悪意
細い通路を進み続けると、やがて人の声が聞こえた。
しかしそれは、煉太郎にとって最も苦手な生徒達の声だった。
煉太郎は広間に出た。奥には通路がある。
そして、その広場の中央には――
「俺達最強だろ!?」
「楽勝だな!」
「こいつら弱すぎ!」
加賀、遠藤、中村の3人組みがいた。
どうやらモンスターとの戦闘を終えた直後だったようだ。加賀達の周辺には絶命しているゴブリン達の姿があった。
(よりにもよってあの3人組みか……)
今までのことを考えれば3人のことを嫌悪するのは当然のこと。正直に言えば別の生徒達がよかったのだが、今はそんなこと言える状況ではないので煉太郎は仕方なく話しかけることにした。
「おーい!」
煉太郎の呼び掛けに気づき、振り向く加賀達。
すると3人はニヤリと笑った。
「落ちこぼれ発見……」
「しかも1人……」
「ラッキーだな……」
ぶつぶつと何かを言っている加賀達。
「良かった! ようやく人に会え――ッ!」
煉太郎が加賀達に歩み寄った瞬間、加賀は持っていた剣を煉太郎に向けて振るう。
遊びや冗談ではない。本気で殺しに来るかのように。
煉太郎は後方に跳び、それを回避した。
「な、何をするんだ!?」
煉太郎は加賀を睨みつける。今のは明らかに意図的な行為だ。
「何って、お前を殺そうとしたんだけど?」
加賀の言葉に唖然とする煉太郎。
(今、何て言ったんだ……?)
煉太郎の呆けた顔を見て、加賀はゲラゲラと笑い出した。
「落ちこぼれだから耳も遠いのか?」
「加賀、もう一度言ってやれよ」
加賀だけではなく、遠藤と中村も笑い出した。
「しょうがねぇからもう一度言ってやるよ。お前を殺そうとしたんだよ!」
加賀達の表情は酷く歪んでおり、とても冗談を言っているようには見えない。
「お前、マジで邪魔なんだよ。だから――死ね」
そう言って、加賀は『爆炎』を発動させた。
「――ッ!」
煉太郎は辛うじて加賀から放たれる炎を避ける。どうやら本気で煉太郎を殺そうとしているようだ。
「避けんじゃねえよ! 落ちこぼれが!」
加賀の猛攻は続く。
しかし、何度も炎を放つが煉太郎に全て避けられてしまう。
「何で当たらねぇんだよ!?」
苛立った表情を見せる加賀。
「加賀、何やってんだよ!?」
「早く殺せよ!」
「うるせえ! 分かってるよ!」
苛立ちながらそう言う加賀。
加賀の攻撃が煉太郎に当たらないのも当然だ。
煉太郎は加賀の攻撃パターンを熟知しているからだ。
イジメの一件以来、再びあんな惨めな思いはしたくないと思い、煉太郎は加賀達の動きをずっと観察していたのだ。
「悪いけど、殺されるつもりはないから!」
そう言って、錬太郎は奥の通路に向かって全力で走る。
「逃がすかよ!」
再度、加賀は『爆炎』を発動させようとしたその時だった。
「グゥルルルルルルルル!!」
突如聞こえた獣のような咆哮が広間に響き渡る。
「「「「――ッ!」」」」
煉太郎が逃げようとした通路から新たなモンスターが出現した。
そのモンスターは巨大な熊だった。
2メートル近くはある巨躯に赤色の毛皮。
足元まで届く太くて長い腕には鋭い四本の爪。
上顎から30センチはある2本の牙が生えている。
「もしかしてサーベルベアーか!?」
『サーベルベアー』
Dランクの熊型モンスター。
腕力だけではなく、その噛み付きも強力で、一撃で対象を噛み砕く程だ。
長い二本の牙は短剣として加工され、毛皮も高値で取引されている。
ただし、この情報は普通のサーベルベアーの場合だ。普通のサーベルベアーは1・5メートル程の大きさしかなく、体毛も茶色だ。
だが、目の前のサーベルベアーは軽く2メートル近くはあり、体毛も赤色だ。
(こいつ……稀少種か!?)
煉太郎の予想通り、目の前にいるサーベルベアーは稀少種と呼ばれる個体だった。
稀少種というのは一種の突然変異として生まれた個体のことを言う。
稀少種の場合は大抵が元となった種族のモンスターよりも高い能力を誇っている。そのため公表されているランクが1段上がるようになっている。
つまりこの場合はサーベルベアーがDランクなのでこの稀少種はCランク相当のモンスターとなる。
サーベルベアー(稀少種)がいつの間にか接近しており、煉太郎達を睥睨していた。
静寂が辺りを包む。
煉太郎は元より加賀達も硬直したまま動かない。いや、動けないと言った方が良いだろう。サーベルベアー(稀少種)を凝視したまま凍りついている。
沈黙を破ったのは当然の如く目の前のサーベルベアー(稀少種)だった。
「グガアアアアアァァァァァァァァッ!」」
周囲一帯へと響き渡るような雄叫びを上げるサーベルベアー(稀少種)
。
そして、太い腕を頭上高く上げ、斧のように振り下ろした。
「――ッ!」
煉太郎はすぐさま後方に跳んで回避する。
(あれを受けたらヤバイ……!)
煉太郎が先程までいた場所の地面に大きなクレーターが出来ている。
もし、あれをまともに受けていれば叩き潰されたであろうことは想像に難しくない。
「熊野郎が! 俺の『爆炎』でも食らいやがれ!」
加賀はサーベルベアー(稀少種)に向けて『爆炎』を発動させる。
ドオォォォォォォンッ!
加賀から放たれる炎が直撃し、轟音が鳴り響く。
しかし――
「グゥルルルルルル!」
サーベルベアー(稀少種)には全く通じなかった。
「さんな、俺の異能が通じないだと!?」
「グルアアアアアアアアアア!」
加賀の一撃に激怒したのか、咆哮を上げるサーベルベアー(稀少種)。
「――ッ! 『魔力糸』!」
遠藤は魔力の糸を生成して、サーベルベアー(稀少種)の身体に巻きつけて拘束する。
「おらぁ!」
それに続いて中村が硬化させた拳で渾身の一撃を放つが――
「グルアアアアアアアアアッ!」
サーベルベアー(稀少種)には無力だった。
遠藤の生成した鋼鉄並みの硬度を誇る糸をいとも容易く引き千切るサーベルベアー(稀少種)。中村の一撃も効いていないようだ。
「クソ、相手が悪すぎる! 一旦ここから離れて……」
煉太郎はこの場から退く事を考えた直後だった。
ズドオオオオオオン!
突如、爆発音が響き渡る。
その音がした方を向くと、煉太郎が通ってきた通路の入り口が瓦礫によって塞がれていた。
「ハハハハハハハッ!」
残りの入り口から笑い声。そこには勝ち誇った表情をして笑っている加賀達の姿があった。
「お前はその熊モンスターに喰われて死ね」
「安心しろよ、お前みたいな落ちこぼれが死んでも誰も悲しまないからさ!」
「あばよ、落ちこぼれ!」
加賀は視線を上に向ける。
「ま、まさか!? やめろーーーーー!!」
加賀のしようとしていることを察して叫びながら加賀達の元に走る煉太郎だが――
ズドオオオオオオオオオン!
加賀の『爆炎』によって通路への入り口が瓦礫で塞がれた。これで煉太郎は完全に逃げ場を失ってしまった。
「ふざけるなあああああああ!!」
煉太郎の叫び声が広場に響いた。