再会
植物大蜘蛛から創世樹の守護者である妖精が現れて、煉太郎達は眼を丸くする。
「妖精様、しっかりして下さい! 妖精様!」
シスリカが必死で妖精に呼び掛ける。
「ん……んん……」
シスリカの呼び掛けで妖精は意識を取り戻したのか、朧気に反応する。
「ま、魔……力……」
ポツリと呟く妖精。
先程まで植物大蜘蛛に変身していた影響なのか、保有する魔力の殆どを消費しているのでぐったりとしている。
「レンタロウさん、妖精様に貴方の魔力を分けて貰えませんか?」
煉太郎に懇願するシスリカ。煉太郎程の魔力なら妖精の魔力をする回復出来ると考えたのだ。
煉太郎は「やれやれ……」と小さく呟くと、妖精の身体に触れて、魔力を流し込む。
流石は妖精族と言ったところか、煉太郎の持つ魔力をかなり消費することになった。
「復活!」
煉太郎の魔力のお陰で元気になったのか、妖精が歓喜の声をあげる。
「あれ? 貴方達……誰?」
今更気がついたのか、煉太郎の姿を見て眼をパチクリさせるながら首を傾げる妖精。
「お前が創世樹の妖精か?」
「え? まさか……人間……?」
自分に話しかけてきた煉太郎が人間族だと分かるや否や、どうして聖域に人間族がいるのかと驚愕する。
「どうして聖域に人間族がいるのよ!?」
妖精は慌てて宙に飛ぶと、敵意を露にする。
妖精の周辺には魔力が覆われていき、複数の魔法陣が出現する。明らかに敵対心を抱いている。
「人がせっかく助けてやったと言うのに、敵意を向けてくるとか、腹が立つ妖精だな……」
恩を仇で返されて、凄まじい殺気を放つ煉太郎。既にその手にはタスラムが納められており、いつでも発砲出来る状況だった。
そんな一触即発の状況を止めるべく、シスリカが2人の間に割って入る。
「お久しぶりです、妖精様」
「シスリカじゃない! 久しぶりでね! 今からそこの人間族の男を追い出すところだから退いた方がいわよ」
「この若者は敵ではありません。我々の協力者です」
「何ですって……?」
シスリカの言葉を聞いて、妖精は展開している魔法陣を消す。
「レンタロウさんも武器を納めてください」
「……分かった」
妖精が魔法を発動するのを中断したので、煉太郎もタスラムを懐に仕舞う。
「それで、どういうことなの? 人間族はエルフ族にとっては敵だと思っていたのだけど?」
「確かに人間族は我々を奴隷狩りの対象として多くの仲間を拐いました。しかし、この少年は他の人間族とは違います。ワタシは信用出来る者としてこの聖域に入ることを許しました」
「……」
妖精は少し考え事をすると、煉太郎に近づく。
「シスリカが認めたのなら信用しましょう。敵意を向けてごめんなさいね」
頭を下げて煉太郎に謝罪する妖精。どうやら根は素直のようだ。
「それで、ラナファスト大森林で起きている異変について、教えて貰えますでしょうか?」
シスリカの質問に妖精は答える。
「10年程前、とあるエルフの男がこの聖域に足を踏み入れたわ。その男は創世樹が持つ真の役割について知っていたわ」
「創世樹が持つ真の役割?」
妖精の言葉に首を傾げるフィーナ。
「創世樹はね――元々邪神の遺産を封印する為に神々によってこの地に植えられたのよ」
邪神の遺産。それは遥か古来の時代に邪神によって生み出された兵器のことだ。
あまりにも強大な力を有しており、それ1つで国を破滅させる程の危険性があるとされ、古の時代には数多くの邪神の遺産が暴れていたとされている。
神々はそれを各地に封印した言う伝説があるが、聖域はその内の1つのようだ。
「男は創世樹の中に邪神の遺産の1つが封印されていることを知っていたわ。そいつはその危険性を知っていてその封印を解いてしまったのよ!」
邪神の遺産の封印を解いたエルフの男はその力で大量の植物モンスターを生み出し、人間族を拐っていたようだ。
妖精も邪神の遺産の邪悪な力によって植物大蜘蛛の姿へと変えられて操られていたようだ。
「私がもっと警戒しておけばこんなことには……!」
妖精は悔しげに口を噤む。
「そのエルフの男とは……もしかして、レイモンでしょうか?」
10年前にエルフの里を襲い、聖域へと向かったレイモン。彼は聖域に行く道を知る数少ない人物でもあった。邪神の遺産の封印を解いた時期と一致するので十中八九レイモンの仕業だと思うシスリカ。
しかし、妖精の言葉は煉太郎達を驚かせるには充分な言葉だった。
「レイモン……? 彼じゃないわよ?」
妖精の一言に全員が沈黙する。
