付き添いと別れ
深夜のセバーラの街。
街の者が名静まっている頃、薄明かりの付いた部屋で一人だけ目を覚ましている者がいた。煉太郎だ。
彼は特殊な身体構造になっているため、睡眠を殆ど必要としない。1時間もあれば充分な睡眠となるので殆どの場合は読書などをして暇を潰している。
ちなみに煉太郎はフィーナたちとは別の部屋で過ごしている。
ロロアが仲間になったことで三人部屋の他に一人部屋を借りた。そして三人部屋を煉太郎を除く女性陣だけで過ごすようにさせた。
殆ど寝ない煉太郎には一人部屋の方が落ち着くし、新たに加わったロロアとのガールズトークに男の煉太郎は無粋だと思っての配慮でもある。
そして、時刻は午前2時頃を過ぎた時に部屋の扉をノックする音がした。
(……こんな時間に誰だ?)
煉太郎はタスラムを手に取ると、警戒しながら扉に近づく。そしてゆっくりと取っ手に触れ、扉を開ける。
「……ロロア?」
そこにいたのは何とロロアだった。しかも寝巻きではなくメイド服を着て。
「夜分遅くに申し訳ありません、ご主人様」
「まあ中に入れよ」
「失礼します」
煉太郎に許可を貰い、ロロアは室内へと入る。
「どうしたんだ、こんな夜遅く?」
ソファーに腰掛けて煉太朗は何故、こんな夜遅くに自分の部屋を訪れたのかを問う。
「はい。私は暗殺者として必要最低限な睡眠だけを取るように訓練されていますので、フィーナさんたちと同じように眠れないのです」
ロロアによると、彼女は3〜4時間程度の睡眠だけで生活を送れるように訓練されており、それが習慣となっているという。
今更普通のように過ごせと言われても身体がそれを拒むかのように、自然と目が覚めてしまうようだ。
煉太郎が睡眠を殆ど取る必要がないことを就寝前のフィーナに教えられていたので、こうして部屋を訪れたというわけだ。
「そうか。それなら少し話し相手になって貰おうかな。流石に読書だけでは退屈だからな」
「喜んで」
「それで、何を話そうか?」
「ご主人様のことを教えてください。ご主人様の世界に来た経緯、全てを教えてください」
「良いだろう」
こうして煉太郎とロロアは話をした。
自分の世界のことやこれまでの経緯、他愛のない話などを。
今までは一人で過ごしていた退屈な夜の時間を埋めることができたからか、煉太郎は柄にもなく夢中で話し続けた。
そして気がつくと、時間はあっという間に過ぎていく。
「ふわぁ……。話し過ぎたかな?」
小さく欠伸をする煉太郎。
書類の手続きなどで睡眠をまったく取れていない煉太郎は久しぶりの眠気を感じた。
「流石に話し疲れたな。1時間ほど寝るけど良いか?」
「はい。よろしければこちらをお使いください」
そう言ってロロアはベッドの上に置かれている枕を退けて自らの尻尾を枕代わりにと差し出す。
見るからにもふもふとしている狐の尻尾。一度でいいから触ってみたい言う欲求が煉太郎を襲うが、流石にそれはマズイと判断した煉太郎。けれどロロアが微動だにしないので観念して尻尾の上に頭を乗せる。
「おおっ」
想像以上にもふもふとした肌触りと柔らかい感触。まるで最高級の枕と思わせるほどの安心感が煉太郎を癒す。これなら快適な睡眠を取ることができる。
(これが夢にまで見た狐の尻尾枕か)
オタクの憧れとも言える体験に思わず感動してしまう煉太郎。
「喜んでくれて光栄です」
ロロアもそんな煉太郎を眺めながら嬉しそうに微笑む。
「ありがとうロロア。久しぶりに有意義な時間を過ごせたよ」
狐の尻尾枕を堪能しながら煉太郎は感謝の言葉をロロアに言う。
「ご主人様がよろしければ、深夜は私とお話をしてくださいますか? 少しでもご主人様の退屈しのぎになればいいと思っていますので」
「ああ。それは助かるよ」
これからは一人で退屈な時間を過ごす必要がなくなると考えると、煉太郎はどこか嬉しそうに微笑み、そしてそのまま眠りにつくのだった。
