真実
「お父さん!?」
自分に話しかけてきた人物が父親であるレイモンと分かるや否や、セレンは驚きを隠せずにレイモンへと駆け寄る。
「お父さん、お父さん、お父さん……!」
「セレン、私の愛しい娘よ……」
10年ぶりの再会に涙する親子2人。
「今助けるからねお父さん!」
レイモンを助けようとセレンはマンドラゴラから引き離そうとするが、他の冒険者と同様に引き離すことは出来なかった。
持っていたナイフで強引にレイモンをマンドラゴラから引き離そうとするも、レイモンによって制止させられる。
「無理だセレン。私の身体とマンドラゴラは完全に一心同体となっている。もし私をマンドラゴラから引き離せば……私は死んでしまうだろう……」
「そ、そんな……」
辛い現実にセレンは力が抜けたようにその場にへたり込んでしまう。
そして、シスリカはレイモンに長年気になっていたことを質問する。
「レイモン、10年前に貴方がエルフの里を襲撃したのは何か理由があるのですよね? 何があったのか……真実を教えてくれませんか?」
「……」
シスリカの質問に暫くレ沈黙するレイモンだが、口を開く。
「私がエルフの里を襲ったのは、ある者からの命令だったからだ」
「ある者?」
「……ローランだ」
レイモンは10年前に起きた真実を語り始めるのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
10年前。
その日のラナファスト大森林は魔物はおろか動物までもが静まり返っていた。
「……すぅ……すぅ……」
「ふう、ようやく眠ってくれたな……」
愛娘であるセレンの寝顔を眺めながら、レイモンは毛布をセレンに掛ける。
ようやく眠ってくれたセレンに安堵の息を吐くと、レイモンは椅子に腰掛ける。
「サリーエが亡くなってから丁度一年目か……」
レイモンは天井を仰ぎながらそう呟いた。
レイモンの妻――サリーエがモンスターに襲われて亡くなってから今日で丁度一年。セレンは未だに母親を恋しがっており、未だに夜泣きが酷い状態だった。
それでもレイモンはめげることなくセレンを育ててきた。
「サリーエ、セレンは私が育てる。だから私達を見守っていてくれ……」
窓から夜空の星を仰ぎながら呟くレイモン。
その時――
ヒュン!
風をきる音と同時にレイモンの左頬を何かが掠め、壁に突き刺さる。少しでもずれていれば間違いなく死に値するものだった。
「これは……矢文か?」
壁に突き刺さっているのは一本の矢。それには手紙が付けられていた。
レイモンは矢から手紙を外して、手紙の内容を確認する。そしてそこには、驚くべき内容が書かれていた。
『貴様の妻を殺したのはモンスターではなく、私だ。真実を知りたければ1人で聖域の入り口へ来い』
「なん、だと……」
何者かが妻を殺したという内容に、レイモンは驚きを隠せなかった。そして、その驚きは次第に怒りへと変わっていく。
今まで妻はモンスターによって殺されたと思っていたレイモン。しかしそれがモンスターではなく何者かによって殺されたとなれば話は別だった。
「……許さない……殺してやる……聖域の入り口だな……」
手紙をくしゃりと握りしめながら、レイモンは急いで聖域の入り口へと向かう。
そして、聖域の入り口に辿り着いたレイモンはそこでフードを被って顔を隠した男と会う。
「貴様がこの矢文を放ったのか!? 私の妻を――サリーエを殺したとは本当のことかなのか!?」
矢文の内容が真実なのかを確めるためにレイモンは声を荒らげながら男に問いただす。
レイモンの問いに黙ったまま男は小さく頷く。
「お前!?」
目の前の男が妻を殺した張本人だと判明し、レイモンの怒りは限界を向かえる。隠し持っていたナイフを手にし、レイモンは殺気が満ちた瞳で男を睨み付ける。
「ナイフを仕舞え、レイモン」
何処か聞き覚えのある声。
そして、ようやく目の前の人物が誰なのかをレイモンは理解する。
「まさか……ローランなのか……?」
レイモンがそう言うと、男はフードを外し、その素顔を晒す。男の正体はローランだった。
「……ローラン、お前が妻を……サリーエを……殺したのか……!?」
信じられないといった表情でローランを見るレイモン。
そんな表情を見てローランはニヤリと笑みを浮かべる。
「そうだ。私がお前の妻を殺した。それはもう惨たらしく、まるでモンスターに殺されたかのようにな!」
「貴様ァァァァァァッ!」
怒号を上げながら持っていたナイフをローランに向けて降り払うレイモン。
しかし、次の瞬間――
「娘の命が惜しくないのか?」
ピタリ。
振り払ったナイフがローランの喉を引き裂く直前にナイフが止まる。
