愛美の決意
『安らぎ亭』の部屋の一室で凜は暗く沈んだ表情で、眠る親友――愛美を見つめていた。
睡眠を取っていないせいか、凜の目元には濃い隈が出来ている。
バルロス迷宮から帰還して丸1日経つが、愛美が目を覚ますことはなかった。
治療師の診断では身体に異常はないようだ。
おそらく精神的ショックが原因だと考えられ、時間が経てば自然と目を覚ますと言われた。
しかし、凜は愛美のことが心配でならなかった。
もし、このまま愛美が目を覚まさなければどうしようかと考えてしまうのだ。
「……愛美……」
凜は親友の名前を呼び、その手を握り締める。
すると――
「……ん、んん……」
閉じられた愛美の目蓋が微かに震え始めた。
「――ッ!? 愛美!? 聞こえる愛美!?」
凜は必死で愛美に呼び掛ける。その声に反応して愛美の手が凜の手を握り返す。
そして、愛美はゆっくりと目を覚ました。
「……凜、ちゃん……?」
「愛美! 目が覚めたのね! 良かった!」
ベットに身を乗り出し、目の端に大粒の涙を浮かべながら愛美を見下ろす凜。
愛美は暫く焦点の合わない瞳で周囲を見渡すと、徐々に意識が覚醒していき、見下ろす凜に焦点を合わせ、親友の名前を呼んだ。
「……凜、ちゃん?」
「そうよ、私よ! 貴女の幼馴染みで大親友の凛よ! 愛美、身体の調子はどう!? どこか痛いところはない!? 違和感は!?」
「う、うん。大丈夫だよ。少し怠いけど、それ以外に以上はないよ……」
「良かった。丸一日も眠っていたんだから身体が怠くもなるわよね」
身体を起こそうとする愛美を補助して苦笑いをしながら、どれくらい眠っていたのかを教える凜。
「丸一日? それにここは安らぎ亭の部屋だよね……。確かダンジョンで……………凜ちゃん、荒神くんはどこ?」
「――ッ! ……それは」
暗い表情を浮かべ、困惑する凜。あのことを知らせれば、愛美は間違いなく混乱するからだ。
「凜ちゃん、荒神くんは何処? 答えて……」
「……」
愛美に問い詰められる黙ってしまう凜。
するとそこに――
「凜、入るぞ。櫻井は――櫻井!?」
勇悟が部屋に入って来た。どうやら愛美の見舞いに来たようだ。
「目を覚ましたんだな櫻井! 良かった、心配したんだぞ!」
愛美が目を覚ました事に心底喜ぶ勇悟。
「勇悟くん! 荒神くんはどこ!? 凜ちゃん聞いても教えてくれないの!」
必死な形相で勇悟に尋ねる愛美。
そんな愛美の質問に勇悟は少し戸惑った表情を浮かべる。
「凜、まだ話していないのか……?」
「……ええ」
それを聞きいて勇悟は愛美にありのままを話す。
「櫻井、落ち着いて聞いてくれ。ここに荒神はいない。彼は――死んだんだ……」
勇悟の言葉に愛美の表情は一瞬で青褪める。
「……荒神くんが、死んだ……? ……嘘、だよね? そうでしょ、凛ちゃん……ね、ね?」
愛美が凛に視線を向ける。
「……」
苦しげな表情をして目を逸らす凛。
「嘘……」
「……嘘じゃない。僕達がバルロス迷宮から帰還してすぐに上級冒険者達があのフロアへ捜索しに行った。しかし、荒神は見つからなかったようだ……。おそらく、モンスターの餌食に……」
「……嘘。きっと私達よりも先に転移用魔法陣で脱出したんだよ……」
イヤイヤと首を振りながら、勇悟の言葉を否定する愛美。
勇悟はそんな愛美に心を痛めながらも話を続ける。
「あのフロアの転移用魔法陣を起動させるには大量の魔力が必要だ。一般人以下の魔力しか持たない荒神では、脱出は不可能だ」
「そんなの嘘!?」
煉太郎の死をどうしても受け入れられない愛美。
「きっとその冒険者の人達、ちゃんと荒神くんを探していないんだよ! 今もきっと荒神くんは助けを待っているはずだよ! 助けに行かないと!」
勇悟の言葉を否定し、現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎ、煉太郎を助けに行こうとする愛美の腕を凛掴んで離そうとしなかった。
「そんな身体で動いたら駄目よ愛美!」
愛美を必死で止める凜。
「離してよ凜ちゃん!」
凜の拘束から逃れようとする愛美。
そんな愛美を絶対に離さないと凜は強く抱きしめる。
「離して……離してよ、凜ちゃん……」
愛美はいつしか抵抗をやめて凜の胸に顔を埋めて泣き出した。
縋り付くようにしがみつき、大声を上げて泣く。
凜はひたすら愛美を抱きしめ続け、勇悟は無言のままだ。掛ける言葉が見つからないのだ。
暫くして、スンスンと鼻を鳴らしながら愛美は凜の腕の中で身じろきした。
「愛美……」
凜が心配そうに伺う。
「凜ちゃん、勇悟くん……。荒神くんは……本当に死んだの?」
囁くように、今にも消え入りそうな声で愛美が呟く。
愛美の問いにどう答えればいいのか分からない凜。
しかし、勇悟は厳しい言葉を愛美に言う。
「ああ。荒神は死んだ」
その言葉は勇悟なりの優しさだった。
甘い言葉で誤魔化せば一時的な慰めにはなるかもしれない。
しかし、それは後に大きな傷となって返ってくる事は間違いないだろう。
勇悟はこれ以上愛美が傷付くのは見たくなかったのだ。
「……そう」
「愛美、大丈夫?」
愛美の様子を伺う凜。
「……強くなりたい」
「「えっ?」」
「強くなって、魔王を倒したい……。この世界に召喚されなければ荒神くんが死ぬことはなかった……。その原因である魔王が憎い……。私は魔王を絶対に許さない……。私が荒神くんの仇を取る……」
「愛美……」
「櫻井……」
愛美の何処か悲しげな瞳を見て悲痛そうな表情を浮かべる勇悟と凜だった。




