暗殺者
地下3階層の宝物庫を後にして20分が過ぎた頃、煉太郎達は地下2階層の中盤にいた。
「この調子なら夕方までには地上に帰れそうだな」
途中でガーゴイルやマッドゴーレムなどと戦闘になったが難なく討伐しながら地上へと進んでいくその時だった--
ヒュンッ!
突如、空気を裂くかのような音と共に何かが煉太郎の右腕へと突き刺さる。それは10センチほどの長さの細かい針だった。
「--ぐっ!?」
針が刺さった瞬間、右腕が痺れ始める。
「レンタロウ!?」
「レンタロウさん!?」
「来るな! セレン、風の壁で身を守れ!」
突然、煉太郎が襲われて慌てて近づこうとするフィーナ達を煉太郎は止める。
「わ、分かりました! “風の壁よ、敵の一撃を防ぐ盾となれ--ウインドウォール”」
セレンは風の障壁を展開する。
煉太郎は針を抜くと、針が刺さっていた部分から紫色の痣が広がっている。どうやら毒が塗られていたらしく、それが原因で身体が痺れているのだろう。
だが、この程度の毒なら煉太郎にはさほど意味をなさないものだった。徐々に痺れが消えていく。
(いったい何処から……)
周囲を見渡しても誰もいない。ましては姿を隠す物陰すらない。
煉太郎達は見えない敵に警戒する。
ヒュン! ヒュン!
そして再度空気を裂く音。
先程と同じ無数の針が煉太郎の両足に刺さる。
「チッ!」
煉太郎はタスラムを懐から取り出し、発砲する。
しかし、銃弾は壁に当たるだけで見えない刺客には当たることはなかった。
「ぐっ!?」
拳と思しき感触が煉太郎の右こめかみに突き刺さる。
打撃の威力に煉太郎は横手へと吹き飛ばされ、音を立てて転倒した後直ぐさま飛び起きた。
(くそ、姿が見えない!)
混乱に襲われる煉太郎に間髪入れずに次なる攻撃が見舞われる。
(今度は膝蹴りか!?)
煉太郎の腹部に重い一撃が見舞われる。
それから煉太郎に不可視の攻撃の嵐が始まる。
煉太郎は見えない敵の攻撃に為す術がなく防御に徹するのみだった。
(くそ、このままだと埒があかないな。どうすれば敵の居場所が分かる……)
見えない敵の攻撃を受けながら煉太郎は思考を巡らせる。
(そうだ、1つだけあるぞ。こいつの居場所が分かる方法が)
煉太郎は名案を思いついたのか、構えを解き、無防備状態になる。そして--
ガッ!
煉太郎の頭部に一撃。その瞬間--
「つかまえた……」
煉太郎は目に見えぬ敵を掴んだ。煉太郎は見えない敵を捕まえるためにわざと攻撃を受け続けてチャンスを待っていたのだ。
「--っ!?」
流石に予想外の出来事に見えない敵は動揺してしまう。
そんな見えない敵に煉太郎はそのまま己の拳を振り抜く。
「きゃっ!?」
煉太郎の一撃に見えない敵の身体は吹き飛ばされ、立ち続きにピシッ! という亀裂音が鳴る。
その瞬間、見えない敵の姿が出現する。
全身を黒装束を纏い、仮面をつけており、声は男なのか女なのか分からない。
よく見ると仮面には亀裂が走っている。先程の音は仮面に亀裂が走る音だったようだ。
(あの仮面は姿を消す能力があるのか? だとしたら絶好のチャンスだな)
これで敵の姿が視認できることに煉太郎は好機だと思うと、暗殺者に話しかける。
「殺す前に一応聞いておこう。お前は何者だ? 何故俺達を襲うんだ?」
「…………」
煉太郎の問い掛けに暗殺者は黙ったまま答えようとしない。そんな暗殺者の態度に「やれやれ」煉太郎は小さく溜息を吐く。
「指名手配犯とガーディアンとの連戦で疲れてるのに、今日は色々と面倒事が多い日だな」
