晩餐会
勇者一行とアンジュリカとの模擬戦から数時間後。
王城でアンジュリカの帰還を祝す晩餐会が行われることになった。
オルバーン王国の英雄とも言えるアンジュリカが参加する晩餐会には多くの貴族たちが集まっている。
「こ、これは……」
「す、凄いね……」
「ええ……」
盛大に行われている晩餐会に、勇悟たちは思わず呆気に取られた。
行われる晩餐会の会場はとても煌びやかとしているからだ。
会場のそこかしこに豪華絢爛な装飾が施されており、純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には何十種類もの趣向を凝らした料理やスイーツが並べられており、オーケストラ並みの音楽家たちが音楽を奏で、礼儀作法を弁えた給仕達が高級なワインが入っているグラスを颯爽と配り歩いている。
当然、招待されている人物たちは全て名のある貴族ばかりでまるで自分たちこそが主役であると言いたげで豪華な衣装に身を包んでいる。
勇悟たちもパーティ用の服やドレスを着てかなり目立っているはずなのだが、それ以上に会場内の雰囲気はは煌びやかであった。
「おや、勇者様たちではないですか?」
「マナミ殿、相変わらずお美しい!」
「ユウゴ様、宜しければ私と一曲」
数十名の貴族たちが勇悟たちに話しかけてくる。見覚えのある者もいれば初対面の貴族までもが名を覚えてもらおうと必死で挨拶してくる。
勇悟たちが貴族たちの対応に戸惑いながらも対応したり、食事に舌を唸らせていると、会場の入り口がにわかに騒がしくなる。
どうやらこのパーティの主役であるアンジュリカのご登場らしい。
大仰に開けられた扉から現れたアンジュリカ。その姿は見る者全員が見惚れてしまうほど美しかった。
美しい貴族令嬢は多くいるが、アンジュリカは別格と言えるだろう。
アンジュリカが着ていたのは胸や背中を大きくくくった漆黒のイブニングドレスだった。
大きく盛り上がっている胸によって作られる深い谷間がこれでもかと自己主張している。普段は白い軽鎧を身に纏っているので普段よりも余分に妖艶に感じさせる。
その豊満な身体はまるで甘い蜜を出して虫を惹き付けるかのように男の視線を吸い寄せている。
それは勇者メンバーの男性陣も例外ではない。
年上の女性が放つ独特の魅惑に男子生徒たちは心を奪われてしまっていた。
「アンジュリカ、くれぐれも粗相のないように頼むよ……」
そんなアンジュリカの横にいる男性こそアバルフ公爵。アンジュリカの父親であり国王の弟である。
貫禄ある国王とは対照的でどこかひ弱そうな雰囲気を纏っており、服装も少し控えめにして着ている。
「分かっていますわ、お父様」
自分のことを心配するアバルフ公爵の言葉を聞き、小さく頷くアンジュリカ。
今夜は冒険者としてではなく、アバルフ公爵家の令嬢としての対応を見せる。
「アンジュリカ様、宜しければ私と踊ってはいただけないでしょうか?」
「何を言っているんだ貴様は! アンジュリカ様、このような低俗者ではなく私と踊ってください!」
「いやいや、ここは踊りに自信のある僕と」
「いいや、是非私と!」
アンジュリカが会場に現れただけで雰囲気が一気に変わった。彼女の周りには大勢の男性貴族が我先にと話しかける。
(……しつこい連中ね)
自分の前で言い争っている名のある貴族の男たちを眺めながら、アンジュリカは内心うんざりとしていた。
普段ならこのようなパーティにはアンジュリカは参加しない。動きづらいドレスで身を包み、自分とお近付きになりたい男性貴族から話しかけられることにほとほとうんざりしているからだ。
そんなことよりも冒険をしている方が自分にとって余程有益であると思っていた。
しかし、今回の晩餐会は国王が主催しているので流石に断ることもできなかったのでアンジュリカは渋々参加することにした。
(ここは適当にあしらうのが得策ね)
アンジュリカは微笑みながら口を開く。
「申し訳ないけど、私は踊りは苦手なの。遠慮させてもらうわ」
アンジュリカに申し出を断られ、貴族の男たちは口籠る。それでもアルバフ公爵家と関わりを持ちたいという貴族の男子はいる。
