彼らは夢魔の意に沿わない行動をする。あの『お姫様』があっさり『記憶石』をあなたに渡したのは、きっと、彼女のモデルとなった人物が、あなたがずっとこんな所で眠っていて欲しくないと思っているような人物だからだと思うわ」
 「そうか。……ちなみに、俺に会いたい者達ってどんな奴らだ?もしかして、俺の知り合い?」
 「それは、目覚めればすぐわかるわ。もうお喋りはお終い。さっさと扉を開けて、現実に戻りましょう」
 「最後に一つだけ」
 「何よ」
 「ありがとう」
 「へっ?」
 魔法使いは、若者の思いもよらない言葉に、思わず目を丸くしました。そんな魔法使いを尻目に、若者は扉を開けます。
 扉はあっさりと開きました。若者は何の躊躇もなく扉の向こうへと足を踏み出しました。

 瞼を開くと、視界に真っ白な天井か飛び込んできた。鉛のように重たい上半身を起こし、グラッとする頭を抱えながら周囲を見回す。真っ白な部屋だ。まるで病室の様だ。どうやら俺は、今まで、この真っ白な部屋のベッドの上で眠っていたらしい。
 窓の外の景色を見る限り、どうやらここはあの町ではないらしい。この景色に見覚えがあるから、以前立ち寄ったことのあるどこかなのだろうが、寝起きの所為か、頭がぼんやりしていて思い出せない。
 突然、ガチャリと扉が開く音がした。そちらへ顔を向けると、一人の女が立っていた。
 恐らく、俺が目覚めているとは思っていなかったのだろう。金色の目を大きく見開かせながら、こちらを見つめる。
 ここはどこだ?とか、あの魔法使いが言っていた俺に会いたい者達ってお前のことか?とか、そもそもあの魔法使いは何なんだ?とか、もしかしてあの町の連中から助けてくれたのか?とか、もしかして、心配してくれたのか?とか、頭に色々と言いたいことが浮かんできたが、とりあえず、まず始めに目覚めの挨拶を口にする。
 「おはよう」

(完)





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