初めての街
ラナファスト大森林を離れて公都へ向かう煉太郎達。
「見渡す限りの草原、どこまでも続いていそうな青い空。森の外はこんなにも素晴らしいんですね!」
瞳を爛々と輝かせながら森の外の光景に感動しているセレン。この調子だと公都に着いたらこれ以上にテンションが上がることは明確だろう。
「! あれが公都ですか!」
ようやく公都の城門が見え、嬉しそうに喜ぶセレン。
「お母さんに話は聞いていましたけど、やはり大きい門ですね!」
セレンの母親のセリーエはハーンス出身だ。当然セレンにはそのことを伝えているし、街の風景も話に聞いていたので訪れられたことに喜んでいるようだ。
「そうだ、これを着てろセレン」
煉太郎は異空間からフード付きのローブをセレンに渡す。これはセレンがエルフ族だと言うことを隠すためだ。
今の公都では謎の植物モンスターの噂で持ちきりだ。しかも植物モンスターが出現したのはエルフ族の仕業だと言う噂が広まっている。その一件は解決したのだが、そんなことを住人達は知る由しもないこと。
この状況でセレンの正体がエルフ族だとバレれば面倒なことが起きるのは明白。
だからここはセレンの正体を隠す必要があるのだ。
公都の正門まで辿り着いた煉太郎達は街に入るために相変わらずの長蛇の列に並びながら順番を待つ。
「(いいか、お前がエルフ族だと知られないようにちゃんと演技しろよ……)」
「(はい、分かってます……)」
小声で打ち合わせをしながら順番を待つ煉太郎達。
「よし、次!」
煉太郎達の番が来たので前に進む煉太郎達。
「昨日の2人か。クエストの帰りか?」
「そんなところだ」
「無事に生還出来て何よりだ。それでそっちの奴は初めて見る顔だな。公都は初めてか?」
「は、はい……」
質問されてセレンはフードを更に深く被る。
「……どうかしたのか?」
そんなセレンの態度を不審に思う門番。
このままではセレンの正体がバレれると思ったのか、すかさずフォローに入る煉太郎。
「こいつはセレン。クエストの最中に遭遇した冒険者志望の者だ。少し人見知りな性格らしくて、初めて会う相手には顔を隠してしまうようなんだ」
「人見知り、か……」
「……」
マジマジとセレンを見つめる門番。
冷や汗が止まらないセレン。
微妙な空気が数秒続いた。
「……公都が初めてなら書類の記入が必要だな。少し時間を貰えるか?」
「は、はい……」
詰所に入り、書類の必要事項に記入していき、ようやく街へと入ることが出来た煉太郎達。
「これが公都の街の――お母さんが見ていた風景なんですね……!」
大勢の人々。連なる家の数々。賑やかな市場。かつて母親であるサリーエが見ていた風景を目の当たりにして余程嬉しかったのか感動の涙を流すセレン。
「今日はもう日が暮れるから無理だが、明日は正午まで時間がある。だから少し街を見て回るか」
「はい、是非お願いします!」
涙を拭って頷くセレン。
それから調合屋のミネルバに月光花を渡しに調合やへと向かう煉太郎達。
「ミネルバはいるか?」
「あんた達、無事だったんだね!」
来店してきた煉太郎達の姿を見て、ミネルバは驚いた顔をしてカウンターの席を立つ。寝不足なのか、目のまわりには隈が出来ている。
煉太郎達がラナファスト大森林へと向かったきり帰ってこなかったので他の冒険者と同様に植物モンスターに襲われたのではないかと思ってミネルバは 心配で一睡も出来なかったのだ。
「心配かけたな」
素直に謝る煉太郎。ここまで自分達のことを心配してくれているミネルバに対して申し訳ないことをしたと感じているようだ。
「まったくじゃよ。あまり年寄りを心配させるんじゃないよ」
怒っているように見えるが、内心では心底ホッとしているミネルバ。それだけ煉太郎達のことが気掛かりだったようだ。
「ところで、そっちの娘は誰なんじだい?」
初めて会うセレンに視線を向けるミネルバ。
視線を向けられて思わずフードを深く被るセレン。
「この人は大丈夫だぞ、セレン」
ミネルバなら秘密を守るだろうと判断した煉太郎に促されて、セレンは小さく頷くと被っていたフードを外す。
「初めまして、セレンです。この度レンタロウさん達と一緒に旅をさせて貰うことになりました」
「え、エルフだったのかい……」
セレンの正体がエルフだと知って驚くミネルバ。それと同時に敵愾心を抱く。人々を襲う植物モンスターと関わりがあると噂されているエルフ族が目の前にいるのだから仕方がないことだろう。
「説明するからそう警戒するな」
煉太郎はセレンの誤解を解くためにラナファスト大森林で起きた出来事を話した。そして植物モンスターの発生となった原因も解決したのでもう植物モンスターが出現することがないことも説明した。
これでエルフ族の悪い噂も時間と共に消えるだろう。
「さて、セレンの誤解も解けたんだ。さっそく調合薬を作って貰うぞ」
煉太郎は異空間から月光花を取り出すと、それをミネルバに渡す。
「おお、これぞまさしく月光花。これでドーンに頼まれていた調合薬が作れるね。ちょっと待っておくれ」
そう言ってミネルバは隣の調合室に向かうと、部屋の片隅にある棚に置かれている乾燥させた薬草や不気味な液体が入った瓶を取り出し、月光花と共に机の上へと置く。
「『調合』発動』」
ミネルバの手から淡い光が放たれると、机の上に置かれている素材が混ざり合い、やがて青色の薬品になる。
「ほう、異能か……」
思わず感嘆の声を漏らす煉太郎。
今のは素材と素材を混ぜ合わせ薬を作る異能『調合』の力だ。非戦闘系の異能ではあるが、非常に稀少な異能でもある。
「さあ、出来たよ」
そう言ってミネルバは、出来たばかりの調合薬を煉太郎に渡す。
「これで最後の素材が揃った」
魔動ジープ最後の材料である調合薬を見つめる煉太郎。後はこれをドーンに渡せば魔動ジープが完成する。
「さて、調合薬も手に入れたことだし、宿屋に行くとしようか」
「そうだね、何だか今日はとっても疲れちゃったよ……」
マンドラゴラとの戦闘で煉太郎達の体力は限界を迎えつつあった。今日はもう宿屋でゆっくりと休みたいのだ。
「それじゃあ、俺達は行くぞ」
煉太郎はお礼として金貨が数枚入った小袋をミネルバに渡す。
「毎度。ドーンの小僧によろしく言っておいておくれよ」
ミネルバに見送られて店を出る煉太郎達。その後は公都で1番豪華な宿屋に泊まり、一晩を過ごすのだった。