年賀状
「ねえあなた、これ見て」
元日の昼過ぎの事だった。こたつでおせち料理をつまみながら日本酒をちびりちびりとやっていると、妻が部屋に入ってくるなり一枚の年賀状を差し出した。もう片方の手には年賀状の束を持っている。もうおかしくてたまらないといった表情をしている。
「なんだよいったい」
「これなんだけど、おかしいの」
見るとその年賀状は大学時代の友人から送られたものだった。もうすっかりと付き合いも途絶えてしまい、年に一度交わす年賀状だけが繋がりとなって久しい。
「佐野からじゃないか、これがどうしたの」
「裏を見てみて」
受け取ったはがきを言われるままにひっくり返してみると、そこには今年の干支が描かれてあった。プリントされた状態で販売されている『ありもの』の年賀はがきで、あいさつ文が手書きの毛筆で書かれている。
謹賀新年
今年も残り少なくなりました
どうかお身体にお気を付けください
「ぷっ」思わず私は吹き出してしまった。
「ね、おかしいでしょ」
妻はこらえきれないといった風に笑い出す。
「ほんとだ、そそっかしいなあ。『今年も残り少なくなりました』だって」
「佐野さん、これを書いている年末の気分でそのまま書いちゃったのかしら」
ふたりで大笑い。正月からご機嫌な気分だ。
そのときだった。いきなり地面からドンと突き上げられる衝撃を感じたかと思うと家中ががたがたと大きな音をたてて揺れ出した。演芸番組をだらだらと流していたテレビが突然切り替わり、画面ではアナウンサーが険しい表情で叫ぶように同じ言葉を繰り返していた。
「緊急警報です。緊急警報です。身の安全を確保してください」
アナウンサーの後ろでは、東京だろうか、たくさんの高層ビルが次々に崩れていく様子を映し出していた。私と妻は立ち上がることさえ出来ずに抱き合ったままぶるぶると震えているのが精いっぱいだった。
『そういえば佐野は予知能力があるとかいってたなあ。あの頃はおかしな奴だと馬鹿にしていたが。残り少ないとはこういう意味だったのか』
家中の家具が倒れ転げまわる轟音と柱のミシミシという音を聴きながら私は考えていた。