「話に聞いていたほどの実力に厄介な回復力……。なるほど、確かに骨が折れる相手だった……」
エルドラから聞かされていた煉太郎の実力を改めて実感する暗殺者。
「命令は絶対……。だから、全力で殺させて貰う……」
暗殺者は隠し持っていた刃渡りの鋭い短剣を取り出し、煉太郎に襲いかかる。
煉太郎もカルンウェナンで対応するが、さらに隠していたもう1本の短剣を抜き放つ。
「--ちっ!」
暗殺者のもう1つの短剣を目にした煉太郎は咄嗟に身体を捻る。
しかし、暗殺者の腕がまるで蛇のようにうねり、鋭い短剣の刃が煉太郎の腹部へと突き刺さる。
「--ぐっ」
短剣の刃が身体の中に入ってくる感触に煉太郎は思わず顔を顰める。
「レンタロウ! “アイスアロー”!」
「レンタロウさん!」
「クルルルル!」
煉太郎が刺される状況を目にしたフィーナ達は直ぐ様暗殺者に向けて攻撃する。
暗殺者は咄嗟に短剣を煉太郎の腹部から抜き、バックステップを踏んで距離を保つ。
煉太郎も暗殺者から距離を取るために後方へと下がる。
短剣が刺さっていた箇所から血が噴き出すが、致命傷にはなっていない。
「この程度の攻撃では殺せない……。だったらこれならどう?」
そう言って暗殺者の周囲に黒い炎がいくつも出現する。
(黒い炎? 詠唱がないから魔法ではなくスキルのようだな。黒い炎とは少しカッコいいとは思うが厄介そうだな……)
色々な漫画や小説などでは黒い炎とは定番の能力なのでオタクの煉太郎には正直憧れもあったのだが、もし煉太郎の知っている能力と同じものなら厄介極まりない能力だと考える。
そしてそれは煉太郎の予想通りのものだった。
「焼き尽くせ、『黒炎』……」
暗殺者がそう言うと、黒い炎は煉太郎目掛けて放たれる。
ドパン! ドパン! ドパン!
煉太郎もタスラムの銃弾で対抗するが黒い炎に触れた瞬間、銃弾は一気に焼かれ消滅。黒い炎の1つが煉太郎の左腕を直撃する。
煉太郎は左腕を振り払って黒い炎を消そうとするが消えるどころか徐々に範囲を広げていく。
「なるほど、消えない炎か……」
「黒炎に触れたら最後、その身を焼き尽くすまで消えない……」
「そいつは厄介だな」
煉太郎は自ら左腕を切り落とす。そしてまだ黒い炎がない部分を掴むと、そのまま暗殺者に向けて投擲する。
「--っ!?」
まさか自らの腕を切り落として投擲するとは流石に暗殺者も考えていなかったのか、僅かに反応が遅れる。
辛うじて黒い炎に包まれた左腕は回避出来たものの、僅かに隙が生じる。
その僅かな隙を煉太郎は見逃さなかった。暗殺者の間合いに一気に近づくと、再生した新たな左腕の拳で暗殺者の腹部を殴打する。
「--うっ!?」
腹部に強烈な衝撃。それにより暗殺者は倒れ、そのまま動かなくなる。
まだ死んではいない。おおよその検討はついているが暗殺者にはもっと詳しい情報を聞き出さなければならないからだ。
「レンタロウ!」
「レンタロウさん!」
「クルルルル!」
風の障壁を解いて煉太郎に駆け寄るフィーナ達。連戦続きで流石にフィーナ達も心配したのだろう。
「まずはこいつを拘束するか」
煉太郎は異空間から異能を封じるグレイプニルを取り出すと、暗殺者の身体に巻きつけて拘束する。
「さて、俺達を襲ってきた奴の面でも拝むとするか」
そう言って、煉太郎は気を失っている暗殺者の仮面を外して素顔を晒す。
「……女の子? それも獣人か?」
暗殺者は何と煉太郎と同い年ほどの狐獣人の少女だった。