以前との差
「ヒサシブリノ、ヒトノニク、ダ。ソレニ、オンナ、オンナダ……」
煉太郎達を凝視しながら舌なめずりをするオーガ。
特にオーガは煉太郎の横にいるフィーナに視線を向けている。
「オトコハ、スグニコロシテ、クラッテヤル。オンナハ、オカシテ、タノシンダアトニ、コロシテ、クラッテヤル。テアシノユビヲ、オッテ、シシヲモイデヤル。カオヲヤイテモ、ソノヒメイヲ、キクノモ、オモシロソウ、ダナ……」
醜悪な顔を歪め、下劣な言葉を発しながら涎を垂らすオーガ。
そして、右手に持っている棍棒を高く上げると――
「マズハ、オトコ、オマエヲコロシテ、クッテヤル! シネエェェェェェェェェェ!!」
周囲一帯に響き渡る程の声を上げて、棍棒を煉太郎に目掛けて振り下ろして襲い掛かって来た。
「――チッ!」
「キャッ!」
咄嗟に煉太郎はフィーナを抱えて後方に跳んでオーガの一撃を回避する。
「丁度良い。この身体になってから初めての戦闘。以前の俺と現在の俺との差を確かめるのに打ってつけの相手だな」
煉太郎はフィーナを降ろして「手を出さないでくれ」と言って後ろに下がらすと、異空間に収納しておいたカルンウェナンを取り出して構える。
「行くぞ!」
地面を蹴って、一気にオーガとの距離を縮める煉太郎。
「グオオオオオオオッ!」
獲物が逃げずに自身の方へ向かって来たと認識したオーガは再度、棍棒を煉太郎に目掛けて振り下ろす。
「遅い……」
まるでスローモーションのようなオーガの動き。いや、煉太郎が速いのだ。
煉太郎は難なくそれを横に跳んで回避し、隙が出来たオーガの胴体をカルンウェナンで斬り掛かる。
もし鋼鉄製のナイフならオーガの硬い皮膚を斬り裂くのは不可能だろう。だが、煉太郎が使用しているカルンウェナンは鋼鉄よりも遥かに硬質な強度を持つオリハルコンで出来たナイフだ。しかも煉太郎の魔力が流し込まれている為、通常よりもかなりの斬れ味となっている。
硬いオーガの皮膚をまるで豆腐を切るかのように刃が胴体を斬り裂き、鮮血が噴出する。
「ガアアアアアッ!? イ、イテエェェェェェェェッ!?」
胴体を斬り裂かれた激痛で悲鳴を上げるオーガ。
「脚力はこれくらいか。次は……」
「ヒト、ゴトキガ! ヨクモオレニ、キズヲオワセヤガッタナ! タダデハ、コロサナイ!クルシメテ、クルシメテ、クルシメタアトニ、コロシテヤル!」
目の前の人間に傷を付けられた怒りで声を上げ、その豪腕を煉太郎に向けて放つ。
「次は筋力だな」
ズドンッ!
衝撃音と共に放たれたオーガの拳は、あっさりと煉太郎の右腕に掴み取られてた。
「バ、バカ、ナ……!?」
自身の一撃を、自身よりも小さい人に受け止められたことに動揺を隠せないオーガ。
オーガは筋力に秀でたモンスターだ。その一撃は岩をも砕く程の破壊力を持っている。実際にこのオーガは多くの敵をその力で捻じ伏せて来た猛者である。
そんなオーガの一撃が自身よりもか弱い人に止められるなど思ってもいなかったのだ。
「なるほど。筋力も予想以上に向上しているようだな。さて、次は俺の番だ」
煉太郎はオーガの左腕を掴んでいる手に握力を一気に高めた。
バキッ!