「俺が何の考えもなしでお前をここに呼び出したと思っているのか? 今俺の魔法で操っているモンスターがお前の家の前に待機させている。俺の合図1つでモンスターはお前の娘を殺すようにしてある」
「な、何だと……」
「娘を助けたければ俺の命令に従え。逆らえばどうなるか分かっているな?」
「この、外道が……!」
レイモンはローランの指示に従うしかなかった。
最初のローランの指示はエルフの里を襲撃することだった。しかもただ襲うだけではない。ローランのことは絶対に言わず、まるで復讐するかのように暴れろと。
レイモンはローランの指示通りにエルフの里を襲撃した。罪もない同族を傷つけるのは非常に心を痛める行為だったが、娘のセレンを守る為には仕方がなかった。
エルフの里を襲撃した後に出された指示はローランを創世樹のある聖域へと案内することだった。
聖域に行く道筋を知っているのは長老のシスリカか当事『守り人』のリーダーをしていたレイモンだけだったので、ローランには道案内が必要だった。
レイモンに案内され、ローランは聖域へと到達すると、
「誰!?」
創世樹を守護する妖精がローラン達の前に現れる。
「貴方もしかして……レイモン?」
顔馴染に妖精は思わず首を傾げる。
「どうして貴方がここにいるの? この聖域には長老であるシスリカの同行が必要よ。それにそこのエルフは誰? 見ない顔ね?」
「あんたが創世樹の妖精様か。悪いがあんたを利用させて貰う」
「利用するですって?」
「ああ。この創世樹の中に眠る邪神の遺産を目覚めさせる」
「何ですって!?」
ローランの言葉に妖精は驚いた声を上げる。
創世樹の内部に邪神の遺産が封印されていることは誰にも口外されていないことだ。それは現エルフ族の長老であるシスリカにでさえ知らされていないことだった。
「貴方、正気なの!? 邪神の遺産の封印が解かれれば貴方だけじゃない、この世界が滅ぶかもしれないのよ!?」
妖精の言葉に口角を吊り上げるローラン。
「ああ、知っているさ。分かっている上で邪神の遺産の封印を解くつもりだ」
「貴方は……」
邪神の遺産の恐ろしさ知った上で封印を解こうとするローランに妖精は目を細める。
「でしたら貴方をここで排除します。邪神の遺産を目覚めさせようとする者は誰であろうと許さないわ」
そう言って妖精の周りから複数の魔法陣が出現する。
「無駄だ」
ローランは懐から小さな水晶玉を取り出すと、それを妖精に向けて投げる。
放られた水晶玉は砕け散ると、目映い光が妖精を包み込んだ。
「あ、ああ……」
光に包まれた妖精に異変が起きる。まるで金縛りにあったかのように身体が硬直し、そのまま地面へと落ちる。
「……何、これ……」
状況が理解出来ない妖精が辛うじて動かせる口で呟く。
「先程の水晶玉の光は一時的だが妖精の動きを封じる効果がある。皮肉にも私が激しく憎んでいる人間族が作り出した物だ」
ローランは妖精の身柄を拘束すると、そのまま創世樹の内部へと入る。
そして、その最新部にようやくローランが探していた邪神の遺産を発見する。
「これが邪神の遺産――マンドラゴラの種か!」
中央の台座は妖しげな雰囲気を纏った黒い種が納められていた。
ローランはそれを手にしてニヤリと笑みを浮かべると、それをローランに渡す。
「それを飲めレイモン。お前がマンドラゴラの核となるのだ」
「ダメ! マンドラゴラが復活すれば大変なことになる! それを飲んではダメよ!」
「私の命令に逆らうつもりか?」
ローランは醜悪な笑みを浮かべながらレイモンに問う。
娘か世界。勿論レイモンの答えは決まっていた。
「分かった。マンドラゴラの核になろう……」
「それでいい」
それを聞いてレイモンはマンドラゴラの種を口の中へと放り込む。
「ぐ、がああああああああっ!?」
マンドラゴラの種を飲み込んだ直後、レイモンの身体に異変が起きる。
レイモンの身体からまるで巨大な花のようなものが生え、瞬く間に大きく成長を遂げていく。
「これがマンドラゴラ!何て素晴らしい!」
マンドラゴラの復活に歓喜の声を上げるローラン。
「何てことを……」
そんなローランを他所に妖精は悔しげに呟く。邪神の遺産が復活を遂げないように聖域を守護する。かつて神々から与えられた使命を果たすことが出来なかったことを悔いているようだ。
「許さない!」
マジックアイテムの効力が消えたのか、ようやく身体を自由に動かせるようになった妖精はローランに奇襲を仕掛ける。
しかし――
「やれ、マンドラゴラ」
ローランが指示を出すと、マンドラゴラの触手の1つが妖精の身体を拘束する。
「流石は創世樹の守護を任せられる妖精。お前の魔力なら強力なモンスターが作りだせるな」
ローランがそう言うと、マンドラゴラの別の触手が妖精に近づき、その身体に種を植え付ける。