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月が沈み、太陽が出始めた早朝。
まだ人が寝静まっているセバーラの街を煉太郎達は去ろうとしていた。
「黙っていくなんて酷いんじゃないかい?」
突然声を掛けられて煉太郎達は振り向くと、そこにいたのはラウアと『守護の剣』メンバー、そしてザーギィの孫娘がいた。
どうやら煉太郎達が早朝にセバーラの街を去ることに気づいていたようだ。
「わざわざ見送りなんて必要ないんだがな……」
「何言ってるんだい。この街を救ってくれた恩人達を見送りもしないなんて、アタシ達はそこまで白状じゃないよ。ザーギィのジジイだけはいないみたいだけどね」
「お爺ちゃんも見送りに行きたかったみたいなんですけど、執務で忙しいようで」
と、ザーギィの孫娘は言う。
彼はセバーラの街復興のために必要な執務で忙しいらしい。あまりにも多忙なため、徹夜で執務をこなしていた。
「それにしても寂しくなるね。折角気の合う奴らに出会えたと思っていたのに……」
涙目になりながらラウアは呟いた。
どうやら煉太郎達のことを相当気に入っているラウア。別れが辛いようだ。
「うう……」
「ラウアさん……」
「クルルゥ……」
フィーナ、セレン、クルもラウアにつられて泣き出してしまう始末。こうなることを予想していたから見送られないように早朝に出発しようとしたのだが、それも無駄に終わってしまったようだ。
「さてと、そろそろ行くとしようか」
これ以上湿っぽい雰囲気は気不味いと思った煉太郎は異空間から収納していた魔導ジープを取り出す。
「じゃあなラウア」
「色々とありがとう」
「お世話になりました」
「失礼します」
「クルルルルッ!」
「ああ。あんた達の旅の無事を祈ってるよ」
煉太朗たちは別れの言葉を告げると、魔導ジープに乗り込むと、次の街を目指してセバーラの街を後にした。
「行ってしまった、か……」
そんな魔導ジープをラウアたちは見えなくなるまで眺め続けた。
「まったく、まるで嵐のような連中だったね」
何とも言えない虚しさが心に残るラウアは苦笑いしながら呟いた。
煉太郎たちがこの街に滞在している間に起きた数々の出来事。おそらくラウアは一生忘れないだろう。
「遅かったようじゃな」
しばらくすると、ザーギィがラウアの元にやって来る。執務が終わり、煉太郎たちを見送ろうとしたようだが、間に合わなかったようだ。
「見送りなら遅かったね。もうあいつらは行ってしまったよ」
「丁度先程あいつらの冒険者ランク昇級が認められたからそれを知らせようと思ったんじゃが、間に合わなかったようじゃな」
「冒険者ランクの昇級か。確かあいつらの冒険者ランクはDランクだったね。すると全員Cランクに昇格かい?」
「いや、フィーナとセレン、ロロアの三人はCランクに昇格、そして煉太郎はBランクに昇格が決まった」
「僅か数日でBランクまで昇格。大した出世じゃないか。これでレンタロウもギルドを設立できるのか」
冒険者はBランクに昇級するとギルドを設立する権利も与えられる。なので煉太郎はいつでも自分のギルドを作れると言うことだ。
「Bランク冒険者になったんだ。あいつの二つ名も決まっているんだろう?」
二つ名。それは上級冒険者のみが与えられる称号である。Bランクに昇級したことにより煉太郎にも二つ名を与えられることになった。
「それで、どんな二つ名なんだい?」
ラウアの問いに、ザーギィは笑みを浮かべながら煉太郎の二つ名を口にする。
「人智を超越した者--『超越者』。どうじゃ、奴にぴったりの二つ名じゃろう?」
「『超越者』ね。確かに、あいつにぴったりの二つ名だよ」
こうして煉太郎は知らない間にBランク冒険者にまで格上げされ、『超越者』という二つ名まで付いた。
それを知るのはまだ少し先の話。
この後に簡単な登場人物の紹介を投稿してこの賞は終わりです。