「ガッ!?」
オーガの左腕から鳴ってはいけない音が響いた。
「ガアアアアアアアアアアアッ!? オレノ、オレノウデガアアアアアアア!?」
左腕をへし折られて悲鳴を上げるオーガ。激しい痛みと驚愕に硬直した隙を、煉太郎は見逃さなかった。
離した右腕で拳を握り締める。
「吹っ飛べ」
正拳突きように放たれる煉太郎の一撃がオーガの腹部を捉える。
刹那。オーガの全身に激痛が走る。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
オーガの叫喚が森中に響き渡る。
オーガはフウラの樹に叩き付けられ、その衝撃でフウラの樹が倒れた。
今の一撃で骨は砕け、内臓の幾つかが砕けた骨に突き刺さることになった。
「少し本気で殴っただけでこれ程か。もう殆ど人間じゃない気がしてきたな、俺……」
最早人外とも言える自身の変貌に呆れたように呟くと、煉太郎はオーガの生死を確認する為に倒れたフウラの樹に近づく。
「ガ、アアア……」
ピクピクと動いているオーガ。辛うじて生きてはいるが虫の息状態だ。
「ダ、ダノ、ム……」
オーガは怯えたような瞳で煉太郎を見た。
「ダズ、ゲテ……オデヲ……ゴロザナイ、デクレ……。ミノガシテ、クレ……」
オーガは哀れっぽい声で煉太郎に許しを乞うた。
だが、これはオーガの演技だった。
わざと弱く、無抵抗のふりをして隙が出来た瞬間に右手の棍棒で煉太郎を仕留めようという画策なのだ。
しかし、相手が悪かった。そんな命乞いなど煉太郎には通用しなかった。オーガの言葉に煉太郎は思わず無表情になる。
「お前は俺を喰い殺そうとして襲って来たんだろう? フィーナを犯して喰らうつもりだったんだろう? そんなお前に俺が情けをかけると本気で思っているのか? 笑わせるなよ。俺はもう敵意を剝き出しにする相手には容赦しないと決めたんだ。甘さを見せれば殺られそうになることを学んだからな」
「ア、アア……」
オーガは確信した。目の前にいる人は絶対に自分を生かすつもりがないことを。
「ク、クソガアアアアアアアッ!!」
オーガは最後の悪あがきとして右手の棍棒を煉太郎に目掛けて振るう。
しかし――
「それに俺は・・・・・・」
煉太郎は難なくオーガの一撃を避けると、カルンウェナンをオーガの喉元に押し込んだ。
「――ガッ」
オーガは舌を出し、口の端から血の泡をぶくぶくと溢れさせ、その目が飛び出る。
「オーガが嫌いなんだよ」
カルンウェナンの刃が完全に根元まで押し込まれると、ぐるりとオーガの瞳が裏返る。
オーガは二、三度痙攣すると、やがて動かなくなり、息絶えた。
「良し、まあこんなもんか」
刃に付いた血を振り払い異空間にカルンウェナンをしまう煉太郎。
「レンタロウ強い。オーガ相手でも全然余裕に見えたよ」
命を失い地面に横たわっているオーガの死体に視線を向けながらフィーナが言う。
「ああ。以前の俺ならこれ程簡単にオーガを討伐するのは不可能だったけどな。これもあのイカれた魔法使いの実験の賜物だな」
「このオーガはどうするの?」
「勿論、回収する。ランクCランクのモンスターだからな。町とかで売買すれば結構な金額になるだろう」
煉太郎はオーガの死体を異空間に収納する。
「さて、そろそろ行くとしよう。森中にはこれ程のモンスターがまだまだいるようだからな。早くこの森から出よう。フィーナ、俺の背中に乗りな」
「お姫様抱っこが良い」
「何でだよ。早く乗れ」
「もう、レンタロウの照れ屋さん」
そう言ってフィーナは煉太郎の背中に負ぶさる。
「よし、行くぞフィーナ!」
「うん!」
地面を蹴って走り出す煉太郎。
森の景色が見る見る流れていく程の速度で、煉太郎達は森を駆け抜けるのだった。