「きゃあああああああっ!」
悲鳴を上げる妖精。彼女の身体が徐々に変貌を遂げていき、その姿は植物大蜘蛛となる。
「これで邪魔物は消えたな」
「……これでいいだろう……。約束通り娘には危害を加えないでくれ……」
「約束? 俺が約束を守ると本気で信じていたのか?」
「何だと……?」
「お前の娘は半分人間族の血が混じっている『忌み子』だ。そんな存在を本気で殺さないと思っているのか ?つくづくお人好しだなお前は」
「き、さま……」
「お前の娘は殺す。これは決定事項だ」
「そうは……させん! セレンは、私が命にかえても守ってみせる……!」
そう言うと、レイモンは詠唱を開始する。
「〝我が命と引き換えに加護を与える――ホーリープロテクト〟」
詠唱が終わると、レイモンの身体が一瞬目映い光に包まれる?そしてその光は何処かへと飛び去ってしまった。
「な、何をしたんだレイモン!?」
突然の出来事にレイモンに問いただすローラン。
「今のは最上級の光魔法〝ホーリープロテクト〟。術者の命を削り他者に守りの加護を与える魔法だ。私の命と引き換えでセレンに守りの加護を与えた。これで貴様の操っているモンスターはおろか、あの子を傷つけられる者はいないだろう」
「舐めた真似を!」
怒りを露にし、ローランは身動き取れないレイモンに八つ当たりとして何度も拳を振るう。
しばらくすると、ローランは落ち着きを取り戻したのか、再度笑みを浮かべる。
「まあいい。どうせ貴様の命はそう長くはないだろう。お前の魔法の効力が消えるまで娘は手を出さないでいよう。まずはこのマンドラゴラに贄を与え、軍勢を作り出す。そして手始めにこの国を滅ぼし、更に軍勢を増やして別の国を滅ぼす。そして人間族を1人残らず滅ぼしてやる。ここからが私の復讐劇の始まりだ!」
狂喜に満ちた表情で高笑いするローランを、何も出来ずにただ見つめているレイモンは悔しげするのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「それが10年前に起きた真実だ」
レイモンから語られる真実を聞いて息を呑むセレンとシスリカ。
「私が今まで無事に過ごせてこられたのは全部お父さんのお陰だったんだね……」
再度涙するセレン。
「長老、急いで里に戻り、ローランを止めるんだ。奴はこのマンドラゴラを使って植物モンスターの軍勢を作り、人間を滅ぼそうしている」
「何ですって!?」
レイモンの言葉にシスリカは声を上げる。
「私は急いで里に戻ります! 貴方達は――」
「その必要はない」
突然話しかけられ、全員が視線を向ける。そこにはこの事件の元凶であるローランの姿があった。
「ローラン……!!」
レイモンが憎々しいようにローランを睨み付ける。
「話は全てレイモンから聞きましたよ。貴方が我々を騙し、ラナファスト大森林で異変を起こさせている元凶だということを……!」
怒るシスリカを見ると、ローランはニヤリと笑みを浮かべる。
「そうだ。私が全て仕組んだ。人間を一人残らず殺すためにな」
「貴方が人間を憎む気持ちは分かりました。ですがどのような理由でも邪神の遺産であるマンドラゴラを蘇らせたのは重罪です。里に戻り次第、即刻貴方を処罰します」
「里か……。今頃里は私が差し向けた植物モンスター達に襲われている筈だ。里のエルフ達は皆、このマンドラゴラの生贄として使用する為にな」
「何ですって!?」
「それにお前達が里に戻ることはもうない。何故なら……ここで死ぬのだかな!」
そう言うと、ローランは懐から黒い植物の取り出した。
「何だあれは……?」
いかにも妖しげな植物の種。邪悪で禍々しい魔力を放っているのをシスリカは感じた。
「あれは」
植物の種を見て、レイモンは驚愕する。
「あれはマンドラゴラの種だ」
「そうだ! これを取り込めば俺はさらに強くなれる。貴様達では相手にならぬ程にな!」
「やめろローラン! それを取り込めばお前はもう後戻りは出来なくなるんだぞ!」
「構うものか! 人間を根絶やしに出来るのなら喜んでこの身を犠牲にしようでわないか!」
そう言ってローランはマンドラゴラの種を口の中へと放り込む。
「グ、ガアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
マンドラゴラの種を呑み込んだローランは断末魔に似たような絶叫を上げると、みるみる変貌を遂げていく。
瞳は白濁し、身体は3メートルまで巨大化、まるで植物のように変化する。爪も鉤爪のように鋭利となり、その姿はまさに化け物と呼ぶに相応しいだろう。
「スバラシイ、コレガマンドラゴラノチカラカ! サア、ゼンインミナゴロシニシテヤル!」