「邪神の遺産の封印を解いたのは別のエルフよ。理由は分からないけどレイモンは邪神の遺産の封印を解こうとする者に脅されて従っていただけよ」
それを聞いて、1番驚いているのはシスリカだった。
「そんな、森の異変はレイモンの仕業ではない? いったいどういうことなの?」
エルフの里を襲ったのは間違いなくレイモンではだった。
しかし、邪神の遺産を解き放ったのはレイモンではなく別のエルフ。訳が分からなくなり、思わずシスリカは混乱することになる。
「真実を知りたいのなら、創世樹の内部に行くことね。レイモンはそこにいるわ。彼なら全ての真相が分かるはずよ」
創世樹の方へと視線を向ける妖精。
妖精の言葉にセレンは何かを決意したような表情をする。
「お父さんが創世樹の内部にいるのなら、私は行きます!」
セレンが妖精の前に出て言う。父親であるレイモンが生きていると聞けば、行かずにはいられなかった。
「セレンがそれを望むなら俺も同行しよう」
「私も!」
「クルルルル!」
煉太郎達も創世樹の内部に入ることを賛同する。
「……ワタシも同行します。ワタシも真相を知りたいです」
エルフの里の長老として責任を感じているのか、シスリカも同行する。真の黒幕を知る必要があるからだ。
それに、このまま邪神の遺産を放っておけばラナファスト大森林だけではなく、他の国々まで襲うことになるだろう。それだけは絶対に避けなければならないことだ。
「じゃあ、行きましょうか」
妖精はパチン、と指を鳴らすと創世樹の幹の部分にポッカリと内部に続く入口が出現する。
煉太郎達は薄暗い内部へと足を踏み込むのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
創世樹の中を進む煉太郎達。
創世樹の内部はまるで別の空間のようで、外見からは想像もつかない程の広さがあった。恐らく、バルロス迷宮と同じ原理なのだろう。
内部には無数の植物モンスターがはびこっていたが、煉太郎達にとっては雑魚程度の相手だったので問題なく奥へと進むことが出来た。
「もう直ぐ邪神の遺産がある広場に着くわ。気をつけてね」
妖精の言葉に煉太郎達に緊張が走る。
奥へ進むごとに邪悪な魔力を感じているのか、シスリカの表情が次第に険しくなる。
「着いたわよ。あれが邪神の遺産――マンドラゴラよ……」
そこにあったのは巨大な花だった。
今は閉じているが、中央の部分にある花びらは薔薇に似ており、紫色の妖しげな雰囲気を纏っている。無数に生えている触手のような部分はまるで生きているかのように動いており、鋭い牙がある口が付いている。茎の部分は太い蔦が複数本絡まり合って構成されており、そこから複数の眼球のような器官がギョロギョロと動いている。
「気持ちが悪いな……」
正直に言えば不気味の一言に尽きる。
そして、何より不気味なのは――
「ダレ……カ……」
「タス……ケ……テ……クレ……」
「……ア、アア……」
茎の部分には数人の人間が取り込まれていた。
虚ろな瞳に半開きの口、渇れるような声で助けを求めている。そして、身体の栄養を根こそぎ吸収されているかのように徐々に干からびていく。
服装を見ると、最近行方不明になった冒険者のようだ。
その異常さに煉太郎達は凍りつく。
「急いで助けましょう!」
その光景に耐えきれなくなったのか、慌ててセレンが取り込まれている冒険者を引き離そうとする。
しかし、冒険者達の身体は完全にマンドラゴラと同化しており、引き離すことは不可能だった。
「セレン、止めなさい。もう彼らは助かりません……」
セレンに止めるように制止させるシスリカ。
シスリカには冒険者達がもう助からない程衰弱しているのが分かるからだ。例え花から引き離させたとしても以て数分の命だろう。
もう助からないと分かると、セレンは悔しげに冒険者から手を離す。
「セ…………ン………?」
どこからか聞こえる声。
「セ……レ……ン……?」
その声は間違いなくセレンの名前を呼んでいた。
名前を呼ばれて、セレンは声のする方へと視線を向ける。
その声の主の姿を見て、セレンは両手で口を押さえて悲鳴を噛み締めることになる。
そこには人間族ではなく、エルフ族の男性がマンドラゴラに取り込まれてミイラのようになっていた。
セレンは震えるような声でその男性エルフに話しかける。
「お父、さん……?」
ミイラは視線をゆっくりとセレンに向けると、驚いたように眼を見開いた。
「セレン、なのか……?」
それは10年程前に行方不明になったセレンの父親――レイモンだった。