その中の一人が口を開いた。その人物はアンジュリカも見覚えがあった。彼は辺境の地を治めている貴族の嫡男だった。
「そこを何とかお願いできませんか? 正直なところ、私は貴方のような美しいかたとお近付きになりたいのです。そしてゆくゆくは親密な関係を築きたいと思っています」
男子貴族は図々しくもアンジュリカの手を握り、欲望で濁った目で見てくる。
「へえ……」
貴族の男が発した言葉にアンジュリカの眼光が鋭くなる。
「--ッ!」
圧倒的なアンジュリカの眼力を前にして貴族の男子は握っていた手を離し、息を呑む。まるで『蛇に睨まれた蛙』のように言葉を発するどころか身動きが取れない。
アンジュリカの視線は先程までの貴族令嬢のものではなく、冒険者の『戦乙女』としてものだった。
「私と親密な関係を築きたい、ね。貴方にそれほどの覚悟があるとは思えないわ。もしその覚悟あるのなら私と決闘し、相応しい力があるか見せて欲しいものね。その力が私を満足させられるものであるのならこの身を捧げてもいいけど、どうする?」
「そ、それは……」
アンジュリカから発せられる尋常ではない威圧に、ただの貴族がどうこうできる筈もなく、それ以上貴族の男が口を開くことはなかった。
「あ、アンジュリカ……あれほど粗相がないようにと言ったのに……」
アバルフ公爵もアンジュリカの対応に思わず天を仰ぐ。
(お父様には申し訳ないけど、これ以上この人たちと関わるのは御免だわ)
アンジュリカは貴族たちを一瞥すると、再び貴族令嬢としての表情に戻る。
「では、失礼致します」
これ以上話すことはないと感じたアンジュリカは短く告げてその場を去るのだった。
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少し一人になりたいと思ったアンジュリカは誰もいないテラスへと向かうことにした。
やはりこのようなパーティーは自分には不向きだと実感する。
「星が綺麗ね……」
夜空を見上げると満天の星空が広がっている。見ているとまるで心が清々しくなる。
「ここにいらしたのですね、アンジュリカ」
「エミリア」
テラスに来たのは幼馴染であり王女であるエミリアだった。
「確かお酒はお飲みにならなかった筈ですよね? どうぞ冷たい果実水です」
「ありがとうエミリア。頂くわ」
エミリアから果実水の入ったコップを受け取り、口にする。
柑橘系の果実が使われているのだろう、さっぱりとした味わいが口に広がる。
「先程の気迫は凄かったですね。多くの男性がアンジュリカに慄いていましたよ」
「あれしきの気迫で引くような男など眼中にないわ」
「アルバフ公爵様も嘆いておられましたよ。いい加減冒険者など辞めて嫁いで貰いたいものだ、と」
「私が冒険者を辞めることなど絶対にあり得ないわよ」
アンジュリカにとって冒険と戦闘こそが至高の喜びである。貴族としての英才教育を受けてはいるが、執務に励むことなど彼女の性に合わなかった。
「それに私が身を捧げる相手は強い男のみと決めているから」
アンジュリカは今まで多くの男性に求婚されているが、それを全て断った。
何故なら彼女が添い遂げたい者は、自分よりも強い男だと決めて、それを周囲に豪語しているからだ。
当然、それを聞いた貴族や冒険者たちはアンジュリカに勝てば美しい妻、そしてオルバーン王国随一の名門貴族であるアバルフ公爵家を手に入れるべく、今でも多くの者が彼女に勝負を挑んだ。
結果は全員がアンジュリカに返り討ちに遭うという結果となった。
そもそもアンジュリカが冒険者になったのは自分よりも強い男を探すためでもあった。
「見つかると良いですね。アンジュリカよりも強い殿方が」
「ええ。そう願っているわ」
そう言ってアンジュリカはコップに入った果実水を再度口にするのだった。
しかし、彼女は知らない。
そう遠くない未来に自分よりも強い男が現れることになり、今まで感じたことのない感情を抱くことになるとは、この時のアンジュリカはまだ知る由もなかった。
次回は煉太郎サイドに戻